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第50話 最終話 王宮の花
もう二度と戻ることはないと思った白桂宮の中を、シェイドはジハードに抱かれて進んでいく。廊下に待機していた侍従たちが道を空け、次々と膝を折って首を垂れた。その様子が、婚姻の日に大神殿で祝福を受けた時のことを思い出させる。
あの時は儀式の意味など考えてみる余裕もなかった。けれど、男神の前で誓いの言葉を述べた瞬間、――シェイドは確かにジハードの伴侶として、魂を結びつけられてしまったのに違いない。
そうでなくて、どうしてこんなに心惹かれてやまぬわけがあるだろうか。
ジハードは寝台の上にシェイドの身体をそっと降ろし、上から覆い被さった。
黒曜石の瞳に、白い髪を枕に散らして横たわる自分の姿が映っている。薬のせいで全身が痺れて、言葉さえも満足に紡げないというのに、ジハードを見つめる二つの青い目は心を雄弁に語っていた。――愛しい、恋しいと。
こんな目をしていたのでは、どれほど懸命に偽りを並べようが無意味なはずだ。ファルディアへと出立するあの時にも、もう本心は知られていたのだ。
ジハードが瞼を伏せたので、二つの瞳も隠された。シェイドの胸元に額づくように額を押し当て、ジハードが言った。
「――何があったのだとしても、これから何が起こるとしても、……俺の伴侶はお前だけだ。お前以外を愛することはない」
神の前で誓うような、静かな宣言だった。
ジハードは伸び上がって鼻の先を触れ合わせた。愛しさを伝えるように頬に口づけし、反対側の頬にも口づけた。シェイドは動かない唇をもどかしげに震わせる。
駄目だと言わなくてはならない。ジハードはウェルディス直系の最後の一人だ。王として子を為し、国を繁栄に導いていかねばならない。だから、妾妃を迎えて愛するべきなのだと言わなければならない。
けれど薬のせいで体が自由にならなくて、言葉がでない。代わりに、震える唇はシェイドの理性に関わりなく、違う言葉を紡ぎ出した。
「……わ、たし、も…………ンッ!」
こんなことを言ってはいけないと思うより早く、唇が塞がれた。
「……シェイド……シェイド……!」
吐息の合間に名を呼びながら、ジハードの温かい唇がシェイドのそれを何度も啄む。
上唇を舐め、下の唇を軽く噛み。唇を合わせて軽く吸い付いたかと思うと、息を吐くために開いた唇の間から肉厚の舌が滑り込んできた。
「……ぅ、ん……」
濡れた肉片が上顎を擽り、舌に絡みつく。口づけに応えたいのに、唇も舌もまだ動きが鈍い。
一方的な口づけにただ翻弄されて、シェイドは鼻にかかった吐息を漏らした。
ジハードと唇を触れ合わせるだけで、体は内側から熱を持ち、性感が高まっていく。
熱い体を直に感じたい。体の奥まで貫かれ、中をいっぱいに満たされたい。ジハードは、何があったのだとしても愛すると言ってくれた。その言葉が偽りでないのならば、あの猛々しい雄の象徴で穢れたこの肉体を清めて欲しい。
「ジ……ハ……」
息を継ぎながら必死に名を呼ぶと、それに応えるように額が押し当てられた。
「……お前を、俺のものにする」
月のない夜空のような瞳が間近にあった。
受け入れる証にシェイドは目を閉じる。震える瞼に唇が押し当てられた。
「その代わり、俺もお前だけのものだ……」
耳朶を濡れた舌が這い、首筋を指が辿っていった。襟元から滑り込んだ手が服を脱がせ、忙しなく上下する胸を指が這う。
「……ぁ……ぁあ……」
甘い痺れが背筋を駆け抜けて、シェイドは啜り泣くような喘ぎを漏らした。
外気を感じて胸の二つの肉粒が張り詰めるのがわかる。ことに、傷が塞がったばかりの左胸は痛いほどジンジンと疼いて、まだ触れられてすらいないというのに、下腹をきゅっと竦み上がらせた。
