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第34話 洗礼の秘薬

「何用です」  しまった、と思いながら、シェイドは毅然とした態度で問いただした。  ラナダーンに教えた額環の在り処を、この男たちは疑いもしなかったのか。偽りを教えられた時のために、実物が手に入るまでは命を奪われることはあるまいと思ったのだが、それはとんだ誤算だったのか。  塔にいる国王の身を思いながら、シェイドは部屋に入ってきた五人の男を確かめた。揃いの制服を着た、ベラードの領兵たちだ。帯剣はしていないが、虜囚一人を始末するくらいは武器がなくとも為せる。 「な、に……!」  男たちは無言のまま進み寄ると、数人がかりでシェイドの体を寝台に押さえつけた。巻き付けていた掛布を剥ぎ取って裸の四肢を拘束し、口の中には悲鳴が漏れぬよう丸めた布を押し込む。磔の形に完全に押さえ込まれたシェイドを、ラナダーンの残していった椅子に掛けた老人が静かに見下ろした。 「……畜生の分際で、玉座を欲するとはな……」  ゾッとするほど冷えた声が投げられた。  押さえつける男たちとは別の、一人の領兵が寝台のすぐ脇に近づいてきた。その手には掌に収まるほどの細長い瓶が握られている。  褐色の硝子でできた遮光瓶の中は、粘性の高い液体で満たされているのが透かして見えた。領兵は懐から細長く削られた白木の棒を取り出すと、先端を瓶の中に入れて掻き回した。棒を引き抜くと先端には濃い緑色のどろりとした液体が絡まっている。棒の先端部分には数か所切れ込みが入っているらしく、溝になった部分から粘液がトロトロと零れ落ちた。 「身の程を知らん家畜にぴったりの薬がある。三度も使えば病みつきになって、居ても立っても居られぬようになる『洗礼』の秘薬だ」  老人の言葉を受けて、薬瓶を握る領兵が興奮を押し殺すように顔を紅潮させた。 「やれ」 「……ンンッ……!」  薬を持った男が腰のあたりで屈みこむのを見て、シェイドは四肢をもがかせた。両足と両手を押さえる男たちは屈強で、シェイドが渾身の力を込めても手足が痛んだだけでびくともしない。布を押し込めた口と上半身を押さえる領兵が抑えきれない笑いを漏らしていた。 「ここらの娼館じゃ逃げた奴隷によく使われる手だ。じっとしてろよ」  薬を手にした領兵が萎えて縮み上がったシェイドの男根を手に取り、先端を剥き出しにした。瓶から抜き出された白木の棒が、緑色の粘液を滴らせながら先端に近づいていく。  溝から落ちた滴が敏感な場所を緑色に染めたと思うと、焼けるような感覚がそこに広がった。体を強張らせて息を飲んだ次の瞬間、棒の先が亀頭に開いた小さな穴の中に潜り込んだ。 「ン、ンン――――ッ……!」  今まで味わったことのない痛みにシェイドは全身を突っ張らせて呻いた。狭く細い穴の中を、ほとんど同じほどの太さの棒が肉を軋ませながら潜っていく。突き刺されるような痛みと沁みて焼ける感覚に全身を跳ねさせたが、待ち構えていた男たちはそれを押さえつけた。 「――じっとしてろ! 棒が折れたら取り出せなくなるぞ!」  終いにはそう恫喝され、シェイドは全身に汗を浮かべながら抵抗を止めた。大人しくなった獲物を握り直して、男がさらに棒を深く沈めていく。じっとしていなければと思っても、両足が自然と震えるのは止められなかった。  焼け付く痛みを伴いながら、棒は信じがたいほど奥まで進んだ。体を突き破って内部にまで入り込んでいるのではないかと思うほどだった。  全長の半分以上が入ったところで、男はやっと手を止めた。冷たい汗がじっとりと全身に滲んでいる。早く抜いてくれと願うシェイドの目の前で、男は溝に入り込んだ薬を擦り付けるように、ゆっくりと棒を回転させ始めた。 「……ウッ……ン、ン――ッ!