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教育長と加害者D子

翌朝、敏雄は青葉と一緒に、怠い体を引きずりながら出勤した。 「春也、今日は午前中は物読み(資料分析)で、午後からはまたA市まで向かって取材に行くぞ」 「了解です、敏雄さん!」 たった1回きりとはいえ事に及んだ翌朝だというのに、青葉は無駄に元気いっぱいに明るく返事した。 ──昨日ははしゃぎ過ぎたなあ… 敏雄はというと、まだ腰が痛いから、デスクに常備していた湿布薬を貼って仕事に臨むことになった。 「おう春也、見てみろよ。今日もすさまじい量のリークが来てるわ…」 デスクについてパソコンを開くと、敏雄は各地から来た問い合わせメールのチェックを始めた。 「どれくらい?」 隣に立った青葉が、パソコンの画面を覗き込んだ。 「ザッと見ても2、300件前後は来てる」 マウスを動かしながら、敏雄は険しい顔をする。 「あれだけの騒ぎですからね」 「まあ、中には単なる恨みつらみとか、ウソかホントかもわからんのもあるけどな。多いんだよ、遊び半分でウソ情報こっちによこしてくるヤツ」 敏雄は額に手を当てた。 持ち込まれた情報を全部読み込んで、真偽のほどを確かめる。 これだけでも結構な手間を要するのだ。 敏雄は、まだ場数が足りないとはいえ、若くて体力のある青葉をアシスタントにつけてもらって正解だったと改めて思った。 これだけの量の情報、とても一人ではさばききれないのだから。 地道な資料分析を終えて、2人は予定通りA市まで向かった。 狙うは教育長である。 A市の市役所近くで駐車して車内で張り込み、出て行くのを待つ。 教育長は最初の報道から今に至るまで、ずっと沈黙を続けている。 リークされた情報によれば、彼はいつもA市市役所別館の教育長室にいて、夕方より少し前にはそこを出て行くのだという。   「出てきました!」 青葉の言葉を合図に、2人は車を降りた。 「週刊文士です。お話を伺っても?」 2人して教育長に接近すると、敏雄は問いかけた。 「…ああー、はい」 敏雄の問いかけに対して、教育長は気だるげに頷いた。 「今回のことについて、どう思われますか?」 「あなたがたが報道した結果、関係ない人までみんなして「隠蔽してるんじゃないか」って騒いでますけど…決して隠蔽している状況はございません」 教育長の態度は、依然として変わらない。 「被害者の女の子や、そのご遺族に何かおっしゃりたいことはございますか?」 「ございません」 淡々と答える教育長に腹が立ったのだろうか、隣に立っていた青葉がギリ、と軽く歯ぎしりする音が、敏雄の耳に入った。 「ほかのメディアには「いじめだと認識してなかった」と答えたそうですが、それは何故ですか?」 「亡くなった女の子にも問題があるかもしれないでしょう?だからです」 言いながら教育長が、顎をぽりぽりと掻いた。 その仕草ひとつで、今回の事件に何の興味もないのが嫌でも伝わってくる。 「自分のお子様の身にこういったことが起きたら、どう思いますか⁈」 怒り出した青葉がとうとう前に出てきた。 今にも教育長に殴りかからんばかりだ。 「私の子どもはすでに成人していますので、関係ありません」 教育長は淡々と答えた。 いつかの加害者少女のB子や担任教師のように、こちらを睨むことさえしない。 「…このっ」 青葉の大きな体がわなわな震えて、握り拳を胸の高さまで上げた。 それを見た敏雄が、あわてて青葉の肩を掴んで制止する。 「そうですか、お答えいただき、ありがとうございます」 青葉の肩に手を置いたまま、敏雄は会釈した。 「もういいですか?」 教育長は忌々しそうな顔をして聞いてきた。 「ええ」 敏雄が答えると、教育長は「ああ、ウンザリ」といった顔で、その場を去っていった。 教育長が去った後、青葉はまだ悔しそうに歯ぎしりしていた。 「あの野郎…」 「落ち着けよ春也。まだ取材は残ってるんだから」 言うと敏雄は車の助手席のドアを開けて、青葉にそこに座るように誘導した。 「そうですけど…」 青葉は納得いかないといった顔をしつつも、従順に助手席に乗り込み、シートベルトをつけ、ドアを閉めた。 敏雄は運転席に移動するとドアを閉めて、青葉と同じようにシートベルトをつけた。 「次は加害者宅を回るぞ。10人いるうち、8人の住所と名前と年齢がリークされてる。そのうち、主犯格の女子中学生と他校生の2人はもう取材したし、地取り(聞き込み取材)もできてるから、次は関わった小学生の子の方に行くぞ」 「わかりました」 青葉は不服そうな顔をしたまま、愛想の無い返事をした。 加害者少女グループは中学生4人、小学生が6人の合計10人で成り立っており、今から取材するのは小学生のメンバーの中でもとりわけ積極的に加害行為を行っていたという女子生徒だった。 敏雄はこの女子生徒を仮名D子とし、ここから車で5分ほどの距離に位置する彼女の家に向かった。 D子の家は、どこにでもあるような閑静な住宅街の真ん中にある一軒家で、これといった特徴もない。 そのせいで敏雄は、「本当にここであっているのか」と何度も確認した。 現在、夕方16時。 「降りるぞ。この時間帯なら、子どもも親も帰ってきてるはずだ」 「ええ」 車をそばの空き地に駐車すると、2人は車を降りて、D子の家のインターホンを押した。 「……はい」 かなり間が空いてから、成人女性の声が聞こえた。 おそらくD子の母親であろう。 「週刊文士です。お話伺ってもよろしいでしょうか?」 「帰ってください!もう散々答えてるんですから!!」 身分を明かすなり、母親がヒステリックに喚いた。 この言い様から察するに、ほかの新聞や雑誌記者からも取材を受けた可能性が高い。 「5分程度で結構ですから」 「帰ってください!」 母親はまだ喚き続ける。 「逃げるんですか⁈」 今度は青葉が喚いた。 「いい加減にしてよ、しつこいわね!警察呼ぶわよ!!」 とうとう敬語が崩れて、返答というよりは脅しにも近い言葉を放り投げてきた。 「わかりました。では警察官が駆けつけたら、その人に今回の事件で何か知っていることがないか聞くことにしますね」 感情的になって怒鳴った青葉に若干の不満を抱きつつ、敏雄は続けた。 「……わかりました。ちょっとだけ待っててください」 脅しに脅しで返されるような形となり、D子の母親はとうとう観念したようだ。 インターホンが乱暴にガチャリと切られたかと思うと、かすかな足音が聞こえてきて、玄関ドアが開けられた。 もっとも、ドアチェーンをつけたままではあるが。 したがって、ドアの隙間はわずか10センチほど。 もっと狭いかもしれない。 その隙間から、D子の母親と思わしき女性が眉間にシワを寄せて、猜疑心に満ち満ちた瞳で睨むように見つめてきた。 「お話って何でしょうか?」 D子の母親が、ギスギスした声色で2人に問いかけてくる。 「まず、門の中に入っても構いませんか?ここだと声が上手く拾えないので」 これは本当だった。 門から玄関ドアまで、約1メートル半。 向こうの声は敏雄の耳にはしっかり入っているものの、これだけの距離があると、バッグに忍ばせてあるレコーダーが拾えるかわからない。 「……どうぞ」 いかにも渋々といった様子で、D子の母親は門内に入るのを許可した。

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