ジハードの唇は所有権を主張するように、吸い跡を残しながら下に降りていく。耳の下、首筋、鎖骨、そして心臓の真上に刻み込まれたファラスの紋章に。
「俺からお前を奪おうとするなら、例え相手がファラスでも戦ってやる――」
「ぁ……ッ」
きつく吸われて、シェイドは小さな声を上げた。紋章が肌に浮かんだ血の色で掻き消される。世界を創造した神の刻印でさえ、ジハードに畏れを抱かせることはできないのだ。ならば、ただの人間に刻まれた証などに、ジハードを遠ざける力のあるはずがない。
「ふぁ、ぁ、あ……んんッ!」
上擦った喘ぎが鼻を抜けていく。痛いほど疼く左の乳首がジハードの唇に含まれていた。
温かく濡れた舌が尖った肉の粒を舐め、柔らかく圧し潰す。唇に挟まれて軽く吸われると瞼の裏で火花が散った。
「ああぁ……あ、ああぅッ……らめ……もう、吸わな……ッ!」
乳首を甘く吸われるたびに、下腹にジン、ジン、と疼くような痺れが走ってきた。後孔がぎゅっと縮み、天を仰ぐ屹立の先から蜜が滴り落ちる。
体を捩じって隠したいのに、寝台の上に投げ出した四肢には未だ力が入らない。浅ましい肉体の反応を余すところなくジハードに見られている。羞恥のあまり、顔が火を噴く。
屹立の先端から次々と零れ落ちる蜜を、ジハードの指先が追った。触れるか触れないかという焦らすような愛撫に、甘い疼きが背筋を駆け上がった。
「俺が欲しいだろう。どうだ……?」
ヒクヒクと震える小振りな竿をジハードの手が包み込む。張りつめた硬さと大きさを確かめ、蜜が溢れる先端を指が撫でた。
ビク!、と自由にならないはずの腰が浮く。ジハードの指が小さな割れ目に掛かった。
「や、らぁッ!……ああぁ……こ、擦らない、れぇッ……やぁッ……」
滲んだ蜜を塗り込めるように鈴口を擦られて、シェイドは泣き声を上げた。攫われる前に比べて、そこはひどく敏感になっている。前よりももっと淫らに、もっと浅ましく変わってしまった。それを知られたくないから、触らないでほしい。
だが、舌が縺れて動かないせいで、甘えて強請るような声になってしまう。案の定、ジハードが手の動きを止めることはなかった。
それどころか――。
「駄目だ。感じて乱れるところを見せてもらう」
「ひぃんッ」
反対側の乳首を指で抓んで甘い悲鳴を上げさせると、ジハードは体を下にずらした。シェイドは荒い息を吐きながら涙が滲む目を開けて、足の間に屈みこんだジハードを不安そうに見た。
ジハードの逸物に比べればささやかな男の部分が、緩い蜜を垂らして勃っている。呼吸に合わせて上下に揺れるそれをジハードは手に取り、シェイドの目を見つめ返しながら、唇を舐めた。
「ぁ……」
まさかと思う暇もなく、その先端がジハードの舌に絡め取られた。
「あ……! あ、あ……ッ」
先端が唇に包まれたと思った次の瞬間、シェイドの男の部分は温かいジハードの口内にすべて呑み込まれていた。
亀頭が上顎に擦られ裏筋を舌が辿る。頬が窄まると全体が圧迫され、舌が蛇のように竿の部分に巻き付いた。国王に口で愛撫されるという背徳感と、総毛立つほどの快感が渦を巻いて襲いくる。
「や、めれぇ……ぇッ……」
体は痺れて思い通りにならないというのに、腰だけが過ぎた快感にビクビクと痙攣した。それがまるで先を強請っているように見えそうで、恥ずかしくて涙が滲む。
ピクピクと揺れる肉棒を口から抜き出したジハードが、意地の悪い笑みを浮かべた。
「遠慮をするな。いつも前に触って気をやらせてくれとせがむくせに。……もっと舐めてくれと強請ってみろ」
「あ! あ!……んん――ッ!」
尖った舌先が蜜を零す小さな割れ目を抉じ開ける。『洗礼』を受けた時の恐怖と苦痛、それに理性と矜持を焼き尽くすような激しい官能が蘇ってきた。シェイドが感じすぎていると分かっているだろうに、ジハードの舌先は蜜の出口を容赦なく抉り続ける。
