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そんなことがあったのが昨日のこと。 こういう時に限って時間は無慈悲に進むものだから、仕方なしにそれに従うしかない。 「しっろう〜! おはよ〜」 「うわっ!」 リュックのショルダーベルトをぎゅっと掴んで、俯いていたものだから気づかなかった。 背中を急に叩かれたのもあり、思わず叫んだ。 「なんだなんだ、騒いで。脅かしたつもりはないぜ」 「ご、ごめん。考え事をしていたから」 「ま、そんなところも可愛いぞ」 そう言って、額に黄丹の唇が触れた。 途端、一瞬にして石像のように固まる。 「お? どうした。固まるほど嬉しく思ったのか?」 「可愛い可愛い」と今度は、面白半分に頭を撫でてくる。 「⋯⋯さすがに公共の場でやるのは止めて⋯⋯」 「なんで?」 「なんでって⋯⋯玄一は恥ずかしくないの。しかも、男同士だし、変に思われるじゃん」 「あー⋯⋯なるほどなー⋯⋯」 視線を上に向けて、何なら考えているような仕草を見せる。 不意打ちにあのようなことをされて、ほとぼりが冷めてない藤田は、うるさい鼓動を聞いていた。 そうしていると、「けどさ」と言った。 「周りのことが気にならないぐらい、俺に夢中になればいいんじゃね?」 にこっと微笑みかける黄丹に、顔から火が出た。 「な⋯⋯な⋯⋯っ」 そんなことをサラッと言えるのは何なの。 「おお、今度は顔を真っ赤にしてんじゃん。これはときめいたってことか!」 子どものようにはしゃぐ黄丹に、「ち、違うし!」と返した。 「これはただ単に暑いからだから! そんな簡単にときめかないもん!」 「へ? そうなん? けど、俺が言った瞬間にさ──」 「いいから! 講義に遅れる! 一年のうちに単位を落とすことになるなんて、それこそダサすぎるから!」 「ほら、行く!」と背中をバンバン叩いていると、「はぁ!? 何怒ってんだよ!」と抗議の声を上げる黄丹と共に校舎に入って行った。

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