29 / 47

29.

『お前の玉子焼き、いつもうめーよな』 米を食べている時、人の断りを入れず、勝手に食べてはそう言った。 どきり。 この台詞だっていつも言っているものだ。しかし、初めて言われたと錯覚しているかのように心臓が跳ねる。 『そ、そんなことないよ』 弁当箱を持っていた手に力が入る。 『いっつも思うし、てか言っているけどさ、この玉子焼き、親が作ってねーよな。家庭科の調理実習の時、食べた──』 『親から教わっていたら、あの味になるだけだって。僕、そこまで料理が上手いわけじゃないし』 『ほー、そうか』 興味が失せたようで、手に持っていたサンドイッチを口に含んでいた。 それを横目で見て、ホッと胸を撫で下ろした。 黄丹が言っていたように、この玉子焼きは藤田が作ったものだ。 調理実習の時、黄丹のあの一言がきっかけで、それから玉子焼きだけは自分で作るようになったのだ。 あの何気ない一言で、作ろうとする自分は単純だな。 苦笑を漏らす。 けれども、今日も上手く玉子焼きが作れて、それを黄丹に美味しいと言ってもらえて嬉しい。 想いを告げることが難しいから、せめてこのひと時を幸せだと思わないと、バチが当たる。 だから。 この微睡みから覚めないで。

ともだちにシェアしよう!