……」  裸で磔にされているせいか、全身を濡らす冷たい汗のせいか、寒気がして震えが止まらなくなってきた。下腹も痙攣している。それなのに、男はまだ棒を抜こうとしなかった。もう十分奥まで入れて、付着した薬もすべて擦り込んだはずだというのに。  マクセルに視線を転じてみたが、老人は何かを待つように泰然と椅子にかけたまま、厳しい表情でシェイドを観察していた。手足を拘束する男たちも、声を出せぬよう口を塞ぐ男も、もはや興奮を隠さずギラギラした目つきでシェイドを見ている。  いったい何を待っているのかという疑問はすぐに解けた。棒を入れられたままの局所が、じくじくした痒みを生じるとともに血を上らせて張りつめ始めたからだ。 「……ゥン――――……」  棒を呑んだ屹立が硬くなり、大きさを増していく。  ささやかな男の象徴が育つにつれ、内部で棒が擦れて、両足の震えが止まらないほどの疼きが生まれる。意志に反して腰が揺れ、収縮する後孔からラナダーンの吐き出したものが零れ出てきた。  犯されたばかりの肉環が、パクパクと物欲しげに口を開けているのがわかる。この中を太いもので満たして、内側から疼く場所を突き上げてほしいと。  モジモジと身を捩ると、濡れて汚れた敷布に臀部が擦れる感触すら気持ちいい。全身の肌が過敏になって、覗き込む男たちの息遣いだけでもどうにかなりそうだった。 「どれ、頃合いか……?」 「……ゥンッ!……ンウウゥ――ッ!!」  ごくりと唾を一つ飲み込んだ男が、ヒクヒクと揺れる白木の棒を抓んだ。中でゆっくりと捩じられ、シェイドは全身を突っ張らせた。頭の後ろの方で何かが弾け、痺れるような疼きが腰の奥から背骨を走り抜けてくる。 「ゥンウウゥ――――ッ……!!」  棒がゆっくりと引き抜かれた。抜け出ていくときの痛みと快感は、他の何にも例えられないほど強烈なものだった。総毛立つほどの悍ましさは、同時に強烈な射精の快感にも似ていた。  無意識のうちに再びの挿入を強請るように腰を突き上げたが、棒が再び尿道を貫くことはなかった。その代わり、足を押さえていた領兵が寝台の足元から乗り上がってきた。 「そら、行くぞ」  迎えるように足を開いたのはシェイドの方だった。飢えて口を開いた肉壺に、男は取り出した逸物を前戯もなく突き入れる。砦の中に女がいないのは領兵の方も同じなのだろう。すぐさま闇雲に突き上げてくる男を受け止め、シェイドは両足でその腰を引き寄せた。自分の望みの場所を思うさま擦り上げてもらうために。  硬く荒々しいものが勢い任せに突き入れられる。労わりも技巧も何もない。それなのに、その無茶な動きに体の芯が激しく炎を上げて燃え上がる。 「……ン、フゥッ、……フゥウウ――ッ!……ッ」  中を突かれて、シェイドは泣きながら昇りつめた。  先程ラナダーンに組み敷かれて理性もなくすほど中逝きしたばかりだというのに、あんなものは喉を潤したに過ぎないのだと言わんばかりだ。蜜壺がいやらしい濡れ音を立てて男の性器に吸い付いた。もっと奥の方を擦って、溺れるほどに精を注いでほしいと渇きを訴える。 「あぁ……すげぇ、搾られる……ッ!」  大声で喚きながら一人目の男が欲望を解放した。腹の中に温かいものがドッと溢れかえり、太い異物が生き物のようにびくびくと跳ねる感触に口も利けない。燃え上がった昂りは治まることなく再び襲い掛かってくる。逝ったばかりだというのに、また昇りつめる。 「……フゥ、ウ――ッ……!」  噛み締めた布の隙間から吐息を漏らして胴震いすると、腹の上に薄い緑色の蜜が広がった。  快楽の証の蜜に薬の名残が混ざっていた。粘液の通り抜けたところがむず痒いような熱を帯び、ますます疼きが辛くなる。早く次の男に中を擦ってもらわなければ、欲しくて欲しくて、このまま気が触れてしまいそうだ。 「……盛りのついた雌犬め」  老人が蔑み切った様子で吐き捨てたのが聞こえたが、とても我慢などできない。