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たとえフィクションであっても

「ぼく、思わず怒鳴っちゃいましたよ。「お前がやったことなんだから、お前が謝るべきだろ!」って。うちの両親も同じように怒りましたよ。 向こうの親御さんも「青葉さんの言うとおりにしなさい!」って怒りました」 「それで、そいつはどうした?逆ギレしてきたのか?」 敏雄が尋ねると、ひととおり話し続けた青葉は、先ほど注文したジントニックを一気に飲み干して、フーッと息を吐いた。 「3人がかりで怒鳴られて怯んだのか、ビクビクしながら小声で「すんません」って謝ってはきました。一応謝りはしたけど、ぼくはそれですら腹が立ちましたよ。普段は意味もなく大人数で群れ作って、意味もなく威張ってるくせに、大人に責められたらそうやってビクビクするんですから!ひどいヤツなんか「リーダーに言われてやった。オレは関係ない」の一点張りですよ。言ったのはリーダーでも参加したのは自分だってのに!!」 青葉の声はどんどん大きくなる。 あまりに大きな声を出すものだから、そばを通った店員が青葉を二度見したほどだった。 「ぼく、つくづく思うんです。「ヤンキーは根はいいヤツ」だなんて、絶対ウソですよ。アイツらは本当は気が小さいし、自分より弱そうな人には威張るし、自分より強そうな人にはペコペコするし、集団で悪さしてそれを責められたら、友達同士でもなすりつけ合いを始めるんです。そもそも、誰ひとりお互いを友達だと思ってない。そんなもんですよ、アイツらは」 敏雄は、青葉の言葉を否定する気にはなれなかった。 今回のA市の事件も、コンクリート詰め殺人も、不良少年と不良少女たちが主犯であったし、事が発覚して責められたときには、みんなして「向こうが悪い」となすりつけ合いを始めた。 「フィクションの影響かもなあ。ヤンキー漫画とかその手の映画って、一定周期で流行ってるし」 なんと返せばいいのかわからなくて、咄嗟に出た言葉がそれだった。 「ぼく、ああいうのがムカつくんですよ。不良のやってること全部美化して描かれてるじゃないですか。作り話だって、わかってはいますけど…」 「そうだな、腹立つわな」 青葉の気持ちは、わからなくはない。 敏雄はブームになっているものを履修するのも仕事のうちと考えているので、最近流行っているヤンキー漫画も読んではみた。 結果、ストーリーこそ面白かったものの、あまり共感はできない、というのが個人的な感想であった。 キャラクターは魅力的ではあるが、やっていることはすべて軽犯罪と内輪揉めの繰り返しでしかない。 主人公サイドのキャラクターは敵対する不良グループのやっていることを軽蔑するが、自分たちのやっていることだって悪いことであることには変わりない。 また、友情に厚い反面、その友情から外れた人間の都合はどうでもいいという感情が見え隠れしているし。 バカみたいにバイクのエンジンをふかしてノーヘルで走ったり、深夜に大声でたむろするなど、周囲の人間の被害などろくに考えていない。 どちらかと言えば大雑多な敏雄でさえ、こんなものをカッコいいと褒めそやす若者たちの神経が理解できないし、生真面目な青葉なら、なおさら理解に苦しむだろう。 青葉は「フィクションではヤンキーを美化している」と言うが、敏雄に言わせてもらえば、フィクションでもああいった連中は褒められたものではない。 「青葉、お前ちょっと飲み過ぎじゃないのか」 敏雄は、怒り心頭に発する青葉をなだめた。 「そうですね。すごく酔ってます、今のぼく」 ──普通、ホントに酔ってるヤツは「酔ってます」なんて言わねえんだけどなあ… 青葉の反応を見るに、彼はまだ冷静を保ってはいる。 しかし、この冷静もいつまで続くかわからない。 「おい、もう出ようぜ。そうだ、俺の家に来るか?」 敏雄は青葉が素面でいるうちに店を出ようと判断して、会計に進むよう促した。 「いいんですか?」 青葉は口ではそう言うが、あまり驚いたふうではなかった。 青葉だってバカではないし、敏雄がこう切り出すのを、ある程度は予測できていたのかもしれない。 「いいぜ。着いたら、たくさん可愛がってやるよ」 青葉の耳元に唇を近づけて、敏雄は艶っぽく囁いた。 仕事もひと段落したし、最近ご無沙汰だった。 いい加減、お楽しみが欲しいとも思っていたから、ちょうどいい。 「ふふふ、楽しみにしてます」 青葉は赤面すると、ほんのり笑ってみせた。 少しは怒りが和らいだらしい。 そんなわけで敏雄と青葉はさっさと会計を済ませると、2人してライトバンに乗り込み、敏雄の住むマンションに向かった。 「敏雄さん、やっぱいいところに住んでますねえ」 ライトバンから降りるなり、青葉はマンションを見上げた。 鉄筋コンクリート構造の10階建てで、築25年。 エレベーターが4基、部屋の数と駐車スペースが30ほど。 もちろん、駐輪場だってある。 この駐輪場の大半は、中高生が通学に使うようなママチャリや、主婦が子どもの送り迎えに使うのであろう子ども乗せ自転車で埋められている。 そして、さらにその隙間を埋めるように、スケボーやキックボードが置かれている。 きっと、住人の子どもたちの所有物だ。 このマンションは、中学校と小学校、保育園と幼稚園が近いという土地柄もあってか、ファミリー層が多く住んでいる。 周囲は夜間も営業しているスーパーやコンビニがいくつもあり、そこまでのアクセスが容易い。 駅までは徒歩25分というデメリットはあるが、それだけに周囲はいつも静かで過ごしやすい。 それに敏雄の場合は、移動は所有しているライトバン1台で済むため、滅多に電車に乗らない。 したがって、駅が遠いことなど大したハンデにはならなかった。 むしろ、駅が遠いことで都合の良いこともある。 この辺り一帯の治安は、決して悪くはない。 しかし、駅前にはときどき、夜間も早朝もお構いなしに騒ぐ若者や、無鉄砲に暴れ回る酔っ払いが出てくることもある。 そういった連中を避けられたことを考えれば、このマンションを選んで正解だったのだと思う。 住めば都、というのもあるかもしれない。 「ねえ、早く行きましょうよ」 青葉が急かしてくる。 「おう、エレベータ乗るぞ」 「そうですね。ぼく、もう足がフラフラだし、まともに階段あがれる気がしません」 そう言って青葉は、わざとらしくフラつくような動作で、敏雄の方へ寄ってきた。 「おい、ちゃんと歩けよ」 甘えるように擦り寄ってくる青葉にクスクス笑いながら、敏雄は茶化すように注意した。 「はーい」 青葉が、教師に軽く注意された学生のような返事をした。 そうして、親子ほど歳の離れた恋人たちは、エレベーターに乗り込んでいった。

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