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敏雄の見解
その後も2人は、リークされた情報を頼りに、それぞれの加害者宅まで車を走らせた。
しかし、大半は「答えられません」の一点張りで門前払いを食らったし、中には引っ越していてすでに家はもぬけの殻、なんていうこともあった。
うち1人だけ保護者が答えてはくれたが、「うちの子はその場に居合わせただけです」という答えしか貰えなかった。
「大した情報、ぜんぜん手に入りませんね…」
帰り道の助手席で、青葉がぼやいた。
「これが普通だよ」
ハンドルを切りながら敏雄は答えた。
実際、重篤ないじめ事件において、加害者が取材にまともに応じないことなど、珍しくも何ともない。
「でも、これじゃあ何も書けないんじゃないですか?」
青葉が怪訝な顔をする。
「それは問題ない。「何も答えなかった」「謝罪やお悔やみの言葉もなかった」って書けばいいんだ」
この手段はB子の取材のときにも使われた。
いじめ事件において読者の興味は、事件が起こった経緯やその後の責任者の対応のほか、加害者が記者にどういう反応をするかにも向けられる。
加害者のだれひとり謝罪の言葉ひとつもないとあっては、読者は怒りに怒ってますます興味を抱くことであろう。
だから、ある意味ではこの取材は成功と言えた。
「ねえ、あの女の子、何であんなこと言えるんでしょう?「小学生の前で「死にたい」って言うのはダメだと思って言った」とか…自分の行いはダメとは思わないんですかね?こんなこと主張したところで、何にも変わらないばかりか自分が不利になるって、わからないんですかね?コレで罰が軽くなるって思ってるんでしょうか?」
青葉がB子の話を始めた。
以前から、青葉はこの少女への怒りが凄まじいようだった。
「アイドルを誹謗中傷したオッサンが「オレ、そんな悪いことしたかな?」ってすっとぼけるような世の中だぞ。子どもは社会を映す鏡だ。大の大人がこんなことしてるんだし、子どもがそれと同じことしても不思議じゃねえよ」
「ぼく、加害者よりも教師の方に腹立ちますよ。加害者のやったことは許されることじゃないけど、
少なくとも、この子たちはまだ子どもだからっていうのもあると思うんです。子どもなだけに心が未熟だから、人を思いやる気持ちに欠けてて、こういうことも平気でできるんだと思うんですよ。でも、教師連中は全員いい歳した大人じゃないですか」
敏雄の回答をほとんど無視する形で、青葉はまだ話し続ける。
「今の今まで、何があっても逃げるしかしてこなかったから、いざとなったら「逃げる」しか選択肢を選べなくなるんだろ」
敏雄は回答すると同時に、青葉に説教を始めた。
「お前も気をつけろよ。物事を解決するときには、いろいろ工夫していくことが大事なんだ。同じ手段に頼ってばかりいると、いつかその手段しか使えなくなっていくからな」
信号が赤になり、敏雄はブレーキを踏んで車を止めた。
「わかってます!それにしても、あいつら、あのお父さんがあんなに一生懸命抗議してたのに、なんとも思ってないんですよ、きっと」
青葉は今度は神木の話を始めた。
──「なんとも思ってない」ってことは無いと思うが…
青葉の言葉に、敏雄はふと昔の自分を思い出した。
責務や代償から逃げることしか頭に無い卑怯者にとって、威風堂々とされることがどれだけ堪えるか、敏雄は嫌と言うほど知っていた。
その日の仕事は全て終わり、敏雄は疲れた体を引きずって帰宅した。
青葉は怒っていたし、この事件を知る大半の人も怒っているだろう。
しかし、敏雄は冷静だった。
敏雄には、この事件の概ねの全体像が見えていたからだ。
D子を含める加害者グループの小学生たちは日頃からの他の子への暴力や教師への暴言など、何かと素行の悪さが目立つ子どもばかりであったと聞いている。
これは中学生のメンバーも同じことで、彼らは小学生の頃から評判が悪く、同じ中学校の生徒のほとんどが彼らと深く関わらないようにしていたという。
特にB子は同じグループのC男の父でさえ「あの子と関わるな」と釘を刺したほどで、今事件が発生する前にも、何度か警察の厄介になっていたらしい。
──同級生相手に威張ってた小学生が、ヤンキー中学生にいいようにされた結果…ってとこか
これが敏雄の見解だった。
珍しくもなんともない。
はるか昔から繰り返されてきた、よくある話だ。
お調子者な小学生のワルガキが、些細なことで不良中学生に目をつけられる。
年齢差も体格差もある相手に勝てるわけもないから、怖じ気づいて言いなりになるしかなく、いつしか小間使いと化する。
初めのうちは荷物持ちや買い物の代行なんかの使い走りだったのが、万引きや器物破損などの軽犯罪に。
そこから恐喝や暴力行為への加担の要求に発展、さらにはいじめ被害者の自慰行為の現場の同行まで要求され、しまいには警察沙汰に至った。
敏雄は、おそらくこんな流れであろうと推測した。
そのときの小学生の心情も、割と簡単に予想がつく。
小学生たちは、嫌々ながらもB子についていた。
一方で、地元で大きな顔ができたから、多少の面倒もなんということはない、とタカをくくっていたのかもしれない。
しかし、B子の要求は日に日にエスカレートしていき、歯止めをかけられなくなってしまった。
度重なる要求を断るすべもなく、とうとうグループ外の人間への加害行為に到る。
それでも、まだ良かったのだ。
そのグループ外の人間が死亡し、さらには新聞沙汰になり、世間の怒りを買った。
決して賢くはない小学生でも、さすがに「これはまずい」と気づく。
しかし、もう手遅れだ。
学校や友人宅、果ては自分の家の前にまで報道関係者がやってくる。
それに引っ張られるような形で、事件に興味を持った地元住民や無関係な一般人までもが押しかけてくるようになり、さまざまな嫌がらせを受ける。
インターネットで名前や住所、通っている学校まで晒されて、親兄弟まで巻き込まれて、もうどこにも逃げ場が無くなった。
視点をB子に置き換えても、同じことが言える。
これまたよくある話なのだ。
幼少の頃から悪さばかりしたせいで評判の悪いB子は、小学校のうちは取り巻きを率いて好き放題していた。
しかし、中学生になって環境がガラッと変わると、取り巻きは態度が一変、誰にも相手にされなくなり、孤立した。
そこで今度は、小学生や他校生を相手に威張り始めた。
グループのボスとして君臨した彼女は、また地元で好き放題を始める。
そして、散々悪さを働いた挙句に、ちょうどいいオモチャを見つけた。
A子さんこと広田さんだ。
真面目で大人しく、従順な気質の広田さんが、暴力性の塊のようなB子に勝てるわけもない。
しかも向こうは10人もいて、男子生徒まで仲間になっている。
もはや言いなりになるしかなく、暴言暴力は次第にエスカレート。
そこからさらに自慰強要、その一部始終を撮った動画や写真が拡散された上、警察沙汰になっても加害者は何も咎められることはなく、追い詰められた広田さんは死に追いやられた。
B子からしてみれば、問題は広田さんが死んでからのことだ。
本人の言う通り、広田さんが死んだことは別にどうということはない。
いつでも身勝手で横暴な彼女が第一に考えているのは、自分の立場だけだ。
広田さんが川への飛び込み騒ぎを起こして警察の厄介になったときは、さすがのB子も焦ったに違いない。
だからスマートフォンを初期化して、グループで口裏合わせをして虚偽の証言までして、証拠隠滅を図ったのだ。
しかし、それはB子にとっては杞憂に終わる。
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