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第5話

(つがい……父さんみたいな人かなって想像してたけど……)  アルファでもいろいろなタイプがいるようだ。初めて接する屈強で猛々しい男がまるで未知の生き物のように感じられ、アイはさらに顔を近づけて男を見ようとする。 「ん……」  気配を感じたのか、兵士が微かに呻いて身じろいだ。アイは弾かれたように、屈めていた身を起こす。同時に、閉じられていた瞳がうっすらと開かれる。 「あ……き、気がつきましたか?」  間近で見つめていたことに気づかれなかっただろうかと内心焦りながら、アイは男を気遣うように見る。彼はハッと上体を起こし痛みに一瞬眉を寄せたが、すぐに表情を整え警戒の目をアイに向けてきた。 「ここはどこだ」  耳に心地よい低音だが、抑揚がなく冷ややかだ。 「僕の家です。傷ついて意識を失ったあなたを運んで、解毒薬を処方しました。……具合はいかがですか?」 「毒、というのは、シルラの毒か」  兵士が逆に聞いてきた。 「そうです。あなたの肩の、その傷から入りこんだんです」 「爪の先がわずかにかすっただけだったが、見る間に動けなくなった。猛毒だな」  微かに眉をひそめる男に、シルラを恐ろしいものと誤解させたくないとアイは焦った。 「森で僕がお話したこと、覚えていらっしゃいますか? あなたが攻撃しなければ、あの子たちも応戦しませんでした。あなたをひっかいたのは先に襲われたからです」 「凶獣にいきなり出くわしたんだ。先手を打って攻撃するのは当然だろう」 「あの子たちのことをそんなふうに言わないでください。でも……ごめんなさい」  ペコリと頭を下げるアイを見て、男はわずかに目を瞠る。 「僕が一緒にいれば、あなたをこんな目に遭わせずに済みました。どうかシルラを恐れないでいてあげてください」 「私には恐れるものなどない」  迷いのない即答には強がりや見栄どころか、どんな感情も見えない。シルラの毒で一時命が危うかったとは思えないほど、彼は乱れずシャンと背筋を伸ばしている。 「ここはおまえの家だと言ったな。おまえは、シルラの里の民か」  森での質問を繰り返される。 「あなたは? お国の軍の兵士さんですか?」  鋭い視線にも臆せず聞き返した。アイはシルラを守る神子だ。知らない人間にうかつなことは言えない。  男はアイの毅然とした態度に、意外そうに瞳を見開いてから頷いた。 「私はシルヴェリア国の国境警備軍の兵士だ。森の近辺に敵軍が密かに侵入した形跡があり、監視に回っていた」  よどみのない答えに、アイは思わず胸を押さえる。 「ゾルディア国の軍が、もうこのあたりまで……?」  このところ、隣国の侵攻はとみに激しくなっているようだ。シルヴェリア国の外れ、ゾルディア国寄りに位置するこの里は、国境まで目と鼻の先だ。広大な森に隠されているので、里自体が狙い撃ちされることはほぼないだろうが、百%とはいえない。いや里のことよりも、アイがよく訪れ懇意にしている国境付近の村の人たちのことが気がかりだ。 「心配しなくていい。我々警備軍は国境の駐屯地に常駐し、敵の動向を逐一監視している。万が一攻め入られても、即本軍に応援を頼めるよう備えてもいる」  機械のようだった男の口調が少しやわらいだが、アイの胸のざわめきは収まらない。 「大きな戦争に、なるのでしょうか?」 「ここしばらくは動きが停滞している。今日明日にもどうなるということはまずないだろう。だが、その日は必ず来る」  抑揚のない声が、冷たく重い石を投げこまれたように心に落ちた。国境警備軍の兵士が森の中まで見回りに来たのは初めてだ。おそらく事態は相当切迫しているのだろう。 「それで、先ほどからおまえに尋ねている。おまえはシルラの民で、ここはシルラの里か」  男の声は威厳に満ちている。その口調も態度も、他人に命令することに慣れているもののように思える。けれど不思議と威圧感がなく、不快に感じられないのはなぜだろう。 (この人の目、すごく綺麗……)  まっすぐ見つめてくる黒い瞳に、アイは魅入られる。黒曜石のような輝きを放つ瞳は迷いなく澄んでいて、邪悪なものを見出せない。人間の邪念や悪意に敏感なアイだが、そういったものを一切彼から感じない。  そもそも本当に邪心を抱いている者ならシルラたちが感知し、この里に入れることを許さなかっただろう。シルラはアイよりも、悪いものを確実に嗅ぎ分ける。 「聞こえているのか?」  穏やかに確認され、アイはあわてる。うっかり見惚れてしまったりして、変に思われなかっただろうか。

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