下腹が疼いて鳩尾まで響いた。蜜がじゅんじゅんと滲み出て、それをジハードが啜り上げるのが分かった。力の入らない今はあらぬ粗相までしてしまいそうで、シェイドは必死で唇を噛みしめる。
「こっちもヒクヒクして、物欲しそうに口を開けているな」
前への刺激に意識を持っていかれているうちに、いつの間にか両脚は大きく広げられていた。膝を深く折り曲げてぱっくりと左右に開いたあられもない姿を嘆く暇もなく、ヒクヒクといやらしく蠢く後ろの穴に濡れた指先が宛がわれた。
「安心しろ。前と後ろ、両方とも可愛がってやる。好きなだけ乱れて気をやればいい」
「待っ……!」
待ってくれと懇願する隙を与えず、ジハードの指が沈み込んできた。薬のせいで力が入らない肉環は、何の抵抗もなく二本の指を易々と呑み込む。
「ぁあ、ぁああんッ……!」
指の付け根までがずっぽりと埋まった。ジハードが中で指を動かしながら、意地悪そうに言う。
「あぁ、たまには緩いのもいい。お前を傷つける心配がないから、存分に虐めてやれる」
「ぁひいっ……ひぃ、ひぃッ……!」
その言葉の通り好い場所を指に抉られて、シェイドは鼻から抜ける高い悲鳴を上げた。
柔らかい体内でジハードの指は自在に動く。それに動きを合わせるように、反り返って蜜を垂らすものに舌が這わされた。
「……や、らぁぁ……あ、あひぃ……いひぃぃッ……」
ガクガクと腰を震わせ、首を仰け反らせて、シェイドは掠れた悲鳴を上げた。頭も体もおかしくなってしまいそうなほど気持ちいい。どうやってこれをやり過ごせばいいのかわからない。
足を閉じたくても閉じられず、敷布を握りしめて耐えたくても力が入らない。無防備に四肢を投げ出し、逃げることもできずに甘い拷問のような愛撫を無抵抗で受けるだけ。それをジハードに見られている。
許してくれと懇願することさえ許されず、際限なく高められる。
「堕ひ……ッ、堕ひるぅ……ッ……ぁああああッ」
指で内部を掻き回されながら、蜜を垂らす先端を唇で包んで吸われた。頭の芯で何度も火花が散り、背筋を震えが走り抜ける。
「い、いぃ、ぃい――……ッ……」
官能が深すぎて、もう何も考えられない。全てのしがらみを捨ててジハードの物になってしまいたい。寝室で飼われる淫らな獣になろう。初めから、そのためだけに地上に生まれ落ちたのだから。
「堕ちてしまえ、お前は永遠に俺のものだ……!」
「ああッ……あ、ぁあ――――……ッ」
ついに耐えかねたように、ジハードが圧し掛かってきた。
膝裏を掴んで尻を上げさせ、濡れて物欲しげな口に猛り切った怒張を沈める。硬く熱い凶器が媚肉を押し分けて突き進み、シェイドに長く尾を引く悲鳴を上げさせた。
痺れの残る体は抵抗もなく、怒張の侵入を従順に受け入れた。雄々しく太い肉棒をいきなり最奥に捻じ込まれて息も止まりそうになる。腹の底を突かれた瞬間、眩暈のような浮遊感がシェイドを襲った。高みに舞い上がれば、後は堕ちるだけだ。
感覚は戻っているというのに、体には力が入らなかった。締め付けることも叶わぬ肉壺の底を思うままに蹂躙した後、ジハードの牡がゆっくりと動き始めた。
「……アッ、アッ、アッ!……あ、んんんッ!……ッ!」
隆々とした狂気のような牡が内壁を擦って抜けていき、雁の部分で肉環を苛んでまた入ってくる。
大きく張った先端に擦られるたびに蕩けるような疼きに襲われ、頭の芯がドロドロに溶かされていく。腹の上の屹立からは垂れ流しのように蜜が流れ、言葉を紡げぬ口からはひっきりなしの泣き声が漏れた。
指淫と口淫で連れていかれた高みから戻れぬまま、法悦の波はますます大きさを増してシェイドを狂わせる。
「ああああぁ……ッ、もう――もう、許ひ、れぇ……いぃぃッ……」
イキッぱなしにイキながら、嬌声の合間にシェイドは身も世もなく懇願した。
傭兵たちから二度目の『洗礼』を受けた時でさえ、これほどの快感ではなかった。昇りつめては失墜し、息を吐く間もなくまた昇りつめる。泣き縋る無抵抗の身体をなおも容赦なく穿って、ジハードは際限のない快楽の責め苦を与え続ける。
