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第28話 甘いワイン
レストラン以外で、人が作った料理を食べるのは半年振りだろうか。
俺も手伝ったけど、キャベツと胡瓜をスライサーで切って、レンジで温めたジャガイモを潰してポテトサラダを作っただけだ。
シュウさんは鶏肉のてりやきと味噌汁を作ってくれた。
それに買ってきた煮物を温めて夕食の用意ができた。
「さすがに毎日は無理だけど、休みの日だけは僕が作るようにするよ」
「俺も、料理はできるし家事はできるのでなんか役割下さい」
そう俺が申し出ると、シュウさんはありがとう、と言った。
さすがに何にもしねえわけにもいかねえし。
結果俺はお風呂掃除とリビングの掃除をすることになった。料理は盛り付けとか食器を洗うのを手伝ってくれと言われた。
まあ、キッチンを触られるの嫌がる人、いるっていうからな。
夕食の後片づけをしてソファーでクッションを抱きしめてテレビを見ていると、後ろから声がかかった。
「ねえ、ワインて飲める?」
「え? あ、はい」
「大学の先輩に貰ったんだけどひとりじゃ飲みきれないから」
と言い、シュウさんは俺の目の前に一本のワインの瓶を差し出す。
白ワインだろうか。
ラベルの字はフランス語だろうか、シャトー……なんだろうか。
「飲みきれないから一緒に飲もう。試験も全部終わったし、家ならいくら酔っても大丈夫だから」
「そ、そんな飲まないっすよ。明日からプールのバイトだし」
明日から俺はバイトの日々が始まる。週に一日は丸一日休みの日にしてるけど、日によってはバイトふたつ行く日もあるんだよな。だから正直ここには寝に帰るって感じになりそうでちょっと不安だったりする。
「あぁそうだ、バイトの予定ってアプリで管理してる?」
「あ、はい」
シュウさんはワイングラスふたつののったトレイを運んできてテーブルに置き、そして俺の隣に座る。
そして、こちらを向いて言った。
「バイト、掛け持ちするでしょ? ご飯の用意の都合があるから、スケジュール共有しようか?」
と言い、スマホを俺の前にかざした。
べつに断る理由は見当たらず、俺は言われた通りカレンダーアプリをシュウさんと共有することにした。
共有されたカレンダーを見ると、シュウさんも週四日はバイトが入っているらしく、土日もほぼ埋まっていた。
それはそうだよな。
博物館で働いてるって言ってたし。
「漣君、じゃあ飲もうか?」
と言い、シュウさんはワイングラスを手にしたので俺もスマホをテーブルに置いてグラスを持つ。
「テストお疲れ様」
と言い、シュウさんはグラスをこん、と軽くあててきた。
「お疲れ様です」
そしてワイングラスに口をつけ傾けるとワインが口の中に流れ込む。
甘くて口当たりがよくて……これ、油断すると飲みすぎるやつだ。
「ワインってアルコール度数高いっすよね」
「うん、たしかこれ、十四パーセント前後だったと思うけど」
めっちゃ強いじゃねえか。
これ、気をつけねえとなぁ……
そう思いながら俺はグラスに口をつけた。
あっという間に一杯飲み終わり、いい感じにふわふわしている。
「もう少しゆっくり飲まないと、悪酔いしちゃうよ」
笑いを含んだ声で言いながら、シュウさんは俺のグラスにワインをついでくる。
「えー、だってー最近酒飲んでないし……ワインなんて殆ど飲んだことないからつい」
そう答えて俺は、ワインが注がれたグラスを手に持った。
シュウさんのグラスにはまだ半分、ワインが残っている。
「っていうか飲むの遅くないっすか?」
「あはは、そうかもね」
と言い、シュウさんはいつの間に用意したのか、丸いチョコレートを口の中に放り込んだ。
「何食べてるんですかー?」
「あぁ、デパートで買ったチョコレートだよ。たまに買うんだ」
と言い、シュウさんは丸いチョコレートがのった皿を手で示した。
そこには色とりどりの包み紙のチョコレートが載っている。
「色によって味が違うんだよ。赤いのはミルクチョコレートで、紺色のはダークチョコレートだよ」
そしてシュウさんは茶色の包みのチョコレートを摘まみ、包み紙を開けてその中身を口に放り込んだ。
「それ、どんな味っすか?」
そう尋ねると、シュウさんはにこっと笑い俺の方を向いたかと思うと、俺の頬に手を添えて顔を近づけてきた。
そして唇が重なり、開いた口の隙間から丸いチョコレートが転がりこんでくる。
これキャラメル……?
