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第3話
ロダンテにとって非常にまずい事態になった。コレクションしていた淫らな本たちをロロに見られてしまった。それらはロロによく似た大柄で筋肉質で尻が大きな青年たちが高確率で犬耳と尻尾を生やし、主人たる飼い主に攻められている内容だ。
見られてしまった…! と、ロダンテは焦った。非常に焦った。ロダンテは動揺を顔に出さないよう努める癖があるため、ロロに表情で焦りを悟られることこそないものの、心中の穏やかでなさは極まっており、冷や汗が背中を伝う。
しかし、ロロの反応はといえば、実に無垢なもので、ロダンテを真顔で見据え、
「なんでこいつら、人間なのに犬の耳生えてんだ?」
と、尋ねた。ロダンテは酷く困惑する。ど、どうしよう…ロロにだけはこの性癖を知られたくなかったのに……!
「うーん…? この飼い主は黒魔術が下手なのか? ご主人のほうが魔道士としての実力があるな!」
ロロは一人で納得してくれた。ロダンテは心底、安堵する。
しかし、その安堵も束の間、
「この本のここの台詞に出てくる『チェリー』ってどういう意味で使われてるんだ? 果物のさくらんぼのことであってるのか?」
ロダンテの心臓が再び、バクバクと早鐘を打つ。
「そ、それはだね……」
どう説明したものか、ロダンテは悩む。ここで言う『チェリー』とは、人生において性行為をしたことがない男――すなわち、童貞のことだったからだ。
無知でおぼこいロロに童貞という概念を教える→『ご主人も童貞なのか?』と無邪気そのものに聞かれる
…という図式をロダンテは恐れたのだ。何を隠そうロダンテは二十七歳のいち童貞であり、そのことを過剰なまでにコンプレックスに思っていた。
「それはだね……」
「うん! うん!」
芽生え立ての知的好奇心がロロの目にきらめく。ロダンテの胸は罪悪感でちくりと痛んだ。
「…君は知らなくていいことだよ」
ロダンテとしてはそう答えるしかなかったが、当然、ロロは不満を露わにした。
「えーーーーーーーーーーー!!」
「うるさい」
ロダンテがぴしゃりと言い放つと、ロロは心の尻尾をしゅんとさせた。
「うるさくしてごめん、ご主人。でも、オレ、ご主人に子ども扱いされんのは嫌なんだ…」
ロロは素直に謝る。ロダンテの胸がまた、ちく…とする。
いっそ教えようかとロダンテは迷う。『チェリー』という隠語の意味を。自分もそうであることを。…いや、後者はハードルが高くても前者だけでも、なんとか……。
「そ、そうだな。では、耳を貸したまえ」
それはロダンテとしては決死の決断だった。ロロは言われたとおり、屈んでロダンテの口に耳を近づける。
「……ということだよ。わかったかい?」
「交尾したことないオスって意味だな!!」
「声に出して言わなくてよろしい!!」
「ごめんよ、ご主人。ところで、ご主人は? ご主人は『チェリー』なのか?」
ロロは案の定尋ねてきた。ロダンテは真っ赤になりながら、首を縦に振る。
直後に「笑うんじゃないぞ?」と付け足して。
「なんで笑うんだよ。何もみっともないことじゃないぞ、ご主人」
「…え?」
「だってよー、ご主人。ご主人が『チェリー』だってことは、オレがご主人にとって人生で初めての交尾相手になれるってことだろ? オレ、うれしい」
(え、…えーーーーーーーー…………)
ロロと恋人になりたいとは最初から思っていた。
しかし、こんなに順調に行っていいのだろうか? 拗らせ半生を送ってきたロダンテはいささか不安になる。
「オレ、ご主人大好きだからよ!!」
真っ白な八重歯を光らせて笑うロロの笑顔にロダンテは救われるのだった。
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