「あああ――ッ、逝ふぅ――ッ……逝ふぅううう――――ぅッ……!」
狂ったように叫びながら、あの砦で受けた辱めの記憶が霞んでいくのをシェイドは感じた。ジハードから与えられる激しい肉の悦びが、僅かに残されていた凌辱の痕跡を塗り潰していく。焔のような悦楽が全身に走り、身の内に残っていた穢れを残らず焼き尽くした。
「死ぬなら、俺の腕の中で死ね! 残らず喰らい尽くしてやる……!」
「ア! ア! ァア! ァアア――――ッ!」
嵐の中の小舟のように、シェイドは翻弄される。もう何度高みに達したかわからない。それなのに、ジハードの肉棒に串刺しにされるたびに、より激しい絶頂の波が押し寄せてシェイドを狂わせる。悦びの声を振り絞り、腹の上を蜜で光らせて、シェイドは際限もなく昇りつめた。
「シェイド……!」
凶器のような怒張を深々と埋めて、ジハードが低く呻いた。腹の底に情欲の証が叩きつけられる。吐き出すことは許さんと、ジハードの両腕がシェイドを拘束した。脈打つ牡が腹の中でビクビクと跳ね、最後の一滴まで注ぎきって子種を中に擦りつけた。
シェイドは絶え入るような掠れ声を上げて、激しい恍惚に涙する目を瞼に隠した。
「……お前には、謝らなければならないことばかりだ」
後ろからぴったりと体を寄せて、ジハードが耳元に囁いた。長く溺れた絶頂からまだ醒めやらぬシェイドは、ぼんやりとした陶酔に浸りながらその言葉を聞いた。
「初めて会った時から、お前の意に沿わぬことばかり強要してきた。それなのに、お前に愛されたいのだと言ったら、虫のいい話に聞こえるだろうな」
背後から回された手は、シェイドの身体をゆるゆると愛撫し続ける。下腹の熱がまた高まってくるのを感じながら、シェイドは小さく首を振った。まだ体中が重くて力が入らないが、薬の効き目も少しは抜けてきているようだ。
「愛、して……いま、す……」
縺れる舌を動かして、一語一語言葉を紡ぎ出す。大切なことだからきちんと伝えたい。そう思うのに、悪戯なジハードの手が体の奥に燻る熱を煽るので、息が乱れて掻き消されてしまいそうになる。
「貴方、を……あぁ、愛して、います……ッ」
男の部分を掌に包み込まれて、シェイドは腰を揺らした。
収まりつつあった熱がまたぶり返してきた。腰に当たるジハードの昂ぶりも同じように勢いを取り戻している。それを感じると、もう我慢ならなかった。
あれほど激しく愛でられたというのに、この肉体は怖ろしいほど貪欲で満足を知らない。果てて果てて気を失いそうだったのが嘘のように、ジハードの精を溜めた蜜壺がまた口を開いた。
もう一度味わいたい。ジハードの情熱が自分に向けられていることを全身で感じ取りたい。
シェイドは恥じらいに血を上らせながら、腰をそっと後ろに突き出した。柔らかい肉と肉の狭間に硬いジハードの牡が挟まり、硬くなった先端が入り口に触れる。誘うように腰を動かすと、逞しい凶器の先が肉環に食い込んで、それだけで軽く達しそうだ。
ジハードの手に包まれた男の部分が欲望の強さを示して硬く凝った。
「シェイド……」
耳朶に唇をつけて、ジハードが名を呼んだ。上になった方の膝を曲げられ、腰を後ろに引かれる。
「……あ……ああぁ……」
逞しいジハードの牡が待ちわびる肉環を割って入ってきた。結合が深くなるように腰骨を掴んでグッと引き寄せられる。奥まで一気に貫かれて、シェイドは切ない善がり声を上げた。
体の中が太い杭のようなジハードで一杯に満たされている。息も詰まるほどの苦しさが、それだけジハードに想われている証のように思えて幸せだった。
シェイドを抱きすくめたジハードが後ろから囁く。
「……一年だけ我慢してくれ。一年経って無理なら諦める」
「……え……ぁッ!?」
