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お邪魔します
会計を済ませてコンビニを出た後、2人は青葉が住んでいるアパートに向かっていた。
「ぼくの家、ここです。ここの2階の角部屋」
青葉が、自分が住んでいる部屋を指差した。
「そうか」
敏雄は、青葉が指差した部屋に視線を移した。
青葉が住んでいる3階建てアパートはいかにも一人暮らし向けの住宅といった雰囲気があり、簡素が過ぎてあまり洒落たデザインではない。
「案内しますね、こっちです」
敏雄が青葉についていく形でエントランスに入ると、青葉は「202」と書かれたプレートがついた郵便受けを開けた。
何も入ってはいなかったのを確認すると、青葉は階段を上がっていく。
敏雄は階段を上がる道中、ところどころ床のタイルや壁紙が剥がれているのを発見した。
建物全体が古く、ろくに修繕はなされていないのだろう。
「伊達さん、先にどうぞ」
202号室のドアの前まで着くと、青葉はポケットから鍵を出してドアを開け、敏雄を先に通した。
「おう」
青葉に言われるがままに中に入ると、狭い土間に出くわした。
背後で、ドアがバタンと閉まる音とカチャカチャと鍵を閉める音が響く。
「お邪魔します」
敏雄は靴を脱いで、廊下に足を踏み入れた。
「ええ、どうぞどうぞ」
敏雄は自分に続いて青葉が靴を脱いだのを見はからうと、2人して短い廊下を歩いた。
「テキトーに座っててください」
青葉が廊下とリビングを仕切る木製フレームのガラス戸を横に引くと、いかにも若い男の一人暮らしといったリビングに出迎えられた。
いわゆる「汚部屋」なんかではない。
だが、きっちり片付いているというわけでもない。
床には脱ぎっぱなしのジーンズやシャツや靴下。
ローテーブルには封を開けて置きっぱなしにしたのであろう郵便物や、使ってそのまま放置した爪切りやハサミでそこそこに散らかっていた。
「すみませんね、散らかってて」
青葉はあわてて暖房をつけると、テーブルの上を片付け始めた。
「一人暮らしの若い男の家なんて、みんなこんなもんだよ」
敏雄は自分の若い頃を思い出して、少しばかり微笑ましい気持ちになった。
敏雄だって20代のときは、こんな雑多で生活臭が漂う部屋に住んでいた。
「そうですかね?あ、買ってきたヤツ、ここに置いてください」
片付けをしていた青葉が、ローテーブルの空いたスペースを指差した。
「おう、悪いな」
空いたスペースに、さきほどコンビニで買ってきたものをビニール袋ごと置いて、敏雄はその場に座った。
「お茶淹れますから、先に食べててください。あ、よかったら、テレビも見ていいですよ」
青葉が床に転がしていたリモコンを手に取り、電源をつけた。
「うん、ありがとな」
青葉の言葉に甘えて、敏雄は買ってきたパック寿司をビニール袋から取り出して開けた。
「すみません、烏龍茶しかないんですけど、いいですかね?」
引き戸の向こうから、青葉がすまなさそうに尋ねてくる。
「いいぞいいぞ。熱ければなんでも飲むよ」
「そうですか。濃いめがいいですかね?」
青葉はガスコンロにヤカンを置き、火をつけた。
「おお、頼んだ。いやー、ホント寒かったなあ今日は」
「そうですねえ」
そんなやりとりを交わしているうちに、時間は過ぎていく。
食事を済ませた頃には、日付が変わっていた。
食事を済ませた後、青葉は風呂も貸してくれた。
敏雄は「1日くらい風呂に入らなくても構わないだろう」と断ったが、青葉が「遠慮しなくていい」と言ってくれたので、お言葉に甘えて入ることにした。
「シャツ買い忘れた…」
借りたバスタオルで体を拭き終わり、下着を履いた後になって気がついた。
──仕方ない、着回すか…
同じものを2日続けて着ることには抵抗があったものの、無いものはどうしようもない。
そう考えて、脱衣所から出た。
「あ…ちょっと!伊達さん!!」
下着一枚で出てきた敏雄を見て、青葉はかあっと顔を赤らめた。
「んだよ?」
こんな中年の裸に驚くなんてどうかしているとは思うが、青葉をからかうのが楽しくて仕方がない敏雄は、わざと青葉の方へ近づいていった。
「服を着てください!」
「シャツ買い忘れたんだよ」
「貸しますから!」
青葉は機敏な動作で隣の部屋へ駆け込むと、ガサゴソ音を立てて、すぐにリビングに戻ってきた。
「ほら、これ着てください!」
青葉が、まだ真新しい白い長袖シャツを渡してくる。
「いいのか?これ、結構最近買ったばっかなんじゃねえの?」
シャツを手に取って、敏雄はタグや生地なんかをまじまじと見た。
「別にいいですから、服を着てください!!」
「わかったわかった」
青葉のあわてた様子を思う存分楽しんだ後で、敏雄はシャツを着込んだ。
「はっはっは。ブカブカだなあ、コレはアレだな、彼シャツってヤツか?」
いざ着てみると、袖も裾も余って隙間ができ、襟ぐりも大きく開く。
敏雄は改めて、青葉と自分の体格の違いを実感した。
「ふざけていないで、下も履いてください」
青葉がスウェットのズボンを出してくれた。
それを受け取って履いてはみるものの、ウエストはブカブカで、あっという間にずり落ちてしまう。
「下は履けねえから、このまま寝るわ」
「そんな…」
ただでさえ真っ赤だった青葉の顔が、より一層赤くなる。
「わかりました。部屋がもう一つあるんで、そこで寝てください」
青葉が隣の部屋を指さす。
指さす場所へ視線を移すと、その部屋にはベッドとハンガーラックしか置いていなかった。
ハンガーラックには、春夏物の服がいくつもかけてある。
これを見るに、どうやらその部屋は寝室兼クローゼットとして使われているらしい。
「お前はどこで寝るんだ?」
「ここで寝ますよ」
リビングの床に、分厚い毛布が敷いてある。
敏雄が風呂に入っているうちに、どこかから引っ張り出してきたのだろう。
青葉は床で寝るつもりなのだろうが、これでは寝違えてしまいそうだ。
「これじゃあ寝苦しいだろ」
「お客さんを床に寝かせるわけにはいかないですよ。ほかに布団もないし」
「じゃあ、一緒にベッドで寝ようか」
敏雄は、自分の体を擦り付けるように青葉に抱きついた。
「えっ⁈」
予想外の提案に加えて、突然抱きつかれたことに、青葉は心底驚いたらしい。
肩をビクッと震わせて、戸惑いの表情を浮かべた。
「俺たち恋人同士だろ?一緒に寝ようぜー?」
敏雄は年若い少女が父親におねだりをするみたいに、上目遣いで青葉を見つめた。
「そりゃあ、そうですけど…」
「じゃあ、問題ないだろ。それとも何か?あんなに情熱的に告白してくれたのに、アレはウソだったのかあ?」
敏雄はわざとらしく体をくねらせて、青葉の体に回した腕に力を入れると、より強く抱きついた。
「ん…わかりました、一緒に寝ましょう」
青葉は困ったような、それでいて嬉しそうな顔をして、敏雄の提案を受け入れた。
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