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思わぬ続報

A市女子中学生いじめ自殺事件の取材打ち切りから、約1週間後。 もう12月も終わりになるかという矢先に、続報が入った。 「敏雄さん!あの教育長、襲われたらしいです」 出勤するやいなや、青葉がスマートフォンを片手に報告してきた。 差し出されたスマートフォンの画面を見たところ、「A市教育長、襲撃され負傷」の文字が目に飛び込んできた。 青葉が開いたニュースサイトには、教育長が負傷した経緯が次のように書かれていた。 『12月X X日、午前8時半ごろ。A市の教育長が、侵入してきた地元住民の大学生(19歳)にハンマーで殴られる事件が起きた。 男はA市市役所別館にある教育長室に侵入してすぐ、所持していたハンマーを教育長の頭めがけて振り下ろした。 教育長はよろめいて倒れ、そのすきに男が馬乗りになって首を絞めようとしたところを、駆けつけた職員らに取り押さえられた。 男は殺人未遂ならびに住居侵入の容疑で、職員からの通報を受けて駆けつけた警察に逮捕された。 調べに対し男は「事件に対する教育長の態度に腹が立ち、許せないと思った。殺すつもりだった」と容疑を認めている』 ──たぶん、#あれ__・__#が原因だな 敏雄は、青葉の取材した際の教育長の様子をそのまま報道した。 その様は、こういった事件の取材に慣れている敏雄でさえ眉をひそめたくなるような対応であったから、報道を見た一般人が怒って事件を起こすのも無理は無いことかもしれない。 それこそ、その事件の経緯が載っているニュースサイトのコメント欄には、「この大学生はよくやった」「教育長、殺されればよかったのに」「身から出た錆だろ」などとある。どちらかと言えば、世間は加害者の大学生を英雄視しているのだろう。 ──これもカルマってヤツかね… なんとも形容しがたい気持ちを抱きながら、敏雄は今後の教育長の対応を予想した。 おそらく、教育長は辞任するだろう。 今の今まで、面倒なことからは逃げてきたような男なのだ。 これほどの面倒が起こってもなお、彼は逃げ続けるに決まっている。 もっとも、今は彼よりも青葉の様子が様子が気になった。 青葉は意味ありげな表情を浮かべながら、スマートフォンの画面を見つめていた。 「今年の仕事は、とりあえずはひと段落ってとこだな」 いつもの居酒屋のカウンター席。 ピーチウーロンを飲みながら、敏雄はここ1年の仕事を振り返った。 「ひと段落なんですか、アレ」 青葉が不満げな顔をして敏雄を見つめた。 「俺たちの仕事はひと段落したよなってことだよ」 敏雄は、青葉の言わんとしていることが少しはわかっていた。 青葉と2人で追っていたいじめ自殺事件は、まだひと段落とはいかない。 問題が山積みなのに、何ひとつろくに解決も対応もされてないばかりか、新しい事件まで発生している始末なのだ。 今のところ、それに対する明確な回答もない。 「なんか、消化不良です」 青葉が不満げな顔をしたまま、俯いた。 「そうだな。でも、俺たちが介入できるのはここまで。あとは警察だの法律だの仕事だ」 「わかってます。ただ…」 「ただ?」 敏雄は根気よく聞いてみることにした。 青葉は、この事件に並々ならぬ思い入れがあるらしい。 いったい、その思い入れの根源は何なのか。 敏雄はそれが気にかかったのだった。 「なあ青葉よ。お前さ、えらくこの事件に執着するじゃねえか。どうした?子どもの頃にいじめられでもしたか?」 敏雄が気になったのはそこだった。 「……ぼく、3つ下の妹がいるんです」 「そうか。それで、その妹さんがどうしたんだ?」 青葉の3つ下というと、現在22歳。 人にもよるだろうが、おそらく大学を卒業する手前か、すでに社会に出ているかのどちらかだろう。 敏雄の今までの人生で、一番華やかで楽しい時期はちょうどこの頃だった。 そして、その人生で一番華やかなときを謳歌しているであろう妹と、A市のいじめ事件がどう関係あるのだろう。 「妹が中学生のときで、ぼくが高校生のときの話なんですけど…」 ──これ、話が長くなるパターンだな そうは思ったが、特に急いでいる用事があるわけでもないし、続きが気になるので、敏雄は青葉の話をじっくり聞いてみることにした。 「うん。その妹さんが中学生のときに、何かあったのか?」 これは敏雄の予想だが、おそらくその妹はいじめに遭っていたのだ。 そして、青葉はその妹とA市いじめ事件の被害者少女の広田さんを重ね見ていたから、この事件に執着しているのだ。 「妹が2年生のとき、ヤンキーグループが10人がかりで妹に乱暴しようとしたんです」 「そうか」 敏雄の予想は大当たりだった。 なるほど、それなら今回のいじめ事件に対する青葉の執着にも納得がいく。 今回の事件だって、加害者グループは小学生も含めた不良の少年少女たち10人、いじめの内容は性暴力。 受けた被害が同じようなものだから、重ね見るには充分な理由だ。 「そのグループのリーダーが、妹の靴箱にラブレター入れたんですよ。それで、妹がそこに書いてたとおりに、放課後にひとりで校舎裏に行ったら、ヤンキー10人が待ち構えてて、それで…」 青葉の肩がぶるぶると震えて、急に黙りこくった。 言葉も紡げなくなったようだった。 「青葉、しんどいなら、それ以上はもう何も言うな」 敏雄は青葉の震える肩を撫でさすった。 「…ありがとうございます」 肩を撫でさすっているうち、震えが止まった。 「近くを通った用務員さんが「おい、お前ら何してんだ!」って走ってきて、そいつらは逃げようとしたんです。 でも、用務員さんの声を聞きつけたほかの学年の先生がリーダー格のヤツの襟首掴んで取り押さえて、全員を生徒指導室に引っ張っていきました。 妹はショックで立ち上がることも出来なくて、先生が用務員さんに無理言って、家まで送っていきました」 敏雄の気のせいだろうか、青葉がいつもよりも、はるかに饒舌なように感じる。 自分の中に溜まり込んだ怒りを吐き出すかのように、青葉は話し続けた。 「A市の連中と違って、向こうは全員が全員、両親とぼくに謝りに来ましたよ。だけどね、大半のヤツはホントに反省してるのかどうか疑いたくなるくらいにいい加減な謝罪でした」 青葉はこう言うが、A市の連中だって口先だけの謝罪はしていた。 もっとも、足を崩して座ったり、「証拠はあるのか」と詰め寄ったりしたというし、それを考えると、青葉の妹を強襲した連中と大した差はないが。 「いちばん腹が立ったのが、同じクラスのヤツでした。そいつ、自分の親がぼくの両親に怒鳴られて必死に謝罪してる隣で、ずーっとブスくれた顔で横向いて知らん顔してたんですよ!」 当然のことではあるが、青葉の怒りはまだ治まりそうになかった。

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