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29.
『お前の玉子焼き、いつもうめーよな』
米を食べている時、人の断りを入れず、勝手に食べてはそう言った。
どきり。
この台詞だっていつも言っているものだ。しかし、初めて言われたと錯覚しているかのように心臓が跳ねる。
『そ、そんなことないよ』
弁当箱を持っていた手に力が入る。
『いっつも思うし、てか言っているけどさ、この玉子焼き、親が作ってねーよな。家庭科の調理実習の時、食べた──』
『親から教わっていたら、あの味になるだけだって。僕、そこまで料理が上手いわけじゃないし』
『ほー、そうか』
興味が失せたようで、手に持っていたサンドイッチを口に含んでいた。
それを横目で見て、ホッと胸を撫で下ろした。
黄丹が言っていたように、この玉子焼きは藤田が作ったものだ。
調理実習の時、黄丹のあの一言がきっかけで、それから玉子焼きだけは自分で作るようになったのだ。
あの何気ない一言で、作ろうとする自分は単純だな。
苦笑を漏らす。
けれども、今日も上手く玉子焼きが作れて、それを黄丹に美味しいと言ってもらえて嬉しい。
想いを告げることが難しいから、せめてこのひと時を幸せだと思わないと、バチが当たる。
だから。
この微睡みから覚めないで。
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