何の事を言っているのかと問いかけようとするより早く、シェイドを後ろから抱いたジハードが体を返した。身の内深くを貫かれたまま、仰向けに寝たジハードの上に仰臥する形を取らされる。
寝台脇の小卓に伸びたジハードの手が呼び鈴を鳴らした。
「ジ、ハード……!」
こんなところで侍従を呼べば、繋がっている姿を見られてしまう。何もかもをあられもなく曝け出すような、こんな姿でいるところを。
咎めるように後ろを振り返ろうとしたシェイドは、寝室に入ってきた人物を見て冷水を浴びせられたように息を呑んだ。
「フィオナ……」
入ってきたのは侍従ではなく、ジハードの奥侍女となった小柄な少女だった。
甘い夢から唐突に叩き起こされて、苦い現実が目の前に迫ってきた。
王である以上、ジハードは後継者となる王子を得なければならない。
白桂宮に戻るための条件として、妾妃を迎えるようにと進言したのはシェイド自身であり、そのためにヴァルダンが送り込んできたのがこのフィオナだ。
シェイドも頭では分かっている。唯一無二の存在だと誓い合っても、それは現実には叶わぬ願いだ。
けれど、こんな形で目の前に突き付けられたくはない。フィオナを抱くのならば、せめて自分の知らないところで抱いてほしかった。
「王兄殿下……」
フィオナは戸惑いを見せながらも近づいてくる。ガウンを纏った彼女は、下に何も身に着けていないようで、ガウンの袷から柔らかそうな胸の膨らみが見えた。彼女は意を決したように、二人が横たわる寝台の上にあがってきた。
フィオナを抱くのなら、自分は寝台を出ていく。まだ自由にならない手足に力を入れて腕から逃れようとするシェイドを、ジハードは拘束した。
「駄目だ、シェイド。このフィオナは俺ではなく、お前の奥侍女なのだからな」
背後からシェイドを捕らえたジハードが、苦渋に満ちた声で告げた。
耳を疑うような言葉が続いた。
「ウェルディス直系の血をこの女の腹に残してもらうぞ、シェイド。子を孕めば俺の妾妃として迎え、生まれた子は俺の子として王位を継がせる。この国の未来はお前の子が継いでいくんだ」
神をも畏れぬジハードの言葉に、シェイドの喉が干上がった。
確かに、フィオナがジハードの子を孕むところを見たくないと思った。自分以外の誰にも触れて欲しくないと思っている。
けれど、こんなことは許容できない。宮内府や民をも欺いて、国王以外の子に王位を継がせるなど。
「……な、りませ……そんな、大それ、た……ッ」
「いいや。これが先王の長子として生まれたお前の、果たすべき役割だ」
ジハードの言葉を受けて、少女も幼さの残る顔を赤く染めながら頷いた。
「私は初めから王兄殿下にお仕えするために、ここへ来たのです。殿下をお慕いしております。どうか私に貴き血のお情けを賜りませ……」
「フィ、オナ!」
ガウンの裾を捌いて、少女がシェイドの身体を跨いだ。滑らかな白い素足がガウンの裾から零れ出る。竦み上がって、シェイドは助けを求めるように背後の国王を振り返った。
どうしてサラトリアが地方領主の娘に過ぎないフィオナを王宮に送り込んできたのか、その本当の理由がやっとわかった。
健康な体や明るい性格は二の次だ。白い肌に蜂蜜色の金髪、榛色の瞳を持つフィオナからは、北方人風の外見を持つ王子が生まれても不自然ではない。だから、彼女が選ばれた。
サラトリアとジハードは初めから彼女をシェイドに引き合わせるつもりでいたのだ。口実を作っては頻繁に白桂宮に出入りさせ、シェイドと彼女が親密になるように計らった。
シェイドはフィオナを前にした時のジハードが常に不機嫌そうだった事を思い出す。あれは嫉妬ゆえだったのだ。
「だ、めです……ッ、こんなこ、と……!」
こんな企みに加担してはならない。王子の出自をすり替えるなど、もってのほかだ。
だが、頭でいくらそう思っても、昂ぶりは既に弾けそうなほどの熱を溜めている。後孔にジハードの牡を呑み、屹立は萎えぬように手で嬲られている。薬が残る体は怠く、ジハードの拘束を解いて逃げる余地はない。
