結局、シュウさんの家でメシを喰い、そのまま家に帰ることになってしまった。 　色々と聞きたいことがあったけど何も聞けず、ゲームの話に終始した。 　なんで俺のあんな姿見て平静でいられるんだこの人。 　俺だったらぜってえ我慢できねえぞ。 　でもだからと言って俺から求めるのは恥ずかしさが勝り、何も言えずシュウさんの家を出る。 「また来週おいで」 　と言われ、俺は日曜日のバイトのあと彼の家に行くことになった。 　一週間もあくのかよ…… 　そう思った自分に正直驚く。 　もっとしてほしい、もっと感じたい。そんな言葉が喉までで掛かり、でも恥ずかしさに口にはできず俺は帰路についた。 　したいことを言えばいいんだろうし、求めてもシュウさんは嫌がりはしないだろう。でも俺の中でリミッターがかかる。 　いくらあの人に俺がＳｕｂだと言われても、それをどこかで否定したい自分もいる。 　病院かあ…… 　歩きながらスマホで専門の病院を調べるけれど、ＳｕｂとかＤｏｍって数があんまりいないとかで専門の病院が少ない。 　すぐ結果がわかるわけじゃねえし金もかかるので躊躇してしまう。 　さすがに親には言えねえしな。 　俺はスマホをしまい、アパートへと早足で帰っていった。 　 　翌日。 　大学に行き俺は無意識に視線を巡らせる。 　シュウさんは同じ大学だと言っていたから会うことがある……わけねえよな。 　学部違うし、大学でかいからそんな偶然があり得るわけないのに、俺はどこかで偶然あの人に会うことを期待してる。 　ってなんでだよ。連絡先知ってんだから会いたければそう言えばいいだけじゃねえか。 　そう思いスマホを見つめ、でも会ったら我慢できなくなりそうで俺はすぐにスマホをジーパンのポケットにしまった。 　あの人を前にしたら俺は俺で無くなる。 　でもそうなりたい自分がいるし、それが怖い自分もいてどうしたいのかよくわからないでいた。 　 　二限続けて講義を受けて、やって来た昼休み。 　ヒロと食堂でメシを食っていると、スマホを見ながら彼は言った。 　 「なあ漣ー、日曜日暇？」 「今週もバイト」 「じゃあ来週は？」 　そう言われて俺はメシを喰う手を止める。来週の日曜日、バイトは休みだ。 　その代わり土曜日が長い勤務時間になっている。 　日曜日はたぶんまた、シュウさんに呼ばれるよな…… 　そう思うと約束なんてできねえし、俺は首を横に振った。 「約束あるから無理」 「まじかよ？　最近お前付き合い悪くね？　この間も途中で帰ったし」 「仕方ねぇだろ、最近あんま体調良くなかったし。それよりお前、合コンで知り合った子とどうしたんだよ？」 「その子とさー日曜日遊ぶ話してんだけど、友達連れてくるって言うからさー」 　 　以前だったらそういった誘いにはのっていただろう。だけど今はそんな気持ちになれなかった。 　大学に入って二年目。それなりに遊んできたけど、もうそんな日々には戻れねぇんだろうな…… 　この沢山の学生たちの中に何人のＤｏｍとＳｕｂがいるんだろ？ 　今までそんなこと気にしたことなかったけど、自分がそうかもしれない、て思うと途端に気になる。 　友達との会話でもそんなの話したことねぇしな。 　まあ、女子はドラマや漫画の話に絡めて言い合ったりしてるみてぇだけど。 　そういえば高校の時、女子にＤｏｍっぽいとか言われたことあったな…… 「なんかさー、もうひとりの子、Ｄｏｍっぽい人が好きだっていうからお前、ちょうど良さそうなのに」 　ヒロの言葉に、俺は飲んでたお茶を吹き出しかける。 　そんな事言って来たのはあの女子以来だ。それ以降言われたことねえし、っていうかそんなセンシティブな話する奴だったのかよ、こいつ。 　今までンなこと一度も言ったことねえのに。 「急になんだよまじで」 　なんとかお茶を飲み込んだあと口を押さえつつ言うと、ヒロはスマホから目を離さず言った。 「なんかお前それっぽくね？　Ｄｏｍってさ、いわゆるＳだろ？　お前見た目からしてそうっぽいじゃん。背、高いしガタイいいし、目つき悪いし」 　どれも異論はねぇけど、見た目で決まるかっつの。 　――現実は違うんだから。 「俺にはンな趣味ねぇよ」 　内心ドキドキしながら言うと、ヒロは声をあげて笑った。 「はは、それっぽいってだけだよ。でもお前、ノーマルだろ？」 　その言葉に心臓が大きな音を立てた。 　少し前まではそう思ってた。Ｓｕｂだとか関係ない話だと思っていたから、殆ど知識もなかった。 「ノーマルだよ」 　 　なるべく冷静に答えたつもりだけど、なんだか声が震えてる気がする。結局病院には行けてないから実際俺がＳｕｂなのか確認できてねぇし。だから嘘じゃねぇけど。 　なんか嘘ついてるみたいで心が痛む。 「そうだよなー。俺もノーマルだし」 　スマホから目を離さずヒロは言い、じゃあ誰誘うかなーとか呟いている。 　――もし俺がＳｕｂだと知ったらこいつはどんな顔するんだろ？ 　ぜってえ言えねえ。ヒロとは大学入って初めてできた友達だけど、そんな話までできねえなあ……　 　秘密を抱えるのは好きじゃねえけど、友達だからってすべてをさらけ出す必要はない。 　そう思い俺はメシをさっさと食い、煙草吸おう、と先に席を立つ。 「俺、喫煙室行ってくるわ」 「あぁ」 　相変わらずスマホから目を離さないヒロを置いて、俺はひとり、食堂を後にした。 　そして、六月十七日土曜日。 　一週間が長く感じたけれど、やっと土曜日がやって来た。明日になれば会えるんだ。 　結局シュウさんと連絡は取っていないし、あちらからも連絡はない。 　それがどういう意味なのか分かんねえけど俺は日曜日が待ち遠しくて仕方なかった。 　今日は四時からアルバイトだ。出勤した時はそこそこ客がいたけれど、夜も七時を過ぎるとだいぶ数が減る。 　プレイしてる人がいないゲーム筐体の音楽が繰りかえし流れレジに客が来なくて暇してるとき、一緒にレジにいる武藤さんが言った。 「神代君、このあと暇？」 「え？　まあ夜だし暇っていえば暇っすけど」 　バイトが終わるのは夜の九時すぎだ。そのあとどこか行く予定なんてない。 「じゃあ飲みに行かない？　景品で当たった食事券あるんだけど、期限が明日まででさ、勿体ないからどう？」 　それってつまり奢り、てことだよな。 「行きます」 　考える前に口が動く。 　ひとり暮らしの大学生には奢りの言葉は魅力的だ。　 「よかった。ひとりじゃ使い切れないけど皆で行くには足りないからどうしようかと思ってたんだ」 「喜んで着いていきます」 　力強く答えると、武藤さんは笑って言った。 「ならよかった。足りない分は俺が出すから」 　やった。今日は楽しい酒飲みたいな。酒飲んでも満たされなかったあの渇きは今、感じていないからきっと大丈夫だよな。 　そう思いつつバイトの時間を過ごした。