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第32話 診断

 八月七日月曜日。  午後に俺は、病院に行って検査を受けた。  結果が出るのは一週間後だという。でも、一週間後は病院がお盆休み中なため、結果を聞けるのはそれよりも先、十七日の木曜日になってしまった。    病院からの帰り道、外は暑い。  五時を過ぎてるけど日暮れはまだ遠いし、日が暮れたところで暑いのは変わんねえんだよなあ。  シュウさんには病院まで迎えに来ると言われたけど、買い物に行きたかったから買い物が終わり次第連絡すると伝えた。  それはそれでちょっと嫌そうな顔をされたけど、駅にある図書館と本屋に行きたかったんだ。  図書館と本屋で買い物を終えて、駅にあるチェーンのコーヒーショップでアイスカフェオレを買い、席に着いて俺はスマホを開く。  シュウさんに病院での検査が終わったことと結果がわかるのが十七日である事を伝えると、すぐに返信が来た。 『そっか、来週お盆だから、時間かかるんだね』 『そうなんですよね。だから余計に待たなきゃいけなくて』  結果はわかりきってはいるけど……ちょっと落ち着かない。  体調が変だったら飲むようにって薬出されたけど、これって他のDomに会った時に大丈夫になるような薬だったりは……なさそうだな。  薬の説明読んだ限り、安定剤ぽかったし。  武藤さんとまた、駅前でコマンド言われた時みたいなことになったら嫌なんだけど、あれ、どうにかなんねえのかな。  SubはDomの言葉に逆らえねえんかなぁ。  調べてもその辺はよくわかんなかった。  逆らえない説、パートナーがいればパートナー以外のコマンドは通じない説と両方あるんだよな。 『買い物は終わったの?』 『はい、終わりました』  そうだ、買い物終わったのまだ伝えてなかった。   『じゃあ迎えに行くよ。そのまま外でご飯、食べようか』  言われて俺は時間を確認する。そうだ、もうすぐ六時じゃねえか。言われてみれば腹が鳴る。 『わかりました』  そう返信して、俺はアイスカフェラテを飲みつつシュウさんが迎えに来るのを待った。    お盆になり、プールも量販店も混み方が半端なかった。朝から晩まで人人人。  それはシュウさんも同じらしく、互いに疲れてすぐ眠る日々が続いた。  そして八月十七日木曜日の午後。  俺は病院で検査結果を聞かされた。  間違いなく、俺はSubであるらしい。 「その年で判明するのも珍しいですね」  とか言われ、ダイナミクスに関する説明が書かれた冊子を渡された。  ノーマルだと思って生きてきた。っていうか、そもそもSubだとか考えたことなんてなかった。  それはどこか遠い世界の出来事だと思っていたし、そういうのを題材にしたドラマや漫画を見たって、それが自分に関わるものだなんて思ったこと一度もなかった。  俺、本当にSubなんだ。  受け入れがたかった現実だけど、正式に診断されて気持ちはすっきりしている。  俺はこのあと量販店のバイトがあるから、そのまま量販店に向かった。  午後五時。  出勤すると、お盆に比べたらだいぶ客の姿は減っていたけど、それでも普段の平日よりも多かった。  高校生くらいの男子たちが、筐体前で盛り上がっている。  レジに向かう途中、通路で武藤さんと顔を合わせた。 「あ、武藤さん、お疲れ様です」 「あー、お疲れ様ー。お盆はほんと疲れたね」  と言い、力なく笑う。 「そうだ、神代君、日曜日時間ある?」 「え、日曜、ですか?」 「そうそう。他のバイトの子とご飯行こうって話してて。神代君もどう?」  言われて俺は、すぐ返事ができなかった。  前なら二つ返事で了承していたのに、今はそれができない。  シュウさんに聞かねえと……  日曜日は俺、プールとこっちの掛け持ちの日だよな……   「あー、ちょっと確認します」  と笑って言うと、武藤さんは不思議そうな顔をする。  俺がひとり暮らしなのは武藤さん、知ってるもんなぁ……  何に確認するのかなんて言えない。  Subだってわかったって、それを公言するつもりはないし、シュウさんの存在を武藤さんに話す気にはなれなかった。 