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第36話 傭兵たちの祝宴

 陽のある間は随分温かく感じられる日が増えてきたが、太陽が沈んでしまうと夜風はまだまだ冬の名残を残している。  窓に開いた隙間のせいで、この部屋の足元はひどく冷えた。体力を温存するために、シェイドは寝台の上で掛布と毛皮を巻き付けて蹲っていたが、待ち人はなかなか現れなかった。  扉が音を立てないよう慎重に開けられるのを聞き分けたのは、砦の中の喧騒が鎮まり、夜回り番以外の兵士たちが体を休めようという刻限だった。  今夜は厚い雲に隠されて星さえも顔を見せぬらしい。真っ暗闇の中を足を忍ばせて近寄ってくる人影に、シェイドは顔を向けてそっと名を呼んだ。 「……コーエン……?」  黒い人影に一瞬緊張が走り、次いで破顔する気配があった。 「そうだ。待ってたか、俺を」  潜めた声で言いながら手探りで近づいてくるのは、傭兵たちを束ねる髭の男だった。きっと今夜は来ると思っていた。二人の領兵は最後まで事を終えたが、この傭兵だけは乱入してきたラナダーンによって追い出された。そのせいで欲望を中途半端なまま燻らせている。このまま黙って大人しくしているとは思わなかったのだが、期待した通りだった。 「寒い……」  自分の方に呼び寄せるために、シェイドは小さく呟いた。声を頼りに距離を詰めてくる相手に、夜目の利くシェイドは自ら立ち上がって、腕の中に体を預けに行った。温もりを求めるように身を擦り寄せ、両腕を広い背中に回してぎゅっと抱き着く。 「来てくれて嬉しい……とても寒かったから」  甘えるように囁くと、気を良くしたらしい傭兵の頭はシェイドの顎を持ち上げ、口を吸ってきた。この男に口を吸われるのは初めてだった。  腰を抱いて押し付けられた足の間を、興奮に硬くなった逸物が突く。酒臭い息に顔を顰めているのを悟られないよう、鼻にかかった声を上げて唇を合わせながら、シェイドは男を煽り立てるように腿を擦り合わせた。男は機嫌よく笑った。 「若様のアレじゃ満足できなかったんだろう……」 「ん……っ」  硬い指が右の乳首を弄り始めた。シェイドは小さく喘ぎながら、背に回していた両腕を持ち上げ男の首に縋りついた。耳朶に唇を掠めて熱っぽく囁く。 「……コーエン。私をここから連れ出して。お願いだ……」 「何を」  一笑に付そうとした男を、シェイドは頬に額を押し付けて黙らせた。 「聞いて。このままここにいたら、私も貴方も殺される。……アリア様が領地から私兵を呼び寄せた。ラナダーンは味方だと思っているようだけど、地下牢での言葉を聞いたでしょう。あの方は邪魔になる者の口を封じて、ご自分が国王陛下を助けたことにしようとなさっている。だから……」  これ以上は怖ろしくて言えない。そう装って言葉を途切れさせた後、シェイドはコーエンの出方を観察した。  確証を得たわけではないが、十中八九、今言ったことは近いうちに現実のものとなるだろう。  ナジャウ公が治めるエル・ウェルデ領は元は王室の直轄領だった豊かな土地だ。その領地を維持するために、良く鍛えられた精鋭の私兵軍を多数抱えているのは間違いない。  彼女は機を見て領地の父親に、国王ともども逆賊に囚われたので助けて欲しいという知らせを送るはずだ。ナジャウ公の出した軍は傭兵ごと皆殺しにして口を封じ、国王には命を助けたという恩を売る。そのためにこそ、彼女は初めから自分の領地の兵を使わずに、金銭で片付く後腐れのない傭兵を雇っているのだ。 「…………」  コーエンが黙り込んだ。  元からコーエンも、少しは怪しんでいたはずだ。大貴族の姫君であるアリアが、どうしてわざわざ自分たちを雇ったのか。国王を捕らえてからは塔に籠りきりで指示一つ出さずに放置しているわけも、これで納得がいったはずだった。 「助けて。