25 / 64

第25話 睦言

 鳥の鳴き声しか響かぬ無人の宮を、サラトリア・ヴァルダンは感情を浮かべぬ顔で見渡した。  凝った装飾の花瓶に花はなく、瀟洒な燭台からは灯りが取り除かれている。宮の主に相応しく、ほんの数日前まで風雅な様相であったこの宮も、人がいなくなれば廃墟同然だ。蕾をつけ始めた中庭の花も、愛でるものがいなければただ虚しく寂しいだけだった。  この宮の主は数日前からここを離れ、遥か南にある離宮に赴いている。それを知るのは、王都ではサラトリア一人だ。  『白桂宮では下働きが持ち込んだ流行病が広がり、王妃ばかりか国王ジハードまでもが病に倒れた』  表宮殿ではそういう話になっていた。特別な医師団が組まれ、厳戒態勢をとって療養中であるとしているため、まさかこの宮が全くの無人だとは、宮廷貴族の誰も信じはすまい。離宮へ同行を許されたごく一部の侍従を除いて、残りの者は事実を知らされることもなく、療養の名目で宿下がりを命じられていた。  あらゆる扉が施錠されているため、出入りできるのはこのホールまでだ。病床の国王夫妻を見舞うという口実で、サラトリアは毎日無人の宮を訪れていた。  ホールに置いてある鍵付きの引き出しの中には、あらかじめジハードが署名を済ませて用意しておいた書類がいくつか積まれている。ここで少しばかりの時間を潰して、病床のジハードから命を受けてきたように見せかけて戻るのが、サラトリアに課せられた役割だった。  冷たい風が手に持った書類を揺らした。神山から風が吹き下ろす王都は、春の訪れが遅い。――南の方では、これより少しは風が温くなっているだろうか。  サラトリアは風が吹いてきた中庭の奥に視線を向けた。  白い息を吐きながら、寂しげに空を見上げていた細い背中は、今はここにはない。  北風に吹き上げられて千々に散ってしまったのではないかと、サラトリアは低い空を見上げた。 「う……」  小さな呻きと共に、シェイドは意識を取り戻した。  気を失っていたのは一瞬のことだったようだ。伏せた姿のまま首を巡らせて壁を見る。燭台の蝋燭は気を失う前に比べいくらも短くなっていなかった。それに、身の内を穿つ塊はまだ勢いを保ったままで、解放される兆しは感じられない。 「……苦し、い……もう……」  啜り泣きが漏れた。太いものが体内をゆるゆると動く感触に、敏感になった下腹がひきつれそうになる。思わず弱音を零すと、背を温めていた大きな体が重みを掛けて深く沈んできた。 「あ、ぁっ……!」 「名を呼べと、言ったろう」  衰えを知らぬ剛直が押し込まれて深々と体奥を抉った。先に放たれたものが狭い内腔から溢れ出し、足の間を伝って寝具を濡らす。柔らかい絹でできた敷物には、二人が何度も放ったもので小さな水たまりができていた。後ろから揺さぶられるたびに緩く勃った性器がそこで擦れて、シェイドは泣き声を上げて身悶えた。  今日は寝台に入った時からずっと俯せに這い、後ろから国王の体を受け入れていた。  震えて腕の力が抜けると、濡れた寝具と逞しい剛直に挟まれて前と後ろが同時に責められた。甘く苦しい責めから逃れたくて腰を浮かせば、肉の凶器がその分深々と入り込み、長く尾を引く絶頂へと追い上げられる。何度も何度も頂へと昇りつめ、もはや臍から下が己のものとは思えないほど、ぐずぐずに蕩け切っていた。  夜も浅い時間から気をやり続け、いつ終わるとも知れぬ際限の無い愉悦に晒され続けている。穿たれる快楽に鋭く叫び、頭の中が閃光で埋め尽くされるごとに、己が何者であったのかさえ忘れてしまいそうになる。賤しく醜い化け物であったことを忘れ、人肌の温かさに溺れてしまいそうになっていた。 「もう……終わら、せて……っ、くださ……」  少しでも正気が残っているうちに己を取り戻したい。そうでなければ何もかも忘れて、尊い体に両手で縋り付いてしまいそうだった。 「俺の名を呼びながら果てればな……!」 「ひゃ、ぁ! ぁ、ああぁっ……!」  ゆるゆるとした突き上げが激しいものに変わった。