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第7話 期待

 駅にあるチェーンのカフェは、予想通り混み合っていた。  レジ待ちも十人位いたけど、シュウさんがスマホから注文してくれたのでレジには並ばず商品が用意されるのを待てばいいだけだった。それでも十分以上は待ったと思う。 「やっぱり混んでるねー」  店内を覗き込み、シュウさんが言った。  たまにバイト仲間と寄る事あるけど、この店いつもわりと客がいる気がする。 「日曜日の昼間ですし……ちょうど混む時間すよね」 「そうだねー。土日にこの辺来ないからあんまり気にしたことなかったけど」  そうなるとシュウさんちに行くことになるのか?  ……やべぇ……考えただけで中心が熱くなる。  でもメシ、行くんだよな。  今どき家に料理を配達してくれるサービスも多いし、家で食べるってのもあり得るか。  ごちゃごちゃと考えてると、注文の品が出来上がる。  俺は冷たいキャラメルマキアートで、シュウさんは水出しコーヒーだ。 「外は暑いし、やっぱりうちに行こうか」  微笑み言われ、俺はそれを拒否できず、目をそらして頷いた。  もしかして始めからそのつもりだったとか?  そんな考えがよぎる。  シュウさんの家は、駅から少し離れた単身用のマンションだ。  歩いて十五分ほどで、そのマンションに着く。  他愛のない話をしながら歩いてきたので体感的には大して経ってない気がするけど、キャラメルマキアートは半分以上飲んでしまった。  エレベーターで上までいき、三階に辿り着く。  そこの三〇二号室が、シュウさんの住む部屋だ。  エアコンをつけっぱなしにしているのか、室内は涼しかった。  広いリビングにはふたりがけのソファーにテレビ、据え置きのゲーム機、それにパソコンラックが置かれている。  この間来たときは全然気にしなかったけどあれ、ゲーミングパソコンだよな……  椅子もそれ用の椅子だし。  いいなぁ、ゲーミングチェア欲しいけど高いし重いから買うの躊躇してんだよな。 「ゲームやるんすか?」  俺はソファーに座りながら尋ねた。 「前はやってたけど、三年になってから全然やってないよ。時間がなかなか取れなくて」  答えながらシュウさんは俺の隣に座る。  勿体ねぇ……でも俺も同じようなもんか。  せっかくそれ用のパソコン買ったのに殆どゲームしてない。  それもこれもあの渇きのせいだ。  シュウさんのおかげで今は落ち着いてるけど、また、あんなふうになるんかな?  その時、シュウさんからわずかに匂いがするのに気がついた。  なんだろう……香水かな、ほんのり甘い匂いがする。   「……何か香水つけてます?」  不思議に思いつつ尋ねると、シュウさんは首を横に振った。 「ううん、今日はつけてないよ」 「え、そうなんですか?」  じゃあ何の匂いだよ?  シャンプーとかの匂いとも柔軟剤でもねえよな……独特な甘い匂い。  不思議に思っていると、ずい、とシュウさんの顔が近づいてくる。  やっぱり匂いがする。  気のせい? それとも…… 「漣君からはとても甘い匂いがするよ。君を前にすると僕は理性を抑えられなくなりそうになるんだ」  その声に俺の心がゆらゆらと揺れる。 「う、あ……」  このままだとヤバい。  そうだ、シュウさんの声。その声を聞くと何が何だか分かんなくなってくるんだ。  どこか人を従わせるような威圧的な声に俺の心は共鳴し、身体が勝手に動いてしまう。 「Subだって自覚のない子は初めてだから、少しずつ慣らしていきたいって思っていたけど。目の前にすると構いたくなっちゃうね」  シュウさんの目が妖しい光を帯びている気がする。  俺はこの人に逆らえない。そんな思いが頭をよぎる。そんなのあり得るのかよ?  ひとつ、年齢が上なだけじゃねえか。  俺のほうがでかいし力で負けることもないだろうに。でもきっと勝てない。  視線を合わせたらまた、この間みたいになる。そう思うと怖さと期待が心の中でせめぎ合う。  俺はこの人に躾けられたいのかよ?  あの動画で見たSubみたいに。 「あ、あの……首輪したいとか、思うんですか」  そう問いかけると、シュウさんは一瞬目を見開きそして笑って言った。 「まあ、そういう思いはあるけど……漣君、何調べたの?」  言えるかよ、動画見た事なんて言えるわけねぇだろ。  黙り込む俺に対して、シュウさんは小さく首を傾げた。 「ねえ、知ってる? Domはね、Subに無理やり口を割らせることもできるんだよ」  言いながら彼は俺の頬に触れる。  なんだよそれ、どういうことだよ。そんなこと書いてあったっけ? 「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。さすがにやるつもりはないし。そんなことしたらサブドロップに陥っちゃうんじゃないかな。それは僕の望むことじゃないし、無理やり関係を持つようなことはしたくないから」  言いながら手が滑り落ち俺の胸に触れる。  サブドロップってなんだよ? 響きからしてなんかヤバそうだけど。  知りたくて知りたくない。  このままSubだとかDomだとか知ってしまったら俺は俺で無くなりそうで。  怖いのに、でももっと知りたい自分もいる。   「この間の事思い出したのに、ここに来たのは何故?」  シュウさんが何を言いたいのかすぐに悟る。  俺は彼の前でオナニーして……キスまでしたんだ。  そんなことまでしてまたここに来たら、何が起きるかなんてわかりきってるじゃねえか。  ――そして俺はそれを期待しているんだ。 「ねえ漣君、気が付いてる? さっきは怯えた顔をしていたのに、今は目がうるんで、期待しているような顔をしてるって」  シュウさんはそう告げた後、俺の手からそっと、カップを奪いそして、言った。 「じゃあ、始めようか、漣君。この間みたいに床に『お座り』」  その言葉を聞いて俺の心臓がドクン、と大きな音を立ててそして、ソファーからすべり落ち床に座りシュウさんを見上げた。  あぁこの声と、妖しく光る瞳に俺は逆らえない。  あの動画で見たSubみたいに鎖につながれて、玩具突っ込まれて……躾けられるんだろうか。  動画の内容を思い出し俺は思わず息を飲む。  今日は何をするんだろうか。  俺はじっとシュウさんを見つめ、次の言葉を待った。

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