こんな逃げ場のない砦の中で、大勢の軍隊に追われて殺されたくない」  コーエンを動かすために、シェイドは恐怖を煽る言葉を敢えて選んだ。  信じるか、信じないかは五分五分だ。だがここでコーエンを動かすことに成功すれば、ジハードが無事脱出できる公算は格段に高くなる。シェイドは怖ろしさと嫌悪を堪えて、自分から髭に覆われた唇を吸いに行った。  目を閉じて息を一つ吸い、覚悟を決めて声を絞り出す。 「……助けてくれるなら何でもする。今から階下に行って、皆の前でそれを証明したって良い。私が……貴方に飼われる奴隷だと――」  語尾が震えて消えた。  足に当たる剛直が硬さを増したと思った瞬間、シェイドの身体は軽々と男の肩に担ぎ上げられていた。  一階にある傭兵たちの詰め所は、広い土間にあちこちから持ち寄った寝床を据えただけの寒々しい場所だった。  五十人には少し足りないが、むさ苦しい男があちこちに転がって、眠っている者もいれば酒を飲んでいる者もいる。そこへ獲物を担いだ首領が足音も高く入って行った。  戦勝を上げた将軍のように、コーエンは高々と宣言した。 「窓を閉めろ! 灯りを全部こっちへ持ってこい! 今夜はこの辛気臭いボロ城を出ていく前祝いだぞ!」  寝入り端を起こされた傭兵たちは目を擦って抗議しかけたが、床に下ろされた獲物の姿を認めると慌てて駆け寄ってきた。窓という窓が外から見えぬように閉められ、壁際に置かれていた灯りが集められる。見世物小屋を囲む見物客のように、鼻息を荒げた男たちがコーエンとシェイドの周りに輪を作った。――もう、逃げ場はない。  四方から好奇と欲望に満ちた視線を浴びながら、シェイドは自らの選んだ道の怖ろしさを今更ながらに噛み締めた。膝に力が入らず腰が抜けたように座り込み、床に突いた手も震える。悪い夢を見ているのだと思いたいが、これは現実だ。  思い描いた計画は上手くいきすぎたほど思惑通りに運んだ。後は部屋を訪れたラナダーンがこの騒ぎに気付いてやってくるまで、男たちを引き付けておけばいい。そうすれば、ラナダーン配下の領兵と傭兵たちの間で騒ぎになって、その分ジハードは安全にここを脱出することができる。 「おい、こいつらの前でさっき言ったことを証明して見せな」  不揃いになったシェイドの髪を掴んで、傭兵の頭は仲間に見せつけるように、白い顔を膨らんだ股間に引き寄せた。男たちの視線を感じながら、シェイドは忠誠を示すようにズボンの膨らみに口づけした。 「わ……私は……コーエンに飼われる、奴隷……です……」  あちこちから控えめな口笛が飛び、頭の上でコーエンが満足そうに笑う気配がした。 「そうか。……なら奴隷らしく、まずはご主人様に口で奉仕してもらおうじゃないか」  部下を得意げに睥睨しながら、コーエンはいきり立った肉棒を取り出した。重量感のあるそれで痩せた頬を叩く。 「口を開けろ」  一瞬何を要求されたかわからずに、シェイドは目を見開いてコーエンを見た。まさか……と凍り付いたように見上げるシェイドを見て、周りから囃し立てるような口笛が飛んだ。 「なんだお前、もしかしてコイツを咥えたことがないってのか。お上品なことだな、王様は。だがお前は今日から俺の奥侍従だ。目ぇ瞑っててもご主人様のアレが分かるように、しっかりしゃぶって味を覚えるんだな」 「……ッ、ウ……!」  顎を掴んで開けさせられた口の中に、筋を浮かせた肉の塊が入り込んできた。今朝も尻の中を掻き回したばかりの、噎せるような匂いを放つ不浄の肉塊だ。反射的に吐き出そうとする舌を奥へ押し込み、醜い怒張が奥まで押し込まれた。 「オッ……ェ、ッ……」 「吐くんじゃねぇぞ。歯も立てるな」  弱々しく抗うのをものともせず、コーエンは両手でシェイドの頭を掴んで股間へと引き寄せた。喉の奥にピクピクと跳ねる肉塊が突き当たった。シェイドの全身から汗が滲み始めた。  喉を突かれると胃の腑が捩じれ、意志に関わりなく奥から何かがせり上がってくる。