唇はすぐに離れて、シュウさんは笑いながら俺に言った。
「どんな味がする?」
「ん……えーと……キャラメルっぽい」
口の中でチョコレートは溶けていき、喉を通り過ぎていく。
「そう、キャラメルって書いてある」
茶色の包み紙を見ながらシュウさんは言い、それを四角く折りたたむ。
ってあれ? 俺今キスされなかった……? キスって甘いんだっけ。
あー、あんまり頭、働かねえかも。
俺はワイングラスに口をつけて、酒を口に含む。
甘くておいしい。
もっと甘いの欲しくなる。
「このままじゃあ、君にワイン、飲み尽くされそうだね」
「そんなことないっすよー。俺そんなに酒、好きじゃねえし」
「そうは見えないけど」
そうかなあ……だって酒飲むの、確か武藤さんと飲み行って以来なはずだ。
そう言えばあんとき俺、武藤さんに抱き着いたりしたんだよなあ……
思い出して俺は、隣を見る。
シュウさんはグラスを持ち、ワインを飲んでいた。
やっと一杯目が終わりそうだ。俺なんてもう、二杯飲みきったのに。
俺の視線に気が付いたシュウさんはグラスを置くと、俺の方を向いて頭に手を置いた。
「大丈夫? だいぶ酔ってるように見えるけど」
「えー? そんなことないっすよー」
言いながら俺はへらへら笑い、首を横に振る。
そう、だいじょうぶなはず。
俺はシュウさんにもたれかかり、そばにあったクッションを抱きしめて言った。
「なんで俺に声かけたんすか?」
「君がおいしそうだったからかなー」
ふざけた声で言い、シュウさんは自分のグラスにワインを注ぐ。
そして、残りを俺のグラスに注ぎ、空いたワイングラスをテーブルの下に置いた。
「俺おいしくないしー……」
「僕にはおいしいんだけど。漣君、けっこう酔ってるよね?」
「そんなことないってばー」
そして俺はクッションを抱きしめたまま身体を起こし、シュウさんの方をじっと見る。
シュウさん、苦笑してる。これ絶対信じてない顔だ。
「大丈夫ですよー」
そして俺は、グラスに手を伸ばしその中身をぐい、と飲んだ。
「まあ、今日は何もする気はないから……酔っても大丈夫だけど。その様子じゃあお風呂はやめた方がいいかな」
「……え、何もしないんすか……?」
ショックを受け、俺はじっとシュウさんを見る。
すると彼は、ちょっと驚いた顔をした後困った顔になる。
「飲ませたのは僕だしね。そんなに酔ってる相手にいろいろする気は……」
言いかけたシュウさんに俺はずい、と顔を近づける。
「俺、今日までいっぱい我慢したのに」
玩具まで買って、会うのも我慢してきたのに。
するとシュウさんは俺の背中に腕を回し、ぎゅっと力を込めて抱きしめてくる。
「そうだね。通話でヤっただけだもんね。言われた通りにできて偉かったね」
そしてシュウさんは俺の背中を撫でてくる。
そうだよ、だから俺は今日いっぱい構ってほしいんだ。
じゃないと俺、どうかなりそう。
「うーん……じゃあ少しだけ遊ぼうか?」
「少しじゃやだぁ……いっぱいしてほしい」
顔を見つめて言うと、シュウさんはもっと困った顔をする。
なんで困ってるんだろ? 俺はいっぱい遊びたいのに。
「酔った相手にするような趣味はないんだけど……君の望みはできるだけ叶えてあげる」
そしてシュウさんは俺から腕を離すと眼鏡に手を掛けた。
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