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第22話 何者だよ?

 武藤さんとはたまに夕飯を食べに行くことがある。  って言っても一か月に一回、あるかないかくらいだけど。  それは大抵バイトの後、他のバイトも誘って何人かで行くことが多い。  武藤さんが俺たち学生と年齢が近いのと、ちょっと多めに出してくれるから俺たちも喜んで着いて行く。  そして俺は武藤さんとは駅が同じだから帰りが同じになることがある。  だから別に、ふたりで飯に行くのは特別なことじゃねえけど、なんか落ち着かなかった。  駅から少し歩いたところにある、量が多くて有名なパスタ屋に俺は連れてこられていた。  金曜日の夕方。  家族連れやカップルが目立つ中、俺と武藤さんは向かい合って座る。  互いにセットを注文したあと、テーブルの上で腕を組んだ武藤さんが俺をまっすぐに見つめて言った。 「あれから気になってたんだけど大丈夫?」  あれってなんだ。あれって……  あぁ、あれか。武藤さんと飲みに行って酔いつぶれたとき。  思い出すと恥ずかしいすぎるんだけど?  俺はその恥ずかしさを誤魔化すように作り笑いをし、何度も頷きながら言った。 「大丈夫っすよ」  今は、だけど。  会えない時間が三週間も続くわけだけど、それで俺、どうなるかっていうのはわかんねえ。  シュウさんからはたまにメールが来る。  他愛のない日常会話で、でも俺ってそんなメールするタチじゃねえのにそんなメールに喜んだりしている。 「そう、ならいいけど……ところでずっと気になってたんだけど……」  そして、武藤さんは声を潜めて言った。 「飲みに行った時に言ってた、DomとかSubの話、あれ、何だったの?」  真面目な顔で問われて俺は、大きく目を見開いて武藤さんを見つめる。  そ、そ、そんな話したっけ?  ……あんま覚えてねーんだよなあんときの事……  えーと、えーと……あ、したな。  した気がする。いや、きっとした。  って俺、なんて話してんだよ?  血の気のひく音が大きく聞こえてくる。  どうする俺?  何言えばいいんだ俺?  内心焦っていると、店員さんがやってくる。 「こちら、サラダでございます」  と告げて、俺と武藤さんの前にサラダの皿を置く。  レタスにキャベツ、キュウリにポテトサラダがのっている。 「こちら、お好きなドレッシングをおかけください」  と告げて、店員さんは去って行った。 「と、とりあえず食べましょう!」  やたら上ずった声で言って、俺は和風ドレッシングのボトルを手に取った。 「うんそうだね」  全然納得してなさそうな声が聞こえるけど、そんなもんに構ってらんねえ。  俺はサラダにドレッシングをかけて、フォークを掴み、 「いただきます」  と小さく言い、サラダにフォークをぶっ刺した。  これ、絶対あとでまた聞かれるよな。  俺あんとき何言ったんだっけな……  話したのは覚えてる。DomとかSubとかどう思うかって聞いたんだ。で、どうしたんだっけ……?  やべえ、そこんところがいまいち思い出せねえ……  サラダを食べ終えた頃、すぐにパスタが運ばれてきた。  俺が注文した、カルボナーラだ。武藤さんはグラタンスパゲティを頼んでいたからもっと時間がかかるだろう。 「すみません、先にいただきます」  そう断りを入れ、俺はフォークでパスタを巻いた。 「ねえ、神代君」 「……何すか?」  手を止めて、俺は顔を上げて武藤さんを見る。彼は真面目な顔で俺を見つめ、声を潜めて言った。 「もしかして君、Sub?」  な、何言ってんだこの人は……!  俺は首をぶんぶんと横に振り、 「ち、ち、違いますよ! そんなん初めて言われましたよ。Domっぽいって言われたことはあるけど」 「Domっぽい……あぁ、言われてみればそうかもしれないけど……」  と、全然納得していない様子で武藤さんは言い、顎に手を当てる。 「っていうかなんでSub何すか、俺が」 「何だろう……そんな感じがするからとしか言えないんだけど……」  言いつつ、武藤さんは不審げな顔をする。  確信があるわけじゃねえのか。それはそうだよな。ふつうの人には、DomとかSubはわからないっていうし。  シュウさんも言っていたけど、DomとSubは互いに惹かれあうしわかるらしい。そして、Dom同士やSub同士も。  ……って待てよ? ってことはこの人もしかしてDomかSubなのか?  俺はまじまじと武藤さんの顔を見る。けど、俺には全然分かんねえ……  シュウさんは優しい口調なのに、どこか人を従わせる圧力みたいなものを感じる声がして、それで俺は逆らえなかった。  あと目だ。どうなってんのか分かんねえけど、あの目で見つめられると俺はすべてをさらけ出したくなる。  でも武藤さんからはそんな感じしねえしな……  じゃあSub? でもそれはない気がするし。  すごく構ってくるし、世話好きって感じだし……じゃあDomなのか?  わけわかんねえ……  悩んでいると、武藤さんの料理が運ばれてきた。  アツアツの器から湯気が立っていて、チーズの匂いが漂ってくる。  店員さんが去り、武藤さはフォークを手にして首を横に振り、苦笑して言った。 「ごめんね、変なこと言って。なんかこう、気になって色々調べてたらそう思ったんだよね。でもすごくセンシティブな話だし……聞かれても答えられないよね」  何だろう、ちょっと心が痛い。  俺を心配して、何だろうけどだからと言って、Subです、なんて言う勇気はないしそもそも俺は自分がそうだと認め切れていない。  やばい、心が痛い。嘘ついているわけじゃねえのに、嘘ついているみたいでなんか嫌だ。   「そうだ、夏休みに皆で会員制スーパー行く約束したじゃない?」 「あーはい。えーと、八月の終わりですよね、行くの」  プールの方も、量販店の方もその日はちゃんと休み申請してある。  買い物して、武藤さんの家で飲むことになったんだよな。   「それで、行く前に他のバイトさんたちとボーリング行こうって話出てて」 「え、誰とっすか?」  武藤さんの口から出てきたのは、女性の学生バイトの名前だった。彼女らは夜からバイト入るからそれまで遊ぼうって話が出てるらしい。  ボーリング行ってからバイト行こうって元気過ぎねーか? 「別にいいっすけど……よくボーリングの後働こうって思うなあ」 「ねー。元気だよね。聞いたら、バイトの後オールでカラオケ行ったりしてるって言ってたよ」  それは元気なんじゃなくて無謀じゃねえかな。  そう言えばバイト、ラストまで働いた後に女の子たちがどっか行くの割とよく見るな……  オールなんてしてたのかよ……俺には信じらんねえよ。 「そうなると集合時間が早くなるんだよねー。起きられるかなあ」 「俺はその日は一日休み入れるつもりだから別にいいっすけど」 「若いっていいよね。俺体力もつかな」  なんて話をして、時間が過ぎていく。  遊ぶのは楽しみだけど……心の中のもやもやは晴れない。  食べ終えて、食後のコーヒーを飲みながら俺は武藤さんを見る。  Domなのか、Subなのか。でも本人はノーマルだって言ってたしな……  この人、何者なんだろ?

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