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第6話 バイト終わりに

 翌日。六月十一日日曜日。  昨日の夜バイトして朝からのバイトっていうのは正直気だるい。  駅前にある量販店。  家電やら服、玩具やゲームなど色んな物を扱う店が入っていて、俺は主にゲームなどを扱っているコーナーで働いている。  レジとか品出しの他、クレーンゲームやカードゲーム筐体、ガチャの対応もする。  朝からゲーム筐体の前は親子連れでにぎわっているけれど、レジはたいして混むこともなくぽつぽつと客が来る感じだった。  日曜日の朝ってこんなもんなんだよな。  俺のレジ配置は十二時まで。  暇だと余計なことばかり考えてしまい、正直辛い。 「神代君、寝不足?」  笑ってそう話しかけてきたのは、社員の武藤さんだった。  俺より少し年上で二十代半ばなはずだ。  俺たち学生バイトと年齢が近いため、プライベートでも飲みに行ったり遊んだりすることがある。 「え? そんなに眠そうですか?」  昨日は家に帰ってすぐに寝た。  だから寝不足ってことはねえと思うんだけど。 「うん。なんか怠そうだし、ため息ばっかりしてるよ」  まじかよ。全然そんな自覚ないんだけど? 「昨日遅番で今日早番だからっすよ」 「あぁ、そっかー。遅番のあとの早番はきついよね」 「そうっすよ」  平日は大学があるからどうしても遅番になるけど、土日祝日は主婦のバイトさんたちが休みなため学生である俺たちは早番になる。  だからよくある事なんだけど、眠そうって言われたことはあんまりないはずだ。 「ほら、ここ一か月辛そうだったから気にはなってたけど、大丈夫なの?」  一か月っていうと、何をしても満たされなくて鬱屈し始めた頃だ。  確かに辛かった。原因もわかんなかったし、何しても気分が落ち着かなかった。  でも、この間シュウさんの家に行ってからはそんな事はなくある意味落ち着いている。   「と、とりあえず大丈夫です……たぶん」  満たされなかった日々に比べたら今は超楽だ。  でも新たな悩みが生まれた。  俺は本当にSubなのか?   「ちょうど連休明けだったから五月病なのかなーと思ってたんだけど」  それだったらどんだけ良かったか。  でも違うんだよな……たぶん。  Domだと言っていたシュウさんに会って、なんかしてそれで俺、満たされてるし。  そしてまた会いたいって思ってる。  俺、男に興味なんてないはずなのに。  そうだよ、男とヤりたいなんて思ったことねえぞ。なのに俺、ネットで見つけたDomとSubの動画をいくつも見たうえオナニーまでしてしまった。  そんなことあるかよ?  あーなんか嫌だ。自分が自分でなくなりそうで怖い。  そう思うのに、シュウさんにまた会いたいって気持ちが大きい。  俺がSub? 飼われたい? 首輪されたい? そんな願望……ねえよなぁ?  無いはず……そんなの今まで興味なかったし。 「そうだ、今日、飲みに行こうって話あるんだけど神代君もどう?」 「え? 飲みっすか?」  心は揺らぐけど、でも今日はシュウさんと約束がある。 「行きたいけど今日は約束あるんですよ」  俺がそう答えると、武藤さんは、残念そうな顔になる。 「そっかー。もう少し早く言わないとだよね。じゃあまた次の機会に」  そう武藤さんが言った時、客がレジ前に来た。  忙しくもなく、どちらかというと暇な時間が多く、バイトが妙に長く感じた。  大して働いてねえのに疲れた。  黒の綿パンに白のワイシャツ、それに薄手のパーカーを羽織り、俺は外に出てスマホを手にする。  いつもなら喫煙所によって煙草を吸うのに、今日はそんな気分にならなかった。  ……これじゃあ楽しみにしてるみたいじゃねえか。  そんなことない……そんな事、ないはずなのに。  シュウさんからメッセージが届いていて、俺はドキドキしながらそのメッセージを確認する。 『バイト終わった? 今、量販店の駅側の出入り口前にいるんだけど』  そのメッセージを読んで俺の歩く足は自然と早くなっていく。  従業員出口は駅とは反対側だから結構歩くんだよな。  六月の頭、気温は二十五度を超えていてちょっと暑い。  駅側の店の出入り口に向かうと駅からたくさんの人々が吐き出され、たくさんの人々が吸い込まれていくのが見える。  視線を巡らせてそして、俺は目的の人物をすぐに見つけた。  ベージュの綿パンに、白地の半袖パーカーを着たシュウさんは俺と目が合うと、にこり、と笑い手を振った。  それを見て俺は思わず立ち止まる。  やばい、俺、なにときめいてんだよ。  相手は男だぞ。  戸惑いつつ、でも早くそばに行きたくて俺は小走りにシュウさんに近付いた。 「お疲れ様」 「あ、はい……お待たせしました」  そう答えて俺は恥ずかしさに顔を伏せる。  まともに顔が見られねぇ……  俺たしか、この人の前でオナったんだよな?  あー、このまま回れ右して帰りたい。  そう思うけれど足は動かず、俺はただ俯いて固まっていた。 「……大丈夫?」  声とともに頭に手が触れる。  俺は驚き顔を上げ、 「だだだ、大丈夫です!」  と、思わず大声で答えた。  するとシュウさんは一瞬驚いた顔をしたけれどすぐに笑顔になり言った。 「そう、ならいいけど。まだ時間あるし、カフェにでも行かない? バイト、疲れたでしょ」  確かに疲れてはいる。  まあ、立ち仕事だし座れるほうが嬉しいかな。  俺はその申し出に頷いて答える。 「大丈夫です。カフェっていうと、駅のですか?」  駅にはチェーンのカフェがいくつか入ってる。日曜なので混んでそうだけど。 「うん。最悪混んで座れなかったらうちに持って帰ろう?」  シュウさんの家に……行く?  この間、彼の家に行ってなにをしたのか思い出し、恥ずかしさと変な期待とでわけが分からなくなってくる。  おい、期待ってなんだよ。  俺、シュウさんになんかされたいわけ?  ――頭の中に検索して見つけた動画が流れる。  あんな事したいんかな、シュウさんて。首輪つけて、ディルドで穴ん中グチャグチャにして……  そう思うと耳まで熱くなってくる。  俺は首を横に振り、 「早く行きましょう」  と上ずった声で言ってスタスタと歩き出した。    

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