温かい女の肉が包み込むように降りてきた。
「王兄殿下に、純潔を捧げます……ッ」
「…………ッ!」
少女の体内に呑まれていくシェイドの屹立を、ジハードは昏い瞳で見据えた。
手足を押さえつけ、深々と収めた肉棒でシェイドの戸惑いと緊張を直に感じ取りながら、女に貞節を奪われる伴侶の姿を目に収めている。腹に溜めた怒りがあまりに大きくて、目を逸らすことさえできないのだと言わんばかりに。
「……お前の血を残すためと分かっていても、はらわたが煮え返りそうだ。せめて一日でも早く王子をこの手に抱かせてくれ」
忌々しそうな声が耳朶を犯す。苦し気な息を吐いたフィオナが体を動かし始めた。
前と後ろを同時に犯されるシェイドは首を仰け反らせた。二つの肉体の狭間から哀れな泣き声が響く。やがてそれは掠れた悦びの声へと変わっていった。
ウェルディリア国第三十二代国王ジハード・ハル・ウェルディスは、即位から三年後に待望の男児を得た。
黒髪に黒い目を持ち、父王ジハードに面差しのよく似たその王子は、ラナダーン・ハル・ウェルディスと名付けられた。誕生と同時に、領主一族が断絶して王室直轄領となっていたベラード領が与えられ、それを境に小規模な内乱を繰り返していた南方の情勢も徐々に落ち着きを取り戻した。
ジハード王は即位して間もない頃から改革を精力的に推し進め、国政の在り様を大きく変えた。その最たるものは、上王という新たな地位を設け、王兄シェイドをその座に就けて二君主制を敷いたことである。
北方人風の容貌を持つこの上王の元、これまで牛馬の扱いを受けていた異国出身者やその血を引く者たちが、国家によって初めて人と認められた。ウェルディリア人と同等の扱いを受けることになった彼らは、荒れ地を開墾して自らの土地とし、国に租税を収めたため、国力はその後の十数年で飛躍的に成長した。
財源が安定したことを受けて、ジハード王は軍の編成を大幅に見直した。まずは各地に訓練を積んだ駐屯兵を配備し、山賊が蔓延る土地を定期的に巡回させた。領主の不正も厳しく取り締まったため、荒廃しがちだった地方にも法の目が行き届くようになった。また平民向けの教育機関を各地に設立し、幼少期から読み書き計算に親しませたことで、さまざまな産業や文化が生み出されたのもこの王の時代である。
華々しい功績を残し、詩人の歌にも詠まれることの多かったジハード王だが、意外なことに、私生活に於いては慎ましい暮らしぶりだったと言われている。
ジハード王はウェルディ神に生き写しの美男であったが、婚姻後わずか半年で正妃タチアナを病で亡くし、その二年後に妾妃フィオナを産褥で喪った。その悲しみから、以後は新たな妃を迎えることなく、四十七歳で生涯を終えるまで独身を貫いたと、宮内府には記録されている。
後宮を持たず、華やかな宴も好まなかったジハード王が、唯一の楽しみとしたのは花を愛でることだった。王宮の奥に小さな宮殿を建てて折々の花を植え、それを愛でながら、妾腹の兄である上王と国政の在り方について議論を重ねたと史話には記される。
花溢れる小宮殿を住まいとした上王は、ジハード王が世を去った後は国政の場から退いた。ラナダーン王の時代には、時に若き新王に助言を行ったと言われているが、その後の消息は明らかにされていない。やがて小さな宮殿は花に埋め尽くされ、王の座にある者だけが足を踏み入れることを許される禁域となった。
代々の国王の肖像画を飾る大広間には、今もたった一人だけ、白金の髪と青い目を持つ王の姿が残されている。
しかし今となっては、その人物の名を知る者はいない。
<了>
後書きのようなもの
https://fujossy.jp/notes/13512
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