緩い唾液が開いたままの唇からダラダラと流れ、腹の底から何かが溢れ出そうだ。  もうこれ以上は無理だと感じた瞬間、肉塊は歯列の縁まで退いた。 「……ッ……ふ……ぁ……!……ング、ッウ……!」  シェイドが白い額にびっしりと玉の汗をかいて息を継ぐのを、コーエンは悦に入って見下ろし、その呼吸が整うのを待たずに再び頭を引き寄せる。絶望と苦悶の表情が浮かぶのを愉しみながら、張り出した雁の部分で舌の付け根をグリグリと抉り、硬い毛に覆われた下腹に鼻を押し付けて呼吸を塞ぐ。 「そら、ちゃんと舌を使ってご奉仕しねぇと、このまま離してやらねぇぞ」  全身に脂汗を滲ませながら、シェイドは口の中の肉塊に舌を這わせた。匂いを嗅ぎ味を感じると、否応なしに吐き気が込み上がってくる。 「舌の先を使って、隅から隅まで綺麗にするんだ。唾は吐かずに飲み込め。こいつもできねぇで一人前の奴隷だなんぞと言わせねぇぞ」 「……ンゥウッ、……ハッ、……ハァッ、……」  唇まで退いて行った瞬間に、急いで舌を使う。喉の奥を突かれるのは耐えがたいほど苦しく、恐怖さえ感じるほどだ。あれを味わうくらいなら、自分からこの肉棒を舐め回した方がいくらかましだ。  だがどれほどシェイドが従順に奉仕しても、コーエンが情けをかけることはなかった。再び頭を両手で掴み、存分に怯えさせた後で容赦なく奥まで突き入れる。 「……ウッ、ブゥッ…………!、ウェ、ッ……ェッ!」  怒張を喉奥に突っ込まれたまま頭を押さえつけられ、ついに耐えきれずシェイドはえづいた。  痙攣する胃には昼から何も入れていないが、胃液だけでも絞り出そうというかのように激しく捩じれる。ひっきりなしに腹を波立たせ、座った姿勢で全身を跳ねさせるシェイドの口から、水っぽいものが噴き出した。  コーエンが忌々し気にシェイドを離し、床に投げ捨てた。 「下手くそが!……二度と粗相できねぇように仕置きだ!」  床に這いつくばって呻くシェイドの耳に、興奮しきった様子で『仕置きだ!』『仕置きだ!』と唱和する傭兵たちの声が聞こえた。まだ残る吐き気に荒い息を吐く身体が、四方から伸びた手に拘束され、床の上に大の字に磔られる。  涙で霞む目でコーエンを見上げれば、傭兵の頭は仲間から小さな容器を受け取るところだった。掌に収まるほどの小さな素焼きの壺には、細い木の枝のようなものが差し込まれている。  どこかで見た造形に目が離せなくなったシェイドは、壺から引き抜かれた枝に緑色の粘液が纏わりついているのを見て、引き攣った鋭い悲鳴を上げた。 「嫌!……嫌だッ!」  全身で暴れ出したシェイドを、笑いを深めた傭兵たちが骨も折れんばかりに床に押し付ける。コーエンは壺を仲間に持たせて、粘液が滴り落ちる木の枝をシェイドの顔の前に見せつけた。 「えらい好き者だと思ったら、もう『洗礼』を受けていやがったか。今までに何回受けた? もう三回目も終わってるのか?」  細い木の枝をコーエンが振り回すと、とろりとした粘液が胸の上に飛び散った。  マクセルの連れて来た領兵は硝子の瓶に滑らかに削られた白木の棒を刺していたが、コーエンが手に握るのは端を削っただけの木の枝だった。先端は節の部分で折り取ったらしく歪に膨らんでいる。灯り取りの炎を受けててらてらと光るその先を、コーエンは環に貫かれた左の乳首に擦り付けた。 「いゃッ! アッ!…………ぁ……」  塞がり切らない傷口に粘液が滲みる。ピリピリとした痛みに全身を強張らせた直後、じくじくする痒みが金属を食む小さな肉粒に広がった。  触られなくても腫れ上がっていた肉粒は、粘液の入り込んだ傷口から熱を持ち、そこに小さな心臓が生まれたように脈打ち始めた。熱くて、痒くて、堪らない。  磔にされた体を悶えさせるシェイドを見下ろして、コーエンは枝の先端に輪を引っかけ、ゆっくりとそれを引っ張った。広がる傷口に秘薬が入り込み、揺らされるたびに燃えるような感覚が生じる。 