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「⋯なんで、思い出しちゃうかな」
黄丹にとってはなんともないあの言葉で舞い上がって、また食べて欲しいと玉子焼きだけは何がなんでも作りたいと言う、そんな息子の急な行動に、最初のうち不思議そうな顔をしていたが、好きな人でもできたのかと驚きと慈しみの目を親に向けられながらも作り続けたのだから、嫌でも思い出してしまう。
「⋯⋯玉子焼きで、こんな気持ちになるなんて」
あの時は、こんなことを思うなんて微塵に思わなかった。ただ嬉しそうに食べてもらえるのが至上の喜びだとも思ったのだから。
こんなにも胸が苦しくなるなんて。
ごく自然と玉子焼きなんて作ろうとするから、それよりも単純なきっかけで作り始めたあの時の自分が悪いとも言える。
「⋯⋯単純、すぎるよ。僕のばか」
食べかけの玉子焼きに塩水が加えられる。
「もうやだ、やだよ⋯⋯」
視界が滲んで、玉子焼きが歪む。
こんな気持ちになるのなら、もう卵も見たくない。
やっぱり、こんな特異体質になったのは罰なのだ。
男が男を好きになるのが不条理であるから、喜んでもらった卵で酷い目に遭わせようとしている。
何を言ってんだ、と自分の考えに苦笑いをしたくなるが、そうでないと辛くて仕方ない。
藤田は嫌になるくらい泣き続けたのであった。
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