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第51話 番外 ダラス・マンデマールの淫らな夢

「王兄シェイド・ハル・ウェルディス殿下、国王ジハード・ハル・ウェルディス陛下、ご入室―――!」  典礼係の緊張に震える声を聞いて、ダラス・マンデマールは席を立った。  壇上で二つ並んだ空の椅子に向かって、胸に手を置き顔を伏せた恭順の姿勢を取って待つ。長年その存在を秘されていた妾腹の王兄が、ついに今日、宰相として御前会議に臨席するのだ。  前王べレスは数多くの妾妃を持ったが、そのほとんどと子を為さなかった。  正妃との間に一人。妾妃との間に一人。  前々王の時代も男子が二人のみだ。この王家は歴史を遡ってもなかなか男児に恵まれない。ベレス王の妾腹の弟であったカストロ・デル・ナジャウは、すでに一族ともども失脚し政治の表舞台からは永久に追放された。国家創建の時代に王室から別れたヴァルダンを除けば、現在ウェルディス王家直系の流れを汲むのは、国王と王兄のたった二人だ。  争いの種だな、とダラスは胸中で呟いた。  この王兄が余程できた人物で、権力から距離を置くならまだしも、こうして宰相の地位を得て出てくるとあっては、宮廷は二分するだろう。片方は正統な血を持ち即位を果たした国王――しかし、実の父を弑逆しての即位ではないかという噂が付き纏う。そしてもう一方は、没落したとはいえ北方貴族の母を持つ妾腹の、しかも弟ではなく兄だ。争いの起こらぬはずがない。  世間知らずの王兄は権力争いの格好の道具となるだろう。無論、ダラス自身もその機会を逃すつもりはなかった。  国王ジハードは重臣たちにとって扱いにくい駒だ。  意志が強く、実行力もある。ヴァルダンという強力な後ろ盾もあり、国民の信も高まっている。彼自身が一軍を掌握できる将である上、大義と財力と軍事力を一手に握っている今、その隙間を縫って甘い汁を吸うのは容易い事ではない。  せいぜい王兄を煽てあげ、影響力を増大させておかねばならない。それはダラス以外の、今しおらしく頭を下げている重臣の誰もが画策していることに違いなかった。  静まり返った会議室に、微かな衣擦れの音が届いた。毛足の長い敷物は足音を吸い込んでしまうため、重厚な衣装と身に着けた装飾品の立てる音だけが聞こえる。これから宮廷の権力争いの的になるとも知らぬげに、静かで落ち着いた足取りだった。中央の椅子の位置まで進み出ると、その音も止んだ。  続けてすぐに、聞き慣れた重い足音が聞こえた。壇の中央まで足を進めると、若き国王は声を朗々と張り上げた。 「一同、顔を上げよ! 我が兄にして、この度宰相に任ぜられたシェイド・ハル・ウェルディスだ。これよりは、我が身に捧ぐと同等の敬意と忠誠心を以て接してもらいたい!」  国王の声を合図に、並び立つ貴族たちが顔を上げた。  ダラスも顔をあげ、初めて見る王兄の人となりを見定めようとした。 「…………」  室内が静まり返った。  ダラスも時が止まったように、一段高いところにある線の細い人物を呆けたように見つめた。それはウェルディスの血統とは明らかに違う、華奢で優美な立ち姿だった。  北方から買い取られた美姫ではないのかと、何度も瞬きを繰り返す。  透き通るような白い肌に、首筋で切り揃えられた豊かな白金の髪。細身の体を強調するように、青い略式礼装がしなやかに身を包んでいる。まるで男装した嫋やかな姫君のようだ。白い額に輝く星青玉の宝冠がなければ、これが第一王位継承権を持つ男子であるとはとても信じられなかった。  壇上に立った王兄は、浅黒い肌に大柄な体つきというウェルディリア人の特徴は何も備えていなかった。だが言葉にするのも愚かしいほど美しい。