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第34話 夜中の駅

 シュウさんは俺の人間関係にそこまで干渉してこない。  夏休み中、友達と遊びに行くことに対して特に何も言ってはこないけど、どうやら武藤さんの事は気になるらしい。  車に乗るなり、シュウさんは言った。 「今日一緒にいた人……前も一緒にいたよね」  声のトーンが普段より低い気がする。 「まあ、終業時間かぶるし、だから出るとき一緒なこと多いっすね」  武藤さんの事を聞かれると、すげードキドキする。  日曜日に食事に誘われたこと、言って大丈夫かちょっと不安になるんだよな。   「あ、あの、それでシュウさん」  俺は車を運転するシュウさんの方を向いて言った。  ただ、日曜日にバイト仲間でメシに行く、ってだけなのに、超緊張するのなんでだ。 「日曜日、バイト仲間とメシに行こうって言われて。行きたいんですけど」    変に緊張しながら言うと、シュウさんは一瞬、顔をしかめた気がした。  けれどすぐいつもの笑顔になり、 「行ってきて大丈夫だよ」  と言った。  今の顔、何だったんだ?  やっぱシュウさん、武藤さんのことが気になる?   「なんか、気になるんですか?」  そう問いかけると、シュウさんは笑顔で首を横に振る。 「気になることなんてないよ」  ほんとだろうか。  シュウさんて、顔にあんまり感情ださねぇからよくわかんねぇんだよな……  気にならないっていうなら、それ信じるしかねぇけど。   「ならいいっすけど……今日の夕飯、なんですか?」  話題を変えようと、俺は声のトーンを上げてたずねた。  夕飯食わずに働いたから超腹が減っている。 「今日は、生姜焼きと煮物とサラダだよ」  家に帰るとメシがあるっていいよなあ…… 「超楽しみっす」  言いながら俺は、ペットボトルの蓋を開けて中身を口に流し込んだ。    八月二十日日曜日。  一日中働き詰めはさすがに疲れる。  量販店の閉店時間を過ぎた、午後九時過ぎ。  俺はひとり、喫煙室で時間を潰していた。  一緒にメシに行くバイトはふたり。それに、武藤さんの計四人だ。  社員である武藤さんは俺たちバイトより少し遅く終わるから、俺はこうしてたばこを吸って時間を潰している。  喫煙室を出ると武藤さんが来たので、俺たちは揃って量販店を出て店に向かった。  メシっていうか、半分飲みだったけど、食い終わって外に出る。  俺以外、皆電車だから駅に戻り、電車の時刻を確認して改札へと入っていく。  なのに武藤さんだけが残った。 「あー、あと三十分、電車ないやー」  電車の時間が表示された電光掲示板を見つめて武藤さんが言った。  時刻は夜の十一時半ちかく。  武藤さんが乗る路線は、零時前の終電しか残っていない。  普段、メシに行った時はもう一本早い電車に乗っで帰ってるはずだけど、その電車はちょうど出た後だ。  久しぶりにバイト仲間でメシに行ったからかけっこう話が弾んでしまい、こんな時間になってしまった。  俺は歩いて帰れるから、シュウさんには帰りが遅くなるから先に寝ていて大丈夫、と伝えたものの、迎えに行くと言って聞かなかった。  終わり次第連絡する約束にはなってるけど俺はまだ、シュウさんに迎えを頼んでいない。 「けっこう喋ってましたからねー。どっか座って時間潰しますー?」  少し酒を飲んでほろ酔い気分の俺は、武藤さんの腕にしがみついて言った。 「神代君て、酔うと抱き着き魔になるよね」  呆れたような声が、隣から聞こえてくる。 「えー? あー、どうだろう? でも俺、そんなに飲んでないですよー?」  今日はビール二杯しか飲んでない、はず。  普段と同じくらいなのに……なんでだろう、誰かにしがみつきたくなる衝動が抑えらんない。 「それにしても様子が変だと思うけど」  そうかなあ……そうかもしれない。  前はこんな衝動なかったのに、Sub性が強くなってきてるからとか?  心当たりはそれくらいしかねぇし…… 「今日も迎えが来るの?」 「えー? あー、来ますよー。まだ呼んでないっすけど」  そうだ、呼ばねぇと。  そう思い武藤さんから離れようとしたとき、彼が言った。 「神代君、あのあと病院に行ったの?」  と言われ、俺の手が止まる。 「えー? いきましたよー」 「どうだったの」 「Subだって、確定しちゃいましたー」  普段ならこんなこと言いはしないだろうに、辺りに人がほぼいないのと酔った勢いで俺はダイナミクスについて口にした。 「そうなんだ」 「武藤さんはどうなんすか? Domなんですか、ノーマルなんですか?」  調子にのって俺は武藤さんの腕に絡みついたまま、ふざけた口調で言った。 「俺はノーマルだよ。まだ、どうなるかわからない、宙ぶららしいけど」  と言い、俺の方を見る。 「神代君、この間の言い方だとパートナーと契約してないみたいだったけど……それ、してるってことはしちゃったのかな」  そして、武藤さんの指が俺の首にかかっているドッグタグの鎖に触れる。  指は鎖をたどり、Tシャツの中に隠してあるドッグタグを外へと出してしまう。 「これ、首輪の代わりにDomがSubに贈るものでしょ」  そう、なんだ。  俺がそんなこと知るわけがないから答えようがなく、ただ困惑して武藤さんを見つめた。  なんか怖いんだけど……?  これは気のせいなんかじゃねぇよな。  酔ってて正常な判断なんてつかねぇけど……これはヤバげな気がする。 「君を見てると、支配したくなるんだ。君がどんな顔で啼くのか見てみたいって」  武藤さんの、俺を見る目はシュウさんの目と同じだった。  眼鏡を取って、俺と「プレイ」をする時の目と。  これ、ヤバいって思うのに俺の足は全然動かない。  目の前にいるDomに支配されたいという欲求が、俺の中でくすぶっている。  って、なんでだよ?  俺にはシュウさんがいるじゃねぇか。  特定の相手がいてもそんな欲がでてくんのかよ? 「だいぶ前に、駅前で俺がコマンド言ったとき君は俺の前で座り込んだでしょ。あの時驚いたけど、それ以上に君を支配したい欲求に駆られたんだ。でも俺はDomになりきれないから、それはやっちゃいけないことだとも思うんだ」  Domになりきれないってどういう感覚なんだろう。  Domとしての欲求があるけど、だからといってそれを満たすことに抵抗があるってことなんかな。  ……俺がSubだと認めたくないときの感覚に近いだろうか。  武藤さん、辛いんだろうけど俺にはどうすることもできない。 「お、れは……」  何とか絞り出した声は掠れてて、言葉にならない。  どうする、俺。  目をそらさないと、早くこの場から去らないといけないって思うのに身体が動かない。 「他のSubを探せばいいのかなって思って会ってみたけど、相性があるみたいで合わなかったんだよね」  何の話をされてるのかわからず、俺はただ黙って武藤さんを見つめた。

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