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青葉の反省
許諾を得て門内に入ってみれば、敏雄は狭い庭の中が殺風景でガランとしていることに気がついた。
通常、子どもがいる一軒家の庭というのは、大概どこかに植木鉢やプランター、子ども用の自転車や三輪車、ママチャリなんかも置いてあるものだが、この家は恐ろしいくらいに何も置いていなかった。
「今回の事件について、どう思いますか?」
青葉を後ろにぴったりつけるように、2人してドア付近まで近づくと、敏雄はさっそく聞いてみた。
「どう…と言われましても」
D子の母親は敏雄を睨みつけたまま、唇を震わせた。
「被害者の女の子に、何か言いたいことはありますか?」
「……うちの子がやったこと、確かにいじめだと思います。本人も反省しています」
とってつけたような回答だった。
「ねえ、ご本人、いま家にいらっしゃるんですか⁈」
あまりに煮え切らない答えに我慢ならなくなったのか、青葉が食ってかかる。
「ちょっと、何なの?子どもに直接答えろって言いたいの⁈うちの子、まだ小学生なのよ!」
青葉に負けず劣らずの勢いで、D子の母親が対抗してきた。
「小学生だから何なんですか?自分でやったことなんだから、自分で説明させるべきじゃないんですか!」
「おいこら、相手は妊婦だぞ」
敏雄はD子の母親の腹部を指差した。
D子の母親は、単なる肥満体型にしては不自然なくらいに腹が膨らんでいる。
おそらく、妊娠してからかなり経過しているだろうし、予定日はそう遠くないのかもしれない。
「そりゃ、そうですけど…」
上司にたしなめられて、青葉は冷静を取り戻したものの、まだ不満げな様子だった。
「もう行くぞ。ここにいたら邪魔だしな」
言うと敏雄は、背後に立っている存在に視線を向けた。
青葉がその視線を追うと、黒いランドセルを背負った小学校低学年くらいの男の子が立っていた。
おそらく、この家の住人のひとりであろう。
見知らぬ男が2人、玄関ドアの前にいる上、母親がただならぬ様子でいるため、家に入るのを躊躇っているようだ。
「ごめんね。おじちゃんたち、ジャマだったね」
敏雄は気優しい親戚のおじさんのような態度で、男の子に声をかけた。
「すみません、これで失礼しますね。ほら、行くぞ」
そして、青葉の肩を強く掴んで引きずるように連れて行き、男の子の脇を通り抜けて、早足で敷地内から出ていった。
「2度とこないで!」
母親は男の子を家に入れると、ドアを乱暴にバタンッと閉めた。
「青葉、カーッとなるのもほどほどにしろよ。あの母親、たぶん2度と取材に応じてくれないと思うぜ」
車に乗り入れるなり、敏雄は助手席に座る青葉に説教を始めた。
「すみません…」
「謝る相手が違う」
敏雄は、青葉の謝罪をぴしゃりと跳ね除けるようにして言ってのけた。
「……そうですね」
何と言えばいいかわからない、といった様子で、青葉は俯いた。
「なあ青葉、あの家よく見てみろよ。塀がやけにキレイに塗られてるだろ。わかるか?」
急に話が切り替わったかと思うと、敏雄がD子の家を指差した。
車が駐車してある空き地と、D子の家はさほど離れていないから、家の様子がよく伺える。
「たしかにそうですけど…」
それがどうかしたのかと聞くより先に、敏雄は答えを言った。
「これは俺の推測だけど。アレはたぶん、中傷ラクガキされて、それを塗り直した跡だよ」
「たぶん、「クズ」だの「死ね」だの書かれたんで、それを隠すためにペンキ塗ったんだろう」
「…ああ」
青葉は大雑把な相槌を打った。
「それと、庭に自転車とか植木鉢とかが無かっただろ?駐車スペースに車もない。
たぶん、汚されたり壊されたりしたから、どこか別の場所に停めてあるんだと思う」
敏雄の言う通り、庭は車も自転車も植木鉢もないしガランとしていた。
「窓ガラスも見てみろ。家全体は古いのに、あそこだけ新しいだろ?たぶん、石か何か投げられて、新しいのに付け替えたんだ。今は強化ガラスか、フィルムか何か使って割れにくくしてあるかもな」
敏雄の言う通り、D子の家は壁が黒ずんでところどころにヒビがあるのに、窓が妙に真新しかった。
「そうですね…あの、それで?」
「これだけのことが起きて、さらに顔も名前も知らない記者が自分たちのこと責めてくるんだ。
「2度とくるな!」って思っちまうのも当然じゃないか?
たぶん、お前と同じことしたヤツ、ほかに何人もいると思う」
「そりゃ、そうですけど、でも、あの人たちは被害者の子に謝ってないですよね?」
青葉が反論してみせた。
反省はしているものの、まだ腑に落ちないことがあるらしい。
「ああ、そうだな。でも、考えてもみろよ。子どもなんて、親の預かり知らぬところで何してるかわかったもんじゃない。親だって、24時間監視する…なんてわけにもいかない。人にもよるけどな、仕事があるし他の子の面倒もあるし、親の介護だってある。あの母親なんか妊娠中だぜ?その間に子どもがやったことで「お前の子どもがー」って1度や2度ならまだしも、延々責められるんだ。これほどキッツい仕打ちはあるまい?」
敏雄が青葉を目をじっと見つめる。
責めているような、問うているような真剣な眼差しだ。
「それと、あの男の子、たぶん加害者の子の弟だよな。あの子、顔と手の甲にガーゼ貼ってあっただろ?」
「そうですけど」
また話が切り替わったものだから、青葉はキョトンとした。
いったい、今度は何なのか。
「たぶん、石投げられたときに割れたガラスが飛んできてケガしたんだ。アレはまだ軽傷な方かもな。破片がまともに目にでも入ったら、最悪の場合は失明するから」
「ああ…」
青葉の中で、欠けていたパズルのピースがはまったように、全てが繋がった。
実は青葉も気になってはいたのだ。
男の子の手と頬を覆わんばかりに貼られた、あの大きなガーゼはいったい何だったのか。
敏雄に急かされていたこともあって、聞く間もなく立ち去ったため、疑問が残り続けていた。
「姉貴の方がケガしたなら「自業自得だ」で片付けられるが、あんに小さい子どもが、その割りを食らうなんておかしいと思わないか?あの男の子には何の罪もないはずだ」
「……そうですね」
今度こそ納得したらしい。
青葉は俯いて、何も言わなくなった。
「これを踏まえて言っておくぞ、春也。記者が加害者になっちゃいけねえよ。まさかお前も、どこかの大臣さまみたいに「犯罪者の親もテレビに写すべきだ。担任教師や親は全部出てくるべきだ。加害者の親なんか市中引き回しの上、打ち首にすればいい」なーんて言ったりしないな?」
現在から約10年前、当時中学1年生の男子生徒が、その場を歩いていた5歳の男児を誘拐して暴行の末、殺害した事件が起きた。
敏雄のこれは、その事件直後に放たれた青少年育成推進本部担当大臣の言葉だ。
これが報道されるや否や、大臣は「時代錯誤だ」「事件の本質のすり替えでしかない」と批判を浴びた。
「さすかに、そこまでじゃないです」
青葉がばつが悪そうな顔で答える。
「それならいいんだ。坊主を憎んでも袈裟は憎んじゃいけない」
言い聞かせて敏雄は、車をスタートさせた。
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