かつて遠目に一度だけ拝謁したタチアナ妃も絶世の美女だったが、この王兄はそれに勝る美しさだ。  神秘的なまでの白皙の美貌。佇む姿は風に揺れる『シェイド』の花のようだ。――そう考えたところで、ダラスはこの王兄の名がまさにその花と同じ名であったことを思い出す。  毒花として長く封じられ、この国から駆逐されていた魔性の花。王太子だったジハードの手でこの花は数年前に禁種を解かれたが、花の蜜が無毒と判ったからではない。苦痛を和らげる半面、蜜による多幸感が人を虜にし、それなしではいられぬようにするのは事実だ。その毒性を差し引いてでも有用であると、医師たちが後押ししたからにすぎない。  この王兄は、人を惑わす花だ。感嘆とともに、ダラスはそう感じた。  人形のように冷たい美貌が、会議室に集う重臣たちを睥睨し、言葉を発した。 「――諸侯の助力を頼りにしています」  着任の言葉と言うにはあまりにも短く簡潔だったが、会議室の中には不思議な余韻が漂った。まるで神託を告げられたかのように響いたのだ。  『何なりとお申し付けください』そう直答してしまいそうになったのを、ダラスは何とか堪えた。あちこちで息を呑む音や溜息のような吐息が聞こえる。雰囲気にすっかり呑まれてしまったのは自分一人ではないらしい。  王兄の声は確かに男性のものではあったが、育ちきらぬ少年のようにも聞こえた。それでいて、内に秘めた静かな力も感じられる。  国王ジハードとは全く別種の、しかし同じほどに人を惹きつけずにはいられない声だった。  ダラスがたった一言の挨拶を幾度も反芻するうちに、反対側の列では端から名乗りが始まっていた。会議に初めて臨席する王兄のために、それぞれ名と身分を奏上していく。今日はダラスを始め、宮廷での役職を持たない地方領主も多く出席していた。宮廷で重職に就くものから順に進み出て、王兄に名乗りを上げていく。  瞳の色が青なのだということは、この時に分かった。白く長い睫毛に縁どられた青玉が挨拶する者を見つめると、満足に名乗ることもできずしどろもどろになる者が幾人も出た。揃いも揃って顔を赤く染めているのは、たどたどしい口上への羞恥ではあるまい。  正妃タチアナが雪の女王なら、この王兄はその名のごとく、匂い立つ大輪の花だ。  人の世のしがらみなど歯牙にもかけぬような顔をして、その静かな佇まいからは隠しきれぬ色香が滲み出ている。いかに国王と言えどそこまで大胆な真似はしないだろうが、王兄が実は先王の愛妾だったと言われても誰も不思議には思うまい。ただ美しいだけでなく、あれは内側に抑えきれぬ情欲の炎を隠し持った魔性の花だった。  順が回ってきて、蒼い双眸がついにダラスに向けられた。晴れた日の海のような、あまりにも深く透き通った青。 「ダラス……マンデマールでございます。殿下のご母堂さまの領地ファルディアにほど近い、マンデマール領を預かっております」  喉が干上がって、掠れた声が出た。  見つめられて初めて分かったことがある。この神秘的な青と対峙して、正気でいられる人間はそういないのだ。  ダラスを見る王兄の秀麗な眉が、幽かに揺れた。 ******  音を立てぬよう細心の注意を払いながら、ダラスは扉の取っ手をそっと回した。  僅かな軋みも上げず、重厚な木の扉は招くように開いていく。その隙間に身を滑らせると、ダラスは邪魔者が来ないように後ろ手に鍵を閉めた。  貴人のための寝室は広く、贅を凝らした調度が置かれている。窓には薄い紗の幕が掛けられているだけで、室内は月明かりでほんのりと光っていた。  足音を殺して天蓋付きの寝台に近寄る。涼を得るためか、天蓋布も薄絹の瀟洒な幕が下ろされているだけで、豪奢な寝台の中央で眠る貴人の顔が透けて見える。白く小さな顔が光沢のある絹の枕に埋もれて、無防備に目を閉じていた。