男の部分も、女として使われる場所も、ジンジンと疼いてじっとしてなどいられないのだ。 「ンンッ……ゥンンッ……!」  尻を振って次を強請る。白木の棒を扱っていた男が二番手の名乗りを上げた。  余程女に飢えているのか、この男も挿入を果たした途端叩きつけるように動き始めた。尻を叩かれ、中を懲らしめられているような被虐的な気分が一層体に火をつける。こんな扱いをされているのに、感じ入って男を絞り込む我が身の貪欲さを軽蔑しつつも、頂へ向かって駆け上っていくのは止められない。 「……オッ、オッ、オッ、……ヒゥウッ!……イフゥウウゥ――ッ!……」  両腕はもう掛布の端で軽く縛られているだけだった。口に押し込まれていた布も半ばまで出て、舌で押せば吐き出せそうだったが、どうにかしようという考えに至らない。  両方の乳首を男たちに嬲られてきつく引っ張られるたびに体が跳ね上がる。そこはジハードに教え込まれて、とても敏感になっているのに、そんな風にされたのではまた逝ってしまう――。  びく! と全身を強張らせた後、失禁したような量の蜜が、まだ薄く緑みを帯びたまま延々と流れ出た。 「……そろそろ、その畜生も自分の立場を分かった頃だろう。札をつけてやれ」  五人の領兵が一巡し、一人目の男が二度目を挑んできたときだった。悦びの連続に恍惚となった頭に、老人の言葉が届く。取り囲む男たちに一瞬緊張が走ったのも分かった。  一人目の男がゆっくりと身を沈めてきた。一度目には荒っぽく腰を突き上げるばかりだった男が、今度は身を深く沈めたまま身体を小刻みに揺らし始めた。奥を優しく揺らされる感触が今まで受けた荒々しさとはまた違って、もどかしさを伴った切ない快感を連れてくる。  啜り泣きを漏らしながら、男の動きに合わせて尻を振っていると、左の胸が冷たく濡らされる感触があった。酒精の匂いがツンと立ち、濡れたところがすぐにカッと熱を持ち始めた。 「……ンゥ……ッ!」  乳首を強く引っ張られてまた果てそうになりながら、胸元を見たシェイドは、信じがたい光景に目を見開いた。  最初に薬瓶を扱っていた男が、今度は片手に太い針のようなものを握っている。逆の手ではシェイドの胸の柔肉を千切らんばかりに引っ張っていた。狙いを定めるようなその様子に、胃の腑がぎゅっと縮み上がった。――まさか、こんな場所を針で貫こうというのか。  冷水を浴びたように熱も冷めて老人を振り返る。視線で問うように見つめるシェイドに、老人は片方の口角を上げて見せた。  その時――。 「何をしている!? ――お祖父様までいったい何を!?」  一通りの手配を終えたらしいラナダーンが部屋に戻ってきた。寝台を囲む配下たちを睨みつけ、蹴散らさんばかりの剣幕で駆け寄る。だが、その眼前に椅子を離れたマクセルが立ち塞がった。  憤るラナダーンに動じず、老将は未熟で年若い孫を軽くいなすように語りかけた。 「狼狽えるな。昔から北方人は奴隷と相場が決まっておる。牛に焼き印を押すのと同じことだ。持ち主が何者か分かるように札をつけておかねば、この畜生は誰彼構わず尻を突き出すからな」  寝台を取り囲む男たちから失笑が漏れた。  ラナダーンは顔を真っ赤にして睨んだが、その口から祖父を止める言葉は出なかった。マクセルは満足そうに頷き、作業を続けるように手で合図する。 「お前もよく見ておきなさい。これらは人ではない。首に縄をつけ、鞭で追って牛馬と同じように働かせるのが、この国での正しい使い方なのだ」  老人の言葉を、シェイドは怒りと絶望とともに聞いた。北方人とは、この国ではまだそういう存在なのだ。  王宮の中でシェイドが受けた蔑みなど、ぬる湯に浸かっているようなものだった。王宮の外では文字通り、北方人は物言う家畜にすぎない。ジハードが示してくれた温情こそが、特別なものだったのだ。  