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16.
そんなことがあったのが昨日のこと。
こういう時に限って時間は無慈悲に進むものだから、仕方なしにそれに従うしかない。
「しっろう〜! おはよ〜」
「うわっ!」
リュックのショルダーベルトをぎゅっと掴んで、俯いていたものだから気づかなかった。
背中を急に叩かれたのもあり、思わず叫んだ。
「なんだなんだ、騒いで。脅かしたつもりはないぜ」
「ご、ごめん。考え事をしていたから」
「ま、そんなところも可愛いぞ」
そう言って、額に黄丹の唇が触れた。
途端、一瞬にして石像のように固まる。
「お? どうした。固まるほど嬉しく思ったのか?」
「可愛い可愛い」と今度は、面白半分に頭を撫でてくる。
「⋯⋯さすがに公共の場でやるのは止めて⋯⋯」
「なんで?」
「なんでって⋯⋯玄一は恥ずかしくないの。しかも、男同士だし、変に思われるじゃん」
「あー⋯⋯なるほどなー⋯⋯」
視線を上に向けて、何なら考えているような仕草を見せる。
不意打ちにあのようなことをされて、ほとぼりが冷めてない藤田は、うるさい鼓動を聞いていた。
そうしていると、「けどさ」と言った。
「周りのことが気にならないぐらい、俺に夢中になればいいんじゃね?」
にこっと微笑みかける黄丹に、顔から火が出た。
「な⋯⋯な⋯⋯っ」
そんなことをサラッと言えるのは何なの。
「おお、今度は顔を真っ赤にしてんじゃん。これはときめいたってことか!」
子どものようにはしゃぐ黄丹に、「ち、違うし!」と返した。
「これはただ単に暑いからだから! そんな簡単にときめかないもん!」
「へ? そうなん? けど、俺が言った瞬間にさ──」
「いいから! 講義に遅れる! 一年のうちに単位を落とすことになるなんて、それこそダサすぎるから!」
「ほら、行く!」と背中をバンバン叩いていると、「はぁ!? 何怒ってんだよ!」と抗議の声を上げる黄丹と共に校舎に入って行った。
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