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第30話 エンカウント
俺と秋星さんの、期間限定の同居生活が始まった。
俺はバイトかけもちだし、シュウさんもバイトやフィールドワークがあるとかで、一日一緒にいるのは週に一回程度になるだろうな。
一緒に暮らし始めて毎晩シュウさんとの「プレイ」が行われ、俺は渇きを感じることはなくなった。
彼との「プレイ」を重ねていくたびに、自分がSubである、と自覚させられていく。
そして俺は、シュウさんから離れられなくなる気がした。
っていうか、シュウさんのいない時間なんて考えられなくなりそうだ。
一緒に暮らし始めてまだ数日だけど、一緒にいると安心感が半端ないし、望めば満たされるから、俺はどんどん彼への依存心を増している気がする。
以前、Subについて調べたときに見た、首輪をつけられて悦ぶSubの姿を思い出す。
あの時は信じらんなかったけど、俺も首輪をつけられたい、という願望が浮かんでは消えていくようになっていた。
どんどん俺の心が変わっていく。
シュウさんの手によって。
気になるのは武藤さんだけど、彼とは駅前での出来事以降、DomとかSubの話はしていない。
バイト先で顔を合わせても、話すのはゲームのこととか学校のことばかりだ。
武藤さん、病院行ってその結果どうだったのかとっくにわかってるよなぁ……
でも、そんなこと職場で聞くわけにもいかないし、ふたりでメシに行く機会も、飲みに行く機会も全然なくて確認できていなかった。
まあ、ふたりにきりにならなければ危険もないだろうから、そんなに気にしなくてもいいんだろうけどな。
俺、Dom相手なら誰でも命令聞いちゃうのかなあ……それはそれで嫌なんだけど。でも、Domってそんなにいないって言うから、日常生活を送るうえで困ることはないだろう。たぶん。
また武藤さんが俺に命令すること、なきゃいいけど。
それはちょっと心配だだった。
そして八月六日日曜日。
今日は朝からプールのバイトに行き、夕方から量販店のバイトでさすがに疲れて欠伸が出てくる。
「神代君、お疲れ様」
量販店のバイト終わり、喫煙室で煙草を吸って廊下に出ると、武藤さんと鉢合わせた。
「あ、武藤さん、お疲れ様です」
閉店時間を過ぎているため、廊下を行く人たちは皆疲れた顔をして通り過ぎていく。
先に帰るのもおかしいので、俺はそのまま武藤さんと並んで出口に向かう。
警備員の手荷物チェックがある為、出口は混みあっていた。
「神代君は夏休み中、他にもバイトしてるんだよね」
「はい。今日も他でバイトしてから来たんですよ」
「他の子もバイトの掛け持ちしてるって言ってたけどがんばるよねー」
なんてことを話しながら警備員のチェックを通り、俺たちは外に出た。
今日も昼は四十度を超えていたから、日が暮れても空気がむわっとしている。
ここから俺はシュウさんの家に帰るから、武藤さんとはすぐに別れることになる。
「じゃあ俺、あっちなんで」
と、駅前で武藤さんに声をかけると、彼は驚いたような顔をして俺を見た。
「あれ、どこか寄るの?」
「あー、えーと、俺、友達んちに行くんで」
そう笑ってごまかし、俺は武藤さんに手を振る。
「あぁ、うん。それじゃあ」
武藤さんは笑って手を振り返してきてそして、駅の中に消えて行く。
……なんか違和感。
結局、武藤さんに何にも聞けてない。
そもそも俺がそれを知る必要、あるだろうか?
そう思い俺は、駅に背を向けて歩き出した。その時。
「漣君」
耳慣れた声が聞こえてきて俺は、そちらへと視線を向ける。
「あ……シュウさん」
「お疲れ様。車で来たから一緒に帰ろうか」
言いながら彼は、俺の方に手を伸ばしてくる。
わざわざ迎えに来てくれたのか。特に連絡はなかったと思うし、話しもなかったと思うけど。そうか、シフトを共有してるから俺の仕事が終わる時間、全部知ってるんだもんな。
「ありがとうございます」
俺は伸ばされた腕に絡みつき、
「今日の夕飯、どうするんですか?」
と、尋ねた。
「今日はハンバーグとコーンスープだよ」
「マジですか? 超楽しみです」
やべえ、メシの話してたら腹が鳴ってきた。
「ねえ漣君」
「何ですか?」
「一緒に出てきた人、誰?」
「え? 出てきた人?」
すぐに武藤さんのことだと気が付いたけど、って、いつから俺のこと見てたんだ?
「えーと、職場の人っすよ」
「もしかして、前に家に泊まったっていう人?」
その言葉に、俺の心臓が大きな音を立てる。
シュウさん、そりゃあ覚えてるよなぁ。たしかあの時、シュウさん絶対嫉妬してたし。
まだあの時は、武藤さんがDomっぽいってこと知らなかったから言ってないけど、あの人がDomよりだってこと、言った方がいいのか?
悩んで俺は、すぐにはそのことを話さず、シュウさんの様子を見ることにした。
そもそもそんなデリケートな話、人にほいほいしていいのかわかんねえしな。
「そう……ですけど……」
シュウさんは笑って、俺の方を見る。
なんかその笑顔が怖い。大丈夫か、これ……
ぜってー言わない方がよさそうだな、武藤さんのこと。
「そうなんだ。あぁ、車、こっちだから」
と言い、シュウさんは駅にある送迎者用の駐車スペースへと向かって行く。
その駐車場は、量販店から駅前を通り過ぎた所にある。
やっぱ、ずっと見てたのかな、シュウさん。
ならなんですぐに声をかけてこなかったんだろ?
……もしかしたらシュウさん、今、嫉妬に燃えていたりするのかなぁ?
この人全然そういうの、表に出さないから分かんねえんだよな……
明日は俺もシュウさんも一日休みだ。
何事もなきゃいいけど。
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