白金の髪が枕元にふわりと散って、まるで月光の冠のようだ。  天蓋の内に忍び入ると、ダラスは掛けものの隙間から手を滑り込ませた。練り衣の軟らかい寝間着はすでにはだけて、滑らかな肌が直接指に触れた。 「ん……」  王兄は小さく呻いて擽ったそうに身じろいだが、眠りは深いようだ。すぐに安らかな寝息が戻ってきた。  息を詰めてそれを確かめたダラスは、指を下方に滑らせた。  なだらかな腹部を通過し、その下へ。腰紐はすでに解け、軟らかな茂みが指先に触れた。力無い性器を探り出し、そっと指先でなぞる。 「……ん……」  何の警戒心もない様子で、細身の体が寝返りを打った。その機に乗じて、ダラスは掛けものを全て捲り取った。  月光で淡く光る絹の敷布の上に、白い半裸体が浮かび上がった。両方の袖は辛うじて腕に留まっているが、前は寝乱れてすっかりはだけている。淡い色の乳首や真珠のように白い腹部、その下の淡い茂みに埋もれた性器まで、すべてが露わになった。安らかな寝息を立てながら、美しい花の精は身に迫った危険も知らぬ気に眠っている。  ダラスは寝台の上に乗り上げて、すらりと伸びた両脚を広げさせるとその間に身体を割り込ませた。 「……だ、れ……?」  夢うつつのあどけない声が誰何した。 「し……ダラス・マンデマールでございます」 「……ダラ……ス……」  両脚を折り曲げられても、王兄はまだ己の身に何が起ころうとしているのか理解していないようだった。ダラスは指を舐めて湿らせ、露わになった蕾にそっと指先を触れさせた。  途端、ハッとしたように王兄が目を覚ました。 「な……!? 何者ッ!……誰、か……!」  正気づいて人を呼ぼうとする口を掌で塞いでしまう。華奢な身体が跳ねるが、若い頃は剣士として鳴らしたダラスの前では、罠にかかった獲物の悪足掻きでしかない。指を強引に蕾の中に捻じ込むと、王兄は身を縮めるように全身を硬直させ、動きが止まった。 「お静かに……こんなところが見つかってお困りになるのは、私よりも貴方様の方でしょう」  青い目が不安げにダラスを見上げてきた。  こんなところ、というのを雄弁に説明するために、ダラスは体内に埋め込んだ指を抉るように動かしてやった。抑え込んだ身体が若鹿の様にビクビクと跳ねあがり、指をキュッと締め付けてくる。若い身体は少しの刺激でも見る見るうちに昂り、ダラスの腹に硬いものを触れさせる。後ろはまるで処女のようにきつく締め付けるくせに、素直な前の欲望は強請るようにダラスの腹を押してきた。  ダラスはとっておきの甘い声で囁く。 「……私は貴方様の下僕です。どうかこの尊いお身体に忠誠を捧げることをお許しください」  ダラスの愛の告白に、険しかった王兄の表情が幾分和らいだ。押さえ込んだ体からも力が抜けていく。口を塞いだ掌を外してやると、王兄はほんのりと頬を染めながら確かめるように訊ねてきた。 「私の、下僕だと……」 「然様です。私は貴方様に恋焦がれる忠実な下僕。何なりとお望みのままにご奉仕いたしましょう」  華奢な王兄の手を導いて、昂った己の怒張に触れさせる。どっしりとした巨根は、若い頃から自慢の逸物だ。これで腹の中を掻き回してやると、初めは嫌だ嫌だと泣いていた奴隷たちもすぐに従順になり、自分から尻を振るようになった。この王兄もきっとそうなる。  細く長い指が怖々と動いて、大きさと硬さを確かめるように全長を辿った。  隆々と聳え立つ肉の槍を手で確かめて、王兄がごくりと唾を呑んだ。どうやら己の身を貫くに相応しいと判じたらしい。 「……そなた、私が欲しいと申すか」  発されたのは、毅然とした恥じらいのない声だった。それがまたダラスの腰を痺れるほど刺激する。  首肯すると、目の前に王兄の白い足が尊大に突き出された。 「よかろう。欲しければ私の足に口づけせよ。