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エックスデー編集部

石垣の言う通り、川田邦子の実家はそう離れていない場所に位置しており、車を走らせてわずか5、6分程度で着いた。 どこにでもあるような住宅街の真ん中に位置しており、これといった変哲もない普通の一軒家だ。 実家前に駐車して、2人は車から降りると、インターホンを鳴らした。 「…はい」 年配の女性の声がした。 おそらく、川田邦子の母親であろう。 「週刊エックスデーです。あなたの娘さんについて、聞きたいことがあります」 「何ですか?」 母親は明らかに困惑していた。 週刊誌に取材される心当たりなど、何もないとばかりに。 つまり、石垣の予想通り川田邦子は南の愛人をしていることを隠している。 「あなたの娘さん、タレントの南健司さんと不倫関係にあるんです。そのことについて、どう思いますか?」 「え⁈」 母親が、敏雄の予想通りの反応をしてみせる。 ──やっぱり知らなかったか これで母親が「あの子はそんな子じゃない」「きっと南がたぶらかしたんだ」と騒いでくれたら、と敏雄は密かに期待した。 「どう思いますか?」 石垣が詰め寄る。 「すみません、今日は帰ってくださいませんか!」 戸惑った母親が、2人に反論してきた。 「その前に、ひとことください」 「帰ってください!警察呼びますよ⁈」 「ひとことくれたら帰ります」 「帰ってください!」 母親が繰り返す。 石垣は「しょうがないか」と言った顔をすると、敏雄に向かって小声で「帰るぞ」と告げた。 敏雄も、そうした方がいいだろうと考えていた。 こんな様子では、何度聞いても対応はしてくれないだろう。 「では、失礼しますね」 石垣がそう言うと同時に、2人は去っていった。 「結局、大した収穫なーんもナシかー」 助手席に座った敏雄は、あまりの骨折り損に心底がっかりした。 母親が泣き喚くなり南に対して怒りの声をあげるなりしてくれたら、取れ高もあっただろうに。 「しゃーねえ。一度だけ社に戻って、また仕切り直しだ」 石垣が大きくハンドルをきる。 本社まで、あと100メートルもない。 このまま戻ったら、何らかの小言をもらうのは明確だ。 2人は憂鬱な気分を引きずったまま、東京都B区にある編集部に帰っていった。 一方その頃、石垣と敏雄が編集部へ帰っていく道中、編集部の電話が鳴っていた。 そのとき対応したのは、編集部員の益子(ましこ)だった。 「週刊エックスデー編集部ですが、どなたですか?」 「どなたですかもクソもねえよ!」 電話の相手が、有無を言わせず怒鳴ってくる。 その声は、益子には聞き覚えのある声だった。 こんな特徴的な声をしているのは、ひとりしかいない。 「南さん?南健司さんですか?」 心当たりのある名前を、口に出してみる。 「そうだ!」 あからさまに怒った様子で、南が返した。 「ご用件は何です?」 「おめえんとこの記者が、オレの女にケガさせられたんだよ!ケガをさせたのはどいつだ⁈そいつの名前を出せ!話をさせろ!どういう了見であんなことしやがった⁈」 南は怒鳴り続ける。 「…あの、申し訳ありませんが、今は出払っていまして…それに、個人情報なので、記者の名前は教えられないんです。ですが、ケガさせたのがホントかどうか確認しますから、10分ほど経ってからまた電話してくださいませんか?」 南の怒号に気圧されつつも、益子は対応し続けた。 「そうか。じゃあ、また電話すっからな!!」 そこで、南の電話は切れた。 「……はあーっ。ったく、アイツら。どこほっつき歩いてやがる」 電話を終えると、益子は頭をガシガシ掻いて、壁にかかった時計を見た。 現在午前1時前。 ──帰ったら、文句のひとつは言わせてもらおうか 益子は不機嫌になりながら、敏雄と石垣の帰りを待った。 敏雄と石垣は、益子の予想よりも早く帰ってきた。 「おい、石垣に伊達。さっき南健司から連絡あったぞ」 「何て?」 帰って早々、嫌そうな顔で詰め寄ってきた益子に、石垣はウンザリした。 結果的に骨折り損のくたびれもうけとなった取材の後で、小言をもらうのだから、たまったものではない。 「俺のオンナにケガさせたのはどいつだーって。すげえ剣幕で怒鳴られたんだよ。お前ら、マジで何やったの?」 「何もしてねえよ。向こうが暴れて勝手にケガしたんだよ。なあ、伊達」 石垣が、敏雄に目配せして同意を求めた。 「そうですよ。でもまあ、アレはクロなんじゃないですかあ?やましいことが何も無いんだったら、あんなふうに逃げたりしないだろうし」 敏雄は小鼻をかりかり掻きながら、自分と石垣を避けて帰ろうとした女の姿を、頭の中で反芻した。 瞬間に、また電話が鳴りだした。 「やべえな…」 益子はうそぶくと、おそるおそる受話器を手に取った。 そういえば、さっきの電話から10分近く経過している。 電話をかけてきたのは誰かなんて、火を見るより明らかだった。 「もしもし…」 益子は受話器を耳につけると、相手に呼びかけた。 「担当者はつかまったのか!そいつをさっさと出せ!!」 さっきと同じ怒鳴り声が、益子の鼓膜を破らんばかりに響いてくる。 案の定、電話をかけてきたのは、南健司その人だった。 「まだ、つかまんないですよ」 益子は咄嗟に、電話機のスピーカーをオンにした。 「本当だろうな?まさか隠してないだろうな⁈ええ⁈」 南の声がオフィスいっぱいに響きわたり、敏雄や石垣の耳にも入り込んでくる。 南に反論された益子は、軽く身震いした。 石垣と敏雄がここにいることを悟られるのは、かなりまずい。 ここはなんとか南を宥めて、穏便に済ませよう。 益子はそう考えた。 「その記者を呼び出せ!てめーのところで使っているんだろう⁈」 「ええ…」 「なんて名前だ⁈なんてヤツだ⁈」 「私が取材に関して責任をもっていますから」 益子は話題を逸らした。 なんとしてでても、落ち着いてもらわなければ。 「てめえ!こんな商売して、恥ずかしくねえのか!!」 「別に、恥ずかしかないですよ」 南の怒りはなかなか鎮まりそうにない。 ここから、どう処理しようか。 そう思った矢先、南の口から思わぬ言葉が飛び出してくる。 「担当者がつかまらないなら、今すぐお前が来い!」 「え…」 「今からそっち行ってやろうか!」 益子に敏雄、石垣は冷や汗をかいた。 瞬間に、電話がガチャリと切れる。 「…本当に来ると思います?」 益子が、敏雄と石垣の顔を見つめた。 「さあ?」 敏雄が「知ったことか」という顔で、肩をすくめる。 「まあ、来たら来たで、30分くらい怒鳴って帰っていくと思うから。とりあえずは、警察を呼んでおくか」 益子が警察へ連絡しようと受話器を取る。 「同感!」 「俺もです」 敏雄と石垣も、益子の言うことに賛同した。 このときは全員、そんなふうに軽く考えていた。 大抵の事件・事故は、当事者がこうして事態を甘く見たところから発展して大ごとになっていくのだ。 

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