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第33話 ドッグタグ

 考えても意味、わかるわけねえよな。そう思いながら俺は、武藤さんが消えた駅の方を見つめていた。  その時、向こう側から聞き慣れた声がかかる。 「漣君」 「あ……」    シュウさんがこちらに近づいてくる。  その表情からは何の感情も読み取れない。  いつも手ぶらなのに、今日はトートバッグを持っているけど珍しいな。  当たり前のように迎えに来るシュウさんは、俺と武藤さんのやり取りを見ていたんだろうか?  前に迎え来たとき、武藤さんのことなんか気にしてたような気がするけど。 「お疲れ様」  俺の目の前で立ち止まり、シュウさんはそう声をかけてきてにこっと笑い、トートバッグからペットボトルを取り出した。  そして俺に差し出してくる。  それは、麦茶のペットボトルだった。 「あ、ありがとうございます」  受け取ったペットボトルはまだ冷たかった。  ってことは、ここに来る前に買って来たんかな。  ただ立っているだけでも汗が出てくるからけっこう気温、高いんだろうな。  俺は受け取ったペットボトルの蓋を開けて、それを口に付けた。 「病院で結果聞いて来たんでしょ」  麦茶を飲む俺に、シュウさんがそう声をかけてくる。  俺は、ペットボトルから口を外し、蓋をしながら頷いた。そして、シュウさんの方を向く。  どんな顔をしたらいいのかよくわかんねえな。 「あの、やっぱりSubでした」  そう言って、俺はシュウさんから視線をそらす。  わかりきっていたこととはいえ、人に言うのは少し恥ずかしい。 「はっきりわかって、気分はどう?」 「気分……どうだろ。わかってたけどなんか変な感じって言うか」 「まあ最初は戸惑うよね」  最初、シュウさんに言われたときに比べればずっと落ち着いてるけど。  シュウさんに出会うまでに感じていた渇きの原因が特定できてすっきりしたし、何かあれば薬を飲めばいいし、Domと関わっていればあの渇きを感じることもないっていうのもわかった。  それはよかったけど……俺と、シュウさんの関係って結局なんなんだろ?  DomとSubは、なんかパートナーの契約を結ぶって書いてあったけど。その意味が俺には理解できなかった。  パートナーと恋人って何が違うんだろ?  俺は顔を上げて、シュウさんの顔を見て言った。 「あの、シュウさん」 「何」 「病院で冊子渡されて読んだんですけど……パートナー契約と恋人って何が違うんですか」  そう問うと、シュウさんは目を瞬かせたあと上に視線を向けて言った。   「DomとSubが信頼関係を結んで初めてパートナーになるんだけど……恋愛関係の先にあるもの、になるのかな」 「じゃあ、俺とシュウさんて恋人になるんですかね」  言ってから俺は顔が熱くなるのを感じる。  って俺、何言ってんだ?  パートナー契約ってのはしてないし、でも友達とは違うってなると恋人しか該当する言葉が見つからない。  シュウさんは俺の方を見つめて、笑いながら言った。 「そういえば、そういう話したことなかったね」 「そ、そ、そうですだからあの、この関係なんて言うのかわかんなくって」  息継ぎせず一気に言って、俺は大きく息を吸う。   「そうだ。それで君に渡したいものがあって。家に帰ってからでもよかったんだけど」  そう言いながらシュウさんはトートバッグから細長い箱を取り出した。  そしてその箱を開けて中身を取り出す。  それは、ドッグタグがついたネックレスだった。  そのドッグタグに刻まれているのは、俺の名前や誕生日などの個人情報の他、シュウさんの名前も刻まれている。  少し前にドッグタグがどうこう言っていたっけ。それで、血液型とか聞かれたな。   「ドッグタグ……? ですっけ」 「そうそう。軍人が戦死した時に身元がわかるようにっていうものだけど、Subに首輪の代わりに贈ったりするんだよ。さすがに外で首輪はできないし目立つからね」  首輪、という言葉に俺の心が跳ねる。  これってつまり、俺がシュウさんのパートナーである証って事……なんかな。 「漣君、ちょっと頭を下げて」  言われて俺が頭を下げると、そこにネックレスがかけられた。  俺は、胸元にきたドッグタグに触れる。  俺の名前と、シュウさんの名前が刻まれた物。  これが……首輪の代わり。  俺がシュウさんのものだっていう証になるんだ。  誰かのものになるとか考えたことなかったのに、今俺は、それを嬉しいって感じてる。 「そんなうっとりした顔されると……いろいろしたくなっちゃうよ」 「え、あ、え?」  俺、そんなうっとりした顔していたか?  全然自覚ないんだけど。  俺は首を横に振り、 「そ、そんな顔してないですって」  と、否定する。  すると、シュウさんは口元に手を当てて言った。 「してるよ。すごく嬉しそうな顔してる」 「え、あ……」  夜の九時半過ぎで人通りは少ないとはいえ、人前でそんな顔してるとか恥ずかしすぎるんだけど?  俺は首を横に振り、シュウさんの腕を掴んで歩き出す。 「か、か、帰りましょう。俺、腹減ったし、暑いし汗すごいし、明日も早いから」 「あ、うん、そうだね。明日はプールのバイトだもんね」  そうだ、明日はプールのバイトだから朝早いんだ。  だから早く帰って俺は……シュウさんに褒められて、愛でられ……  あー、もう恥ずかしい。  俺はシュウさんを引っ張るように歩き、駅前を通り過ぎ駐車場へと向かった。

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