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第80話
マンションについて若は俺を部屋まで連れて行ってくれる。
「俺、一回帰るけどすぐ戻ってくるから」
「···そんなのいいですよ」
「今のお前をあんまり1人にしたくねえんだ」
「そんなに弱ってないですから」
本当はすぐに来てくれるっていうのを聞いて嬉しくなってる。でもこの人は若頭で、俺の上に立ってる人で、そんな人にこれ以上手間かけさせちゃいけない。
「本当にありがとうございました。もう大丈夫だから」
「大丈夫じゃねえだろ」
「大丈夫なんです、もういいから」
だからもうやめてくれって言いたくなる。その優しさは今はいらないんだって。
「ごめんなさい、じゃあ···」
玄関で別れてガチャリと鍵を閉めた。そこにしゃがみ込んで長く息を吐く。
「風呂、入ろ」
それからちょっと寝て···ああそうだ、ご飯···はもういいか。
ふらり立ち上がり着替えを持って風呂場に行く。
「お湯張るの面倒だし···」
シャワーを浴びたらさっさと上がろう。
「···はぁ」
お湯を頭から被る。温かくて落ち着くからずっとこのままボーってしてたいなぁなんて思う。そんな訳にもいかなくて髪を洗って体を洗えばすぐにお風呂から出た。
「んー···」
服を着て髪を乾かす、髪が乾いてドライヤーのスイッチを切ってリビングに入った途端ふっと力が抜けて床に座り込んだ。
急にすごく不安になってきてどうしたらいいのかもわからずに部屋の隅に寄って小さくなった。
何がこんなに怖いのかはわからない。でも思い出すのは何故か全部弟のことで、ハッと息が漏れる。
「あんたならよかったのに」
母さんに言われた言葉と動かない礼央がフラッシュバックする。
────···礼央は昔から明るい子だった。でも今思えば体はすごく弱かったかもしれない。
ある日明らかに体調がおかしくて、病院に行ったら癌で、あの時何も知らなかった俺は治るよって、俺が助けてあげるからねって···礼央を励まそうとしてた。
けど、そんなもの無駄でしかなかった。癌っていう診断をもらって、2年もないうちに礼央は死んでしまった。
白いベッドの横で母さんは礼央の名前を呼びながら泣き崩れる。
俺は礼央が死んだっていうのを受け入れることができなくて。
痩せ細った礼央の体に触れる、冷たい。
その冷たさは俺の心まで冷やしていく。
ああ、助けてあげるなんてそんなこと···
「ごめん」
こんな役立たずな兄ちゃんでごめん。
なんの保証もないあんな言葉を吐いてごめん。
俺が、生きてしまってごめん。
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