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俺の知らない何処かでキミは
週の半ばになると、その週末の予定をLINEで相談するのがお決まりになりつつあった。
職場の喫煙所、小休憩がてらスマホを見つめながら悩んでいた。
夕方、これくらいの時間に作業所での仕事が終わると言っていた。澄伽からの返信が来やすい頃合いだ。
あの遊園地の夜、澄伽は俺を好きだと伝えてくれた。
俺も好ましく想っている。
じゃあ付き合えばいい。
そう簡単に結びつけていけることではない気がして、それがなぜなのか自分でもわからない。
散々遊び尽くして、そしてアラサーにして恋に苦悩するとは思わなかった。
ふぅと深く紫煙を吐く。
「あ、大沢くんお疲れー」
声をかけてきたのは、先輩女性社員の境さんだ。
失礼だから年齢はハッキリとは訊いたことはないがたしか五つ上くらいで、俺の新人時代には厳しく社会人としての生き様を叩き込まれた。今では俺の方が役職は上になったが、もうずっと頭の上がらない、しかし頼れる存在だ。
「ちょっと何ぃ、男前がそんなシケたツラしてぇ」
境さんがタバコに火を着けながら苦笑している。
「いや……まぁ、いろいろですよ、いろいろ」
「えー、先輩のアタシにも言えないことぉ?やだぁ、水くさーい」
ふざけた口調にフッと笑ってしまう。
気遣ってはくれる、けれどこちらが話そうとしない限り深入りはしてこない、大人の対応だ。
「ねぇ大沢くん、甘いの食べるっけ?」
「ああ、まぁ嫌いではないです」
「じゃあコレ、ちょっと食べてみな」
境さんが持っていたのは手のひらほどの小さな透明の袋で、それを開けてこちらに差し出してくる。
「クッキーですか?」
「紅茶のサブレ。ここの美味しいんだから」
「じゃ、いただきます」
一枚頂戴したリーフ型のそれをかじってみると、サクッとした食感、その後に口の中に広がる茶葉の風味が絶妙だった。
「おー、うまー」
「でしょー。最近立派な菓子折りでここの焼き菓子もらっちゃってさ、毎日ちょっとずつ食べてるの。やだぁ、また太っちゃう」
「へぇー、どっかの有名店とかですか?」
良くぞ訊いてくれましたとばかりに、境さんがドヤ顔をする。
「コレ、裏面の表示見てみ」
サブレの袋を手渡され、言われた通りに裏面に貼られたシールに目を通す。
そこには原材料などとともに、製造者として『NPO法人とびうお工房』と記してあった。
「作業所っていうの?こういう所のがね、実は結構美味しいんだから。昨日食べたパウンドケーキもね、ほんのりと洋酒が効いてていい具合に大人の味でさぁ」
境さんのお菓子談義は耳には入ることはなく、俺はただ澄伽のことを考えていた。
作業所でクッキーやパンを作っていると言っていた。きっとこういう類(たぐい)の所だ。
『おれね、小麦粉とかの量を量るのが正確でいちばん上手いって褒められてんだよ』
『レジはちょっと苦手だから、職員さんに助けてもらっちゃう』
今日も澄伽は仕事を頑張ったのだろうか。俺の知らない所で。
今日も澄伽は俺を好きでいてくれていただろうか。連絡する勇気もない俺なんかを。
俺を想って涙していないだろうか。あの不器用な泣き方で。
「ちょっと大沢くん、聞いてんの?」
「あぁ、すみません。ちょっと考え事しちゃってました」
澄伽に会いたい。会おう。答えを出そう。
「お菓子、ごちそうさまでした。めっちゃ美味しかったです」
吸い殻を捨て、喫煙所を立ち去る。
「あんまりウダウダ悩むんじゃないよー」
背中にかけられた境さんの言葉に、軽く振り返り会釈で応えた。
『この前はゆうえんちからちゃんと帰れた?』
『こんどの土日、オレの家にとまりにこない?』
『あとひとつ、おねがいがあります』
澄伽がつらくないはずがない。彼は俺を諦めようとしている。
俺からアクションを起こす、連絡をすることが俺にまずはできることだ。
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