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誕生日
まさかの再会から2週間近くが経過し、辰紀の誕生日がやって来た。朝食に間に合う程度に普段よりも遅く目覚めると、先に起きていたルームメイトがどこかで拾って来たらしい先週の週刊誌を開いて鼻歌を歌っていた。上体だけ起こして、おはようと声をかける。
「おう、おはよう。今日はタツの誕生日だな。おめでとう」
「ありがとう、リョウくん!覚えていてくれたんだね」
「当り前よ。……そうだ、今日はバイト休むんだろうな?」
「うん。女将さんが、誕生日くらいゆっくりしとけって」
「じゃあ、お前の誕生日、オレと過ごしちゃくれないか?」
格好つけたくせに少し照れているようで、目が合わない。今日は休んだの? と聞くと、まあな、と頭をかきながら肯定する。それが嬉しくて、辰紀の口元はにやけるのを隠せない。
2人で穏やかに過ごしたい、とリョウが電車に乗って街へ出ることを提案してきたので、二つ返事で了解した。初めてのデートだとはしゃいで、電車に揺られながら近くの街を色々と調べた。
「そんなに調べなくても、駅前なら何かしらあるだろ」
「分かんないよ? 駅から車で10分くらいのところが中心地だったりすることもあるし。……リョウくん、もしかして都会っ子?」
「まあ、そうだな」
再会してからのリョウは、辰紀に対して警戒が薄らいでいるように思われる。大学に通っていた過去について口を滑らせたり、出身地のヒントになるようなことを言ったり。方言も全くないようだから、きっと東京の出なのだろうと想像できてしまう。大学で出会った東京育ちは、どうも電車と駅に頼りすぎている節がある。彼からも似たようなものを感じるのだ。リョウの心の緩みが嬉しい反面、もうすぐ来る別れまでに得られる情報は限られていると実感し、悲しい気持ちにもなる。
「リョウくんも調べたらいいのに。あ、携帯持ってないか」
「いや、あるけど」
「え?!……じゃあ、僕に連絡先教えてよ。誕生日祝いに」
「わかった。いいぜ」
思いの外あっさりと了解し、リョウが辰紀の携帯に電話番号を打ち込んだ。一度も携帯電話を持っている姿を見たことがないのに、その番号はやはり11桁であった。
辰紀はリョウが携帯電話を出すつもりがないと踏んで、丁度持っていたノートをちぎり自身の番号を書きつける。リョウはサンキュと軽く礼を言って、雑に破られたそれを丁寧に折りたたんで財布に入れた。その仕草が何だか神聖なもののようにすら思えてきて、そのひとつひとつの動きをじっと黙って観察していた。
「……連絡、してもいいんだよね?」
「いいよ」
「ほんとに?」
しつこく確認すると、少々面倒そうにしながらも遮らずに毎回返事をする。そういうところが、無性に好きでたまらない。
辰紀は上機嫌であれやこれやと行きたい所、やりたいことを並べる。隣の男はその提案にそれは好きだ、あれは苦手だと返し1日の計画は立てられていった。
一番近い繁華街があるという駅で降り、時間の許す限り歩きまわる。どこにでもありそうな人の少ないゲームセンターでリズムゲームをプレイしてみせると、苦手だと言っていた澄ました年上はムキになって並の得点が出るまでやっていた。その隣にあったこれまたありふれたボウリング場では逆にリョウが高得点をたたき出し、もう一回もう一回と勝負を挑んだ。知らない街での解放感は、まだぎこちない2人の距離を確実に近づけたのである。
そしてあっという間に時は経ち暗くなりつつある駅前では、暑さをものともせずに寄り添って歩くカップルの姿がちらほらと見られるようになった。夕食は寮で食べないと申告して出てきたので、外食をすることにしていた。
「せっかくの誕生日だ。俺の奢りで、何か良いモン食って行こうぜ」
そう言ってはくれたものの、あまり懐事情は温かくないと想像できる。こういう時の落としどころを、辰紀は洋食屋しか知らない。近くの店を探すと並ばずに入れたが、テーブルには女性客ばかりで、男二人連れは目立ったので少し恥ずかしかった。ハンバーグとステーキのセットプレートを頼むと、リョウに食べ盛りだなぁと微笑まれ、更に恥ずかしくなる。
「あれ? そういえば、お酒頼まなかったね。飲まないの?」
「主役が飲めねえからな」
「優しいね。……そういえば、今年はリョウくんが飲んでるところ見てないな」
「そろそろ、酒に頼らなくても良くなってきたからな」
「そっか、良かった。でも、1年後には僕もお酒に付き合えるよ!」
「そうだな。……二十歳の誕生日、お前は誰と過ごすのかな」
意地の悪い質問だ。あなたと過ごしたいと、まだ恋人ですらない人に向かって言えるわけがない。そういう時は、意地悪をし返すのがいい。
「……リョウくんは? 次の誕生日誰と過ごしたいの?」
今年の誕生日を迎えているのかも、まだなのかも知らない。ざっくりとした季節でさえも教えてくれない。
「そうなぁ……。バイトしてるんじゃねーか?」
「そういうことじゃなくて!」
「あはは、わりぃ。……隣に居て欲しいやつ、だな」
彼は覚えているのだろうか。2年前、辰紀に向かって「居心地がいい。隣に居て欲しい」と酒に酔いながら口説いたことを。それも、最初に絡みに来た日だけでなく、何度も。素面の時もあったはずだ。そんなことを言われたことははじめてで、嬉しくて嬉しくて、気が付けばすっかり好きになっていた。
「僕はね、恋人がいたらその人と過ごしたいな」
「今は居ないのか?」
「うん、ずっといないよ。……誰かさんに2年ほど時間とられちゃったみたいだし」
「そうか……」
バツの悪そうな表情でそっぽを向いたリョウが、オレのせいか……とかすかな声で呟いたのを辰紀は聞き逃さなかった。
あと少しで、2人の関係が一歩前進する。そんな気がした。
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