躾の良い犬のようにな」  ダラスは迷わなかった。男にしてはほっそりとして滑らかな足を抱くと、その爪先に恭しく口づけをした。足の甲にもなだらかに窪んだ足の裏にも口づける。指先を口に含み一本ずつ舐ると、王兄が息を荒げるのが分かった。  犬のようにと、王兄は命じた。ダラスは犬が骨をしゃぶるように踵を舐め回し、膝に向かって舌と歯を滑らせ、開かせた内腿に吸い跡と歯形を残した。軟らかく小振りな尻を両掌に収めて左右に開き、月光に先端を光らせた屹立をぺろぺろと舐める。 「ぁ、んッ……誰が、そこを舐めて良いと……」  両手に敷布を握りしめて快感に耐えながら、硬質な声が狼藉を詰ってくる。その声のなんと甘く心擽られることだろう。ダラスは尻を掴む両手を滑らせ、両側から指を窄まりの中に潜り込ませた。 「んうぅッ……これ、そのような……ッ……!」  二本の親指で入り口を広げ、掴んだ尻肉ごと揉みしだく。口では詰るような言葉を吐いているが、しなやかな足はもう待ちきれぬとばかりにダラスの背を掻き寄せた。ダラスはそれに応えるように先端を含んで舐めまわし、体内に埋めた指で肉の環を揉み解した。  王兄が矜持を見せたのはここまでだ。鼻にかかった喘ぎが立て続けに漏れ、ダラスに散らされる淫花の化身へと姿を変えていく。花芯に滲んだ甘露を吸い上げると、悲鳴のような喘ぎが上がった。 「もうよい! そなたの忠誠を……私の中にそなたの逞しいものを捧げよ、早く……!」  切羽詰まった泣き声とともに命が下った。  ダラスは指で両側に開いた蕾の入り口に無双の槍を宛がい、少年のようにしなやかな身体を二つ折に押し潰しながら、前のめりに体重をかけた。逃げ場を封じた無垢な処女穴を、はち切れんばかりの太い怒張で押し広げていく。 「あ――ッ!! あぁああ―――……ッ!」  叫びをあげて逃げようとする体をダラスは引き戻した。小振りな尻に相応しく、未熟で硬い蕾だった。これを己の怒張で開花させてやるのだ。  仰け反ってずり上がろうとする腰を引き寄せ、牡の欲望を容赦なく呑み込ませる。初めての時は苦しいだろうが、すぐに悦びを覚えるはずだ。そうなれば、もう王兄はダラスのものだ。  切ない悲鳴が寝室に響いたが、根元まで入れ切った時には、その悲鳴も幾分甘さを帯びていた。 「あぁ、大きい……」  子どものようにしゃくりあげながら、頼りない表情で縋りついてくるのが、一層征服心を煽る。 「私の忠誠は殿下のお気に召しましたでしょうか」  断続的に襲ってくる快感を逃がしながら、ダラスは根元まで埋めきった怒張を揺らして、自信満々に問うた。 「慮外者め……このように大きいなどと、聞いておらぬわ……」  白い頬にはらはらと涙をこぼし、声を掠れさせて王兄が詰る。そのさまがあまりにも可憐だったので、ダラスの怒張はますますいきり立った。 「では、抜きましょうか」  そう問うと、目を閉じたまま幼子のようにコクコクと頷くので、ダラスはそっと身を退かせた。媚肉がねっとりと絡みついてくる。初めてのくせに、食らいつくような淫蕩さだ。王兄の屹立がプルプルと震え、小さな割れ目から先走りの蜜を覗かせるのが見えた。 「あ、よい……そこで留まれ」  先端だけを含んだ場所で、王兄がダラスを引き留めた。  良い場所に当たっているのだろう。腰を震わせ、美しい顔を淫靡に歪めて快楽を貪ろうとしている。大きく張り出した先端がキュッと締め上げられ、いやらしい肉が貪るように柔らかく食んできた。 「……あぁ……あぁ……いい……」  ダラスの亀頭を咥えたまま、小刻みに尻を揺らして快楽を貪っている。王兄の甘い拷問にダラスの方が耐えかねた。 「ご無礼を……!」  言って、ダラスは逸物を抜き取ると、細身の身体をやすやすと裏返し寝台に這わせた。  