だとするならば、この男たちは政権を握った時に、いったいこの国をどう導いていくつもりなのだろう。  外からは隣国と無法者たちが国の四隅を切り取ろうとしており、内には北方人という今にも爆発しそうな大量の火種を抱えている。国防のための資金は権力争いに費やされ、二つの民族は憎しみ合い、平野からは働き手が消え、砦は廃城に畑は荒野に変わっていく――。  シェイドはラナダーンを見つめた。次の玉座に座らんとする、自分とは似ても似つかぬ異母兄を。  ラナダーンもまたシェイドを見つめ返してきた。明るい栗色の瞳は瞳孔がせわしなく揺れ、逡巡と動揺に襲われているのが見て取れた。  その瞳の色は、生粋のウェルディリア人には持ちえない、明るい褐色の――。 「……ッ!、ゥ、ヴ――――――ッ……!!」  それ以上考えることはできなかった。左の胸に千切り取られるような激痛が走った。脂汗を浮かべて跳ね上がる体を男たちが四人がかりで押さえつける。 「ヴヴ――――ッ!……ゥグゥウウウ――ッ……ッ」  ブツ、と皮膚を貫通した衝撃の後から、鼓動に合わせて脈打つ痛みが頭の芯まで響くほど襲ってきた。怖ろしくて見ることもできないが、乳首が倍にも腫れ上がったような感じがある。  今まさに刃物で切り取られているのではないかと疑うほどの苦痛の中で、傷口に異物が通され、小さな丸い金属が火照った肌の熱を吸い取った。肉を貫く奴隷の証が付けられたのだ。  精も根も尽き果ててぐったりと四肢を投げ出したシェイドを、男たちは仕上げだと言わんばかりになおも貪ろうとする。  力ない脚を抱え上げて再び挿入しようとした男の肩を、祖父を押しのけて近寄ったラナダーンが掴んだ。 「札が付いた以上、その北方人は私の所有物だ。――下がれ」  マクセルが領兵を連れて部屋を出た後も、ラナダーンは頭の中を整理しきれないように暫く佇んでいた。  迷いと苛立ちがその顔に交互に現れる。ジハードとそっくりの顔で、ジハードがシェイドの前では見せなかった表情だ。  やがて心が決まったらしく、ラナダーンは振り切るように息を一つ吐いて上着を脱いだ。胸の隠しに入れてあったものを取り出し、冷えた体を投げ出したままのシェイドの上に脱いだ上着を被せる。吐き出す気力も失っていた口の中の布を取り除き、縛られたままの両手を解放してくれた。  胸の傷を確かめ、清潔そうな手巾を宛がった。男たちの指の跡がついた手足をさすり、隣の部屋から体を覆うための新しい掛布を持ってきてくれた。  少しの迷いを見せた後、大きな手が涙の跡が残る頬を武骨そうに拭った。こんな風に人の頬を拭ってやるのは初めてだとわかる、ぎこちない手つきだった。  ラナダーンは投げ出されたままのシェイドの手を取ると、その掌に上着の隠しから取り出したものを握らせた。それは掌より少しばかり大きいだけの、古びているが装丁のしっかりしたウェルディの経典だった。 「……今日をもって北方の神への信仰は捨て、ウェルディに帰依してくれ。王となる者にはそれが最低限必要だ」  誰かに聞かれるのを憚るように、ラナダーンが小さく囁いた。  部屋を出ていく前に交わした契約――シェイドが王位を継ぎ、ラナダーンを王位継承者に指名する――を履行すると伝えたのだ。祖父の言うなりになってシェイドを奴隷として扱うことはしない、と。  ラナダーンの囁きに、シェイドは受け入れたことを示してゆっくりと二度瞬きした。  ほっとしたように顔を綻ばせ、後からまた手当に来ると言い置いてラナダーンは部屋を出て行った。  ――鍵が閉まる音を聞きながら、シェイドはそっと手を動かした。手に握らされた経典を両手で大切に包み込む。道具が、また一つ手に入った、と。

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