「や、め……あぁッ!……あひぃ! や、ひぃいい――ッ!」 「一度受ければ淫婦になり、二度目を受ければ犬になる。……三度受ければ掃き溜めの穴とはよく言ったもんだ。どうだ、乳首だけでイケちまうだろ?」  輪に引っ掛けた木の枝が引かれ、乳首が形を変えて伸び切った。  木の枝に嬲られて叫びながら、シェイドは唯一自由になる頭を狂ったように左右に振った。  ついさっきまで腫れて痛みを訴えていた胸の粒が、今は硬い枝にいたぶられて喜悦に震えていた。肉の形が変わるほどコリコリと突かれるのが好い。肉を貫く輪に引っ掛けて、千切れそうなほど引っ張られるのが好い。輪を回されて、まだ癒えきらない傷口に粘液が擦り込まれると、火を押し付けられたような熱い痛みを感じて、それが失禁しそうなほど好い。  乳首だけで腰がすっかり抜けてしまうほど心地よかった。 「さぁて。本番に行くか」  コーエンは小枝を壺の中に戻して掻き回した。粘度のある液体がほとんど加工されていない木肌にべったりとまとわりついている。片手にシェイドの硬く張りつめた屹立を握り、コーエンはその先端の窪みに棒の先を宛がった。節で断ち切られた小枝は先端が一番大きく膨らんでいる。 「……やめて! コーエンッ! それだけは……お願い、それだけは……ッ!」  枝は細かったが、膨らんだ先端部分は狭い尿道をまったく傷つけずに通ることが不可能な大きさをしている。無理矢理拡張して傷つけた粘膜に、あの秘薬を擦り込みながら奥へ入ってくるのだ。  そんなことをされればどうなるか、想像さえできない。 「コーエンッ!」 「……お貴族様とは一味違う、傭兵式の『洗礼』を堪能しな」  小さな切れ込みのようにしか見えない小穴に、コーエンは枝の先端を食い込ませた。なだらかな瘤になった先端を引っかけ、そのままゆっくりと奥へ押し込む。火を押し付けられたような感覚に、シェイドの口から悲鳴が迸った。 「いやああぁ!……ァアアア――ッ!……ヒ、ギィ、イイイィ――ィイイッ……ッ!」  滑らかに磨かれた白木の棒とは訳が違った。繊細な狭道を壊しそうなほど押し広げ、内部につけた微細な傷に刺激のある粘液を擦り込みながら進んでくる。  気も狂わんばかりの痛みと恐怖に泣いて許しを乞いたくとも、言葉すらまともに出てこない。生きながら腹を裂かれる家畜のような身も世もない悲鳴が続くのを、命のやり取りに慣れた傭兵たちは興奮の顔つきで聞き入っていた。  跳ね上がる手足を何本もの腕が押さえつけ、枝を呑まされる憐れな男根をそれに倍する目が見つめた。高く掠れたシェイドの悲鳴以外は、声一つ上げるものもない。ぎらつく視線に見守られて、震える肉の小穴の中に枝が根元まで押し込まれた。 「そら、入ったぞ! このまま『穴』にしてやるから、男狂いに狂っちまえ!」  コーエンがシェイドの両足を肩に担ぎあげて挑みかかってきた。潤すことさえないままの挿入だったが、尿道を小枝に塞がれて苦悶するシェイドは痛みを感じる余裕もなかった。  勇猛さを誇示するようにコーエンはいきなり激しい突き上げを始める。肌がぶつかる乾いた音が鳴るたびに、自失して虚ろに開いたシェイドの口からは『……アッ、アッ、アッ』と押し出されるような呻きが漏れた。  屹立が根元から焼き切れてしまいそうな苦痛は、さながら毒が全身に回るがごとく、時間の経過とともに甘苦しい官能に姿を変えた。  コーエンの膨れ上がった怒張が体の内側から性感を苛み、尿道を貫く枝は体の芯に揺さぶりをかけた。下腹から鳩尾まで走り抜ける悪寒は震えるほどの快楽に変わり、喉元を通って後頭部に達する頃には幾つもの火花を頭の中で弾けさせた。 「……ああぁ!……いぃい、い、くぅううッ……やぁああぁ、い、いぃ……ッ!」  白い両足が男の腰を引き寄せ、腰が濡れた音を立てながら踊り狂った。  身体の内側から昇りつめて気をやろうとするが、蜜が噴き出すはずの道筋は残酷な木の枝に塞がれている。