高く上げさせた尻を両手に掴み、反り返った肉の棒で奥まで一気に刺し貫く。 「ひッ、……やぁああッ、ぁあ―――ッ!」  根元まで埋め込み、皮膚と皮膚がぶつかる音が上がった。ダラスの巨大な全長が狭い肉の狭道に包まれ、ぎゅうぎゅうと絞られる。余分な肉のない白い背中が苦しげに悶えた。  パァンと皮膚を叩く音をさせて、ダラスは腰をぶつけた。言いつけを聞かぬ奴隷に仕置きをする時のように、体を使って王兄の小さな尻を何度も叩く。  王兄は哀れな泣き声を上げていたが、その声が徐々に甘く変わり、ついには善がり泣きに変わった。尻だけを高々と上げたまま、打たれることを悦ぶように腰が蠢いた。  ダラスは本能の赴くまま、滑りを帯びた柔肉を激しく征服する。なんという淫靡な肉壺だろう。悲鳴を上げながらもダラスの牡に絡みつき、吸い付くようにしゃぶりあげてくる。  頭の芯が真っ白になり、ダラスはあっけなく欲望を解放した。  大量の精を吐き出したが、勢いはまだ収まらない。ぐちゅぐちゅといやらしい水音を立てて中を掻き回すと、耐えきれなくなった王兄が枕に顔を突っ伏した。  寝具越しのくぐもった啜り泣きが聞こえる。前に手を伸ばして擦ってやると、待っていたかのように恥じらいもなく擦りつけてきた。麗しい花の精はもはや淫獣だ。  果てども果てども勢いは止まらず、欲望の滾りは尽きることを知らない。溢れ出たダラスの精液で王兄の足の間は冷たくなるほど濡れていた。 「……もう、出すなッ……私を孕ませる気か……!」  高圧的な叱責の言葉も、ダラスに奥深くを責められれば鼻にかかった喘ぎに変わる。  最後には北方奴隷さながらに善がり狂い、メスの快楽へと堕ちた貴人の中に、ダラスは全てを出し切った。 ******  季節はすでに初夏だというのに、王兄シェイドの礼服は襟が高く、袖も長い。  どこか愁いを帯びたその顔は白く、汗一つ浮かんでいなかった。むしろ白すぎるほどだ。  まるで精緻な石の彫刻が服を着せられて、そこに飾られているようだと、ダラスは胸の内で呟いた。  王都に滞在し、月に二度ある御前会議にダラスはあれから必ず出席している。宮殿の奥深くに住まう王兄を垣間見れるのは、この御前会議の場だけだからだ。  己の夢の中に夜ごと現れる王兄は、赤い唇に淫靡な笑みを浮かべ、これ以上ないほど淫らにダラスを誘うのに、現実の王兄はこちらを見もしない。虚空を見据える顔は美しいけれどひどく儚くて、夢の中で行うような蛮行に晒されれば、舌を噛み切って自死してしまいそうだ。  今日も壇上で国王の隣の椅子に掛ける王兄は、どこか愁いを帯びた視線を重臣たちの上に流している。  どこか痛む場所でもあるのか、青ざめた顔が時折ピクと揺れ、抑え込んだ静かな吐息が悩ましく吐き出される。唇を噛み締める癖があるのか、白い顔の中で唯一鮮やかに色づいた唇は薄く開いて吐息を逃がす。  ――国王と重臣が居並ぶ会議の場で、淫らな責めに耐えているのではないかと、ダラスは妄想する。 ******  肌を見せず鎧のように着込んだ礼服の内側には、性を封ずる縛めが隠されている。  少年のような性器を閉じ込めているのは、昨夜の夢の中でダラスが取り付けた貞操帯だ。次に会う時まで外してはならぬと命じると、王兄は苦しそうにしながらも頷いた。  逢瀬が待ち遠しくなるようにと、淡く小さい乳首にも宝石のついた装身具を挟んでやった。歩くたびに石が揺れて、乳首を噛まれているような気分になるはずだ。飾りの重みで乳首が大きくなったら、次にはもっと大きな宝石を献上しましょうと告げると、王兄は嬉しそうに頬を染めた。  王兄がダラスを見ないのは、見れば貞操帯に封じられた部分が大きくなって苦しいからだ。国王や、他の重臣たちには秘密の関係だ。ましてや、御前会議の場にそのような淫らな性具を身に着けて臨んでいるなど、誰