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加害者の行く末
結局、警察には厳重注意処分で済まされたからだ。
さらに学校には、「1人の被害者と10人の加害者の未来どちらが大事か」と知らん顔をして、本来なら罰せられるはずの自分を守ってもくれた。
B子はさぞかし喜んだことであろう。
同時に、こうも思ったのではないか。
自分は運に恵まれている。
常に味方がいるし、これから何があったとしても、その味方が必ず守ってくれる。
だから、自分に不都合なことなど何も起きることはない。
学校側のこの擁護は、B子の人生で一番の幸運と言えるだろう。
そして、最後の幸運でもあった。
何せ、運に恵まれたと思ったのも束の間、人生最大の不運が襲いかかってきたのだから。
自分のやったことが新聞沙汰となり、各メディアがこぞって取り上げるようになり、インターネットの波に乗って、しまいには日本中に伝播するなどとは、夢にも思っていなかったのだ。
この事件において、いの一番に取材を行ったのは敏雄であった。
B子は敏雄が取材したときは不満げながらも、どこか余裕ぶっていた。
おそらく、このときもまだ事態を楽観視していたのだろう。
一部のメディアにだけ取り上げられて、短い間だけ騒がれて、それで終わり。
そうすれば、また元の日常生活に戻れる。
だって、自分は運に恵まれているから。
そう思っていたのに、事態は予想とはまるで違う方向へ向かっていく。
ありとあらゆるメディアが自分を追いかけ回し、広田さんの死から1年以上経過しているというのに、地元には報道関係者が次々やってくるし、自分は学校にも通えなくなってしまった。
それだけではない。
最初の報道がなされた途端、報道関係者以外にも、事件に興味を持った一般人や動画配信者が毎日のように校門前で騒ぎ立てるようになった。
さらに、SNSのアカウントを特定され、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせられたために、やむを得ずアカウントを削除した。
しかし、一度インターネットに流れて拡散された情報を、そう簡単に制御できるわけもない。
もうすでに、大半の個人情報が漏れている。
名前に住所に、通っている中学校の名前と場所。
クラス名簿の顔写真までもが、ごく当たり前のように流出している。
自分を知っている誰かが流したのだろうが、一介の中学生にそれを特定する方法などあるわけもない。
そうこうしているうち、警察の捜査も報道関係者の追跡も、どんどん加速していく。
ここまでになると、今までともに悪さしていたグループのメンバーなど、何の役にも立たない。
学校側は報道関係者への対応に追われるばかりで、自分をほったらかしたままにする。
ほかの生徒には、はなから相手にされていない。
親だってアテにならない。
今度こそ、本当に孤立してしまった。
どうしてこうなったのか、B子の頭ではわからない。
自分は運に恵まれていたのではなかったのか、これから自分はどうなるのか。
いつかほとぼりが冷める日が来るだろうが、その日はいったいいつなのか……
──と、まあ大体はこんなとこだろうな
敏雄はB子とその取り巻きたちの心情を、勝手に考えた。
この予想は、長年の経験則から来るものだ。
これ以外なら、「しばらく外に顔を見せなければ、また日常生活に戻れる」と未だに楽観視している可能性もあるな、とも考えた。
これも珍しいことではない。
子どもは後先を考えず、その場の衝動や思いつきだけで行動する。
その行動がどんな結果をもたらすか、考える頭はない。
警察沙汰になっても、新聞沙汰になっても、その場しのぎの言葉や態度でやり過ごそうとする。
B子や取り巻きたちの行動原理は、まさにこれなのだ。
こういった子どもはたいてい、後でトラブルが起きれば、逃げるかほったらかす。
しかし、ほったらかしているうちに事態は大きくなっているし、どこにも逃げ場はない。
──将来どうなるか、ある意味楽しみではあるな
敏雄は昔に取材した事件を思い出した。
通りすがりの女子高生を15~17歳の少年4人がかりで誘拐、監禁して強姦し、サンドバッグのように弄んでなぶり殺した後、コンクリート詰めにしたという恐ろしい事件だ。
彼らの顛末もなかなか悲惨だった。
その場の衝動と思いつきから、夜間に自転車で走っていた女子高生を拉致、監禁、強姦、暴行の果てに殺害。
挙句の果てには証拠隠滅を図ってドラム缶に死体を押し込み、コンクリートで固めて近くの空き地に遺棄する始末。
これほどの蛮行を働いて、ただで済むわけがない。
女子高生は家族から捜索願いが出されていたから、見つかるのだって時間の問題だったのだ。
女子高生を殺害した数日後、たまたま遭遇した警察官に呼び止められ、職務質問を受けた。
少年たちは幼い頃から素行が悪く、警察の厄介になったことが何度もあったから、完全にマークされていたのだ。
顔を見るなり職務質問、なんてことは当たり前だった。
その際に口を滑らせたことから、彼らが女子高生に働いた犯行はすべて明るみに出た。
しかし、少年法に守られた彼らは大した刑罰を受けることもなく、一番重い処罰でも「懲役20年」というものであった。
こんな大きな事件をマスコミが逃すはずはない。
インターネットもない時代だったというのに、報道されるやいなや、瞬く間に世間は怒りに震えた。
しかし、それも法という大きな壁には打ち勝つことができず、年月の経過とともに事件は忘れ去られ、そのうちに少年たちの懲役は明けた。
だが、それだけの大ごとともなれば覚えている人も多い。
少年たちはそれぞれに社会復帰を果たすも、新しい生活を始めた先で素性が発覚して、その場にいられなくなった。
そうなると、もう裏社会で生きていくより他ならない。
そのうち2人は暴力団組員となり、組織内では使い走りにも近い扱いだったという。
もう1人は詐欺集団の下働きとして、いわゆる「出し子」になり、もうひとりは中年の引きこもりとなったと聞いている。
結果、この4人のうち3人はもう一度刑務所の厄介になった。
1人は暴行ならびに監禁、1人は殺人未遂、1人は詐欺罪。
ここまでくると、もう陽の下を大手を振って歩くことはできない。
親兄弟にも見捨てられ、汚い裏街道を独り寂しく生きながら、誰に助けられることもなく、やがて来る死の影に怯えながら生きなくてはならない。
後先を考えず、その場の衝動や思いつきだけで動いた代償は、本人の想像を絶するほど重いのだ。
B子たちはこの少年と並ぶ残虐性と幼稚さを併せ持っている、と敏雄は考えている。
罪状は少年4人組と比べれば軽いものだが、人間がひとり死んでいるのだ。
この事実がある以上、もう彼女たちは表社会を堂々と歩くことなど不可能に等しいだろう。
大半の加害者は、警察の捜査により新たに悪事が発覚したことで何らかの前科がついたり、遺族が起こした民事訴訟によって賠償金を請求されていた。
何の代償も支払うことなく、平穏無事に生きられた者など、敏雄は知らない。
「カルマの法則」というやつだ。
結局、他人にやったことは全て自分に返ってくる。
しかし、自覚がない人間は「なぜ自分ばかりこんな目に遭うのか」と反省しない。
いや、反省できない。
反省できないから同じ過ちを何度も犯し、そこでまた一歩、また一歩と闇社会に踏み込んでいき、堕落していく。
こんな人間を、敏雄は何度も見てきた。
なんてバカげた話だろうと敏雄は思った。
どこかで思い直す機会もあっただろうに、それができないなんて、実にどうしようもない。
──いや、俺だって昔は褒められたもんじゃなかったな…
敏雄は突然、奇妙な自虐の念に駆られて、右手の傷跡に視線を移した。
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