腹の奥に行き場のない熱が渦巻き、解放を求めて荒れ狂った。声を絞り出して叫ぶことでしか、この終わりのない苦しみを和らげることはできない。 「いかせてぇ……もう、もう……ッ、ひぃああぁッ!……ぁあああ――――ッ!」 「思う存分、ッ……昇天しやがれ……ッ」  尻の奥に熱いものが撒き散らされた。禁断の快楽に溺れた肉壺は、一滴も零すまいと中の肉棒を締め付ける。それを振り切るようにコーエンが身を離した途端、すぐさま次の男が入り込んできた。荒々しい性急な動きに合わせようと思う間もなく、顔に跨った別の男が口を抉じ開け喉を突いてくる。 「あ、ぉおッ……!……オッ、オッ、……ウブゥゥッ!……ッ」  両方の乳首を苛まれ、枝が刺さったままの屹立と、その下にある張りつめた双玉までもが嬲りものにされる。息苦しく噎せ返るような精の匂い。濡れた場所を掻き回す水音。肌を叩く衝撃と体の芯を揺さぶられて脳髄まで走り抜ける痺れ。  幼子のような頼りない泣き声がどこから聞こえてくるのかも、もうわからない。 「ヒッ、……いひぃッ!……と、ける……ッ……とけちゃう、ぅッ……!」  恍惚のあまりに啜り泣きながら、シェイドは脳裏にただ一人の姿を思い描いた。  顔を縁取るのは緩く波打つ漆黒の髪、双眸はどこまでも深い闇色。腰の奥に響く心地よい美声。力強い腕、日に焼けた浅黒い肌、温かくて広い胸。――神殿の壁画から、そのまま地上に降り立ったようなウェルディの申し子。  戦神の現身にして、この世に二つとない生きた至宝。――シェイドが守るべき、たった一人の相手。 「……ド……、ジ、ハ……ッ……」  生きながら火に投げ込まれてもいい。身体をバラバラにされて、獣の糧になっても構わない。  ジハードさえ生き残り、自分を覚えていてくれるのなら、どんな代償でも支払うだろう。この世界の全てを焼き尽くせというのなら、そうして見せよう。  それは彼が王だからでも、血の繋がった兄弟だからでもない。  ジハードという名の人間が、シェイドにとっては生まれてきた意味そのものだと知ってしまったからだ。誰かを愛しいと思う気持ちが、これほど熱く激しいものだと、知ってしまったからだ――。  朦朧とする意識の中で、自分のものではないいくつもの悲鳴と絶叫が耳に届いた。  群がっていた男たちが手を離し、何かを叫んで逃げ惑う。床の上に取り残された体に、温かく鉄錆臭い体液が何度も降り掛かった。  ぼんやりと開けたままの目に、両手に傭兵を吊り下げて藁人形のように振り回す巨漢と、人脂をこびりつかせた長剣が弧を描いて肉を断つさまが写った。 「……ジ、ハード……?」  鬼神の形相で剣を振るうのは建国の男神だ。丸腰や半裸の傭兵たちを一方的に屠るさまは、まさに無慈悲な戦の神が憤怒をもって人間を粛清する姿そのものだった。 「オオオオォ……ッ!」  獣のような雄叫びが聞こえる。剣戟の音が響いた。  無謀にも戦神の剣に挑んだコーエンは、後ろに下がった拍子に岩のような大男に頭を掴まれ、そのまま壁に投げ飛ばされた。石の壁が赤黒く染まり、床に落ちた体は砂を詰めた袋のようにピクリともしなくなった。神に挑んだ男の末路だ。  武器を持たぬ傭兵たちは半裸のまま窓を破って散り散りに逃げていく。怒れる神に戦いを挑むものはもういない。逃げていくものを追いはせず、血染めの男神は肩を大きく上下させながら、大股にシェイドの元へ近づいてきた。なんと怖ろしく気高い姿だろうか。  ――ウェルディ……。  喜びをもって、シェイドは男神を見上げた。  ――私は今満ち足りて……幸福です……。  手に下げた長剣から、血が滴り落ちる。  床に落ちる赤い滴を目で追ううちに、深い眠りに誘われるように、シェイドの意識は暗闇の中へと沈み込んでいった。

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