「何か予定があるの?」 「え、あ……そう言うわけじゃないんすけど」 「もしかして」  と呟き、武藤さんは黙ってしまう。  その時、無線のイヤホンから声が響いた。 『レジフォローお願いします』  その声に、武藤さんは反応し、俺に背を向けて小走りにレジへと向かって行く。  俺もその後を追いかけた。  武藤さん、何を言いかけたんだろ?  もやもやするけど、その後もそこそこレジが混みあい、武藤さんと話す時間はなくって閉店時間を迎えた。  夜の九時過ぎ。  閉店作業を終え、他のバイトと別れて俺はいつものように喫煙所に寄る。  あー、疲れた。  明日と土曜日はプールバイトだけ、日曜日はプールとここの掛け持ちで、月曜日は休み。  プールバイトは小学校が夏休みの間だけだから、あと二週間くらいで終わる。  来月は遊ぶ予定がいくつか入ってるけど、シュウさんとどこか行く話はしてねえな。  ……どっか行きたいかな、俺。  一緒にいられればそれでいいかなって思うけど、シュウさんはどうだろう。  そういえばシュウさんて、来月誕生日じゃねえか。九月二十三日が、シュウさんの誕生日なはずだ。  なんかした方がいいのかな。何が欲しいんだろ。  ……聞くのが一番だよな。欲しいものを貰うのが一番嬉しいだろうから。  たばこを吸い終え、喫煙所を出ると武藤さんと鉢合わせた。  彼は俺を見るなりにこっと笑い、 「神代君、お疲れ様」  と言った。 「お、お疲れ様です」  武藤さんと顔合わせるの、ちょっと気まずいんだよな。  売り場なら人目あるけど、このまま一緒に外にってなると人目が少なくなるし、シュウさんに見られるとちょっとまずそうだし。 「ちょど良かった。聞きたいことがあったんだ」  あ、これ逃げられないやつ。  俺は瞬時に諦め、武藤さんと一緒に従業員出口から外に出た。  むわっとした空気が肌に纏わりついてきて暑い。 「聞きたいことってなんすか?」  駅の方に歩きつつ、内心どぎまぎしながら武藤さんに尋ねる。  時刻は九時半近く。  辺りに人影は少ない。  武藤さんは立ち止まると、まっすぐに俺を見つめて言った。 「神代君て、パートナーがいるの?」  パートナーの意味をすぐに悟り、俺は目を見開いて武藤さんを見る。  それって、つまり、特定のDomと付き合ってるのかってこと、だよな……?  そういえば俺とシュウさんの関係って結局何なんだろ?  正式にパートナーという話はしたことない。  そういう契約を結ぶらしいけど、その前に信頼関係を結んでいくものらしい。  じゃあ、今の俺とシュウさんて何?  ……恋人?  俺が黙っているせいで、武藤さんも無言で俺を見つめるだけで何も言わない。  わかんねえぞ、これなんていうんだよ? 「……神代君?」  不思議そうな声が響き、俺は慌てて首を横に振って、笑いながら言った。 「えーと、います、けど……」  いないと言ったら嘘になるしそもそもシュウさんに失礼すぎる。  だから俺はいる、と答えたけど……武藤さんの目が怖い。  この目、シュウさんがスイッチ入った時の目に似てる。  そうだ、Domのスイッチが入った時の目にそっくりだ。  どうしたんだろ、武藤さん。なんか変だ。  こんな怖い目をする人じゃないはずなのに。 「迎えに来てるの、その人?」  一緒に暮らし始めてから、シュウさんは俺を迎えに来ている。  多少時間のずれはあるけど、いつも駅の隣にある送迎者用の駐車場に車を停めてくるんだよな。  だからたぶん、もうすぐ来るだろう。  もしかしたら、この様子をどこかで見ているかもしれない。  やべえ、そう思ったら変な汗が背中を流れてきた。 「そ、そう、です……けど」 「そうなんだ」  そう言った後、武藤さんは俯いてすぐに顔を上げ、笑顔で言った。 「ごめんね、変なこと言って。じゃあ、また。お疲れ様」  そして手を振り、足早に駅へと消えていく。  その背中を見送り俺は、今のやり取りの意味を考えた。 

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