腰を寝台から持ち上げられて、太く逞しいものが蜜溢れる窄まりを大きく掻き回す。力の入らない両腕は上半身を支えることもできず、敷物の上に突っ伏したままだ。そこだけ高々と掲げられた尻を掴んで、シェイドの主は貪欲な性奴隷の肉を激しく穿った。  腰の奥から鳩尾に掛けて、総毛立つような震えがまたも走る。足の間で揺れるものからトロトロと粘液を零しながら、シェイドは泣き声で主に許しを乞うた。 「……陛、下ぁ……もう、ッ……もう、だめで、す……っ!」 「懲りない奴だな……!」 「や!……ぁああッ!」  いらだたしげな声と共に、伏せていた上半身が持ち上げられた。  胡坐をかいた国王の膝の上に、両足を開いたあられもない姿で座らされる。無論、体の内側は杭のような牡に貫かれたままだ。自重で深々とそれを呑み込み、下腹の奥がゴリゴリと抉られた。 「ひあ!……ひぁあぅっ」  中で逝った証に萎えた男の象徴からまた蜜が溢れだした。もう何時間も抱き合っているのに欲情は尽きることなく湧き上がり、シェイドを何度でも高みに連れて行く。脱力して踏みしめることもできない足を後ろから抱えて、幼子に用を足させる姿でジハードは聞き分けの悪い愛人を揺さぶった。 「名を呼べと言ったろう。それとも俺の名を忘れてしまったか」 「あ!……ぁああ!……だめ、ぇ……ッ」  忘れてなどいない、忘れるものか。  首を横に振ってそれを伝えようとしたが、気性の荒い王はそんな答えでは満足しない。  汗に濡れた髪を掻き分け、白い首筋を強く吸って鮮やかな所有の印を残し、張りつめてツンと勃ちあがった乳首を後ろから交互に虐める。途端、鋭い声を放ってシェイドはまた昇りつめた。胸の粒も弄られ過ぎたせいで、ここだけで気をやれるほど感度が鋭くなっていた。 「……体の方は、こんなに素直なのにな……ッ」 「や……ぁ! あ――――ッ……!」  閉じた瞼の裏で閃光が弾けた。下腹がぎゅっと縮み上がり、体内の牡を締め上げるのが自分で分かった。脈打つ熱い肉塊はそれを振りほどくかのように大きな揺さぶりを掛けてくる。昇りつめている最中にさらに上へ上へと追い立てられ、シェイドはついに卑しい己の身分を忘れた。 「……ジハー、ド!……ッ、いぃ、逝く、逝きますッ……!」  尊い名を口に上らせれば、その背徳感がさらなる悦楽を呼び覚ます。  卑しい北方人の身の上で、神にも等しい国王の名を呼んで果てるなど、これほど罪深いことがあるだろうか。それなのに名を呼べば呼ぶほど、体の奥底から大きな愉悦の波が押し寄せてきて、もう止められはしない。 「そうだ。逝く時には、俺の名を呼べ……っ」 「また、逝っ、ァアアッ!……ジハードッ……ジハードッ!……!」  胸を苛む手に手を重ね縋るように握りしめながら、シェイドはまたとない深い絶頂を味わった。後ろから巻き付いた力強い両腕が、それに応えて抱き潰さんばかりの強さで全身を拘束する。 「……俺、も……ッ!」  深々と身の内に埋まったものから熱情の塊が勢いよく吐き出された。淫らな体は歓喜してそれを受け止める。溢れ出てくるほどの質量に自身も悦楽の証をトロトロと零して、シェイドは身を捩って泣き咽んだ。  激しすぎた交合の後で痺れて力の入らない体を、シェイドは国王に預けていた。  水で絞った手巾が敏感さの残る肌の上を撫で、汚れを拭き取っていく。こんなことを国王にさせてはならないと思うのに、絶頂を味わいすぎた肉体はいまだ嗚咽が収まらず、ひくひくと痙攣するばかりだ。 「……すまない、こんなに激しくするつもりはなかった。今日は王都に帰る日だというのに……」  腿の内側を丁寧に拭いながら、ジハードが幾分萎れた声で言った。  王都から遠く離れたこのミスルの離宮に来て、四度目の夜が明けようとしていた。王都を空けて五日目の朝だ。  今日は夜明けと共にこの寝台を離れ、馬車に揺られて王都への帰路につく予定だった。長旅を慮って、ジハードは抱き合って眠るだけにしようと言ったのだが、眠る前の口付けを交わすうちに二人とも昂ぶってしまい、そのまま後戻りできなくなってしまった。 「無理をさせたな」 「……いいえ」  その言葉に、シェイドは驚いて首を振った。  求めたのはシェイドの方だ。重ね合わせた腰の間でジハードの牡が熱を持っているのを感じ取り、足をそっと開いて自ら招いたのだ。奥侍従としての分を超えた浅ましい振る舞いだったが、王宮を遠く離れたこの離宮でならそれも許されるような気がした。 「ご温情を頂戴できて、身に余る喜びにございます……」  シェイドの言葉を聞いて、ジハードが笑みを漏らす気配がした。慈しむような優しい気配だ。シェイドはそれを感じて、満ち足りたような溜息をついた。  ジハードから与えられた祝福の言葉が、今も胸の奥に温かく残っている。  ――国王は、北方人の血を引く者たちも等しく己の民だと言葉にした。  王都の冷たく閉塞した宮殿の中でその言葉を聞いても、こんなふうに心に響きはしなかっただろう。遠く離れたこのミスルで聞いたからこそ、束の間といえども夢を見ることができたのだ。これが見果てぬ夢に過ぎないことは、よく理解しているつもりだった。  何世代にも亘って築き上げられた根深い確執は、例え勅令があったとしても容易く変わるものではない。第一ジハード自身が王位についたばかりで、まだまだ足下を固めねばならない時期にある。北方人の事などを考えている暇はとても持てないだろう。  それでも、この花溢れる離宮の中では、ジハードの言葉がいつか真になるのではないかと、そんな希望を夢見ることもできる気がした。 「シェイド……」  汚れを拭う手が止まった。  ジハードは手巾を床に落とすと、後ろからシェイドを抱きしめてくる。表情を見ることはできないが、その胸の温かさはシェイドにも伝わった。 「……俺のことを、少しでも愛してくれているか?」  背を包み込む胸の鼓動が痛いほどに伝わる。ジハードの声は幾分緊張を孕んでいて、シェイドはそれを不思議に思いながら首肯した。 「はい。心から敬愛しております」  迷う必要さえ無い答えだった。  ジハードはまるでウェルディそのものだ。勇猛で荒々しく、炎のように激しく。けれど気高く慈愛に満ちた顔も持っている。  父王ベレスの治世は穏やかながらも徐々に衰退の道を辿る時代だったが、ジハードが治める時代はそうはならないだろう。大海原を航海する船のように困難に満ちた旅となるだろうが、それを乗り越えればきっと今まで見たこともない新しい場所に辿り着く。そう予感させるような輝きが、ジハードにはあった。 「そうじゃない、シェイド……」  だが、後ろから聞こえた声はもどかしげだった。 「そうじゃない。王としてではなく、一人の人間として……。ウェルディの末裔ではない、ただの男としての俺を、少しは好ましいと思ってくれているか……?」  抱きしめる力はますます強く、まるでしがみつかれているようだった。  シェイドは困惑しながら、自分の体に回った腕に手を伸ばした。  ジハードは生まれながらに王となるべき、尊いウェルディの後継だ。ただの男としてのジハードなど、初めからどこにも存在していない。  存在しないものにどんな敬意を払えば良いのか、シェイドには見当がつかなかった。 「もし、俺が王でなければ……」  小さく呟く声がする。シェイドは目を閉じ、背中越しの温もりと胸の鼓動を感じ取った。  ジハードの腕の中は心地よかった。温かさを感じるうちにトロリとした眠気に襲われて、シェイドはゆっくりと息を吐いた。  この温もりは、果たしてジハードが国王でなければ、冷たく味気ないものだったのだろうか。この胸の鼓動も、肌を通じて響くことなどなかったのだろうか。  ――きっと、そうではない。ジハードが王でなくとも、この腕の心地よさはきっと変わりはしないはずだ。ならば、自分が抱く敬意も少しも損なわれることなどない――。  そう言おうとしたのだが、答えを口にするより前に穏やかな眠りの波に覆われて、シェイドは温かい腕の中で安らいだ寝息を零した。 (※ここから鬱展開と暴力表現が続くので、苦手な方はお気をつけください。今回更新分はこれ以降甘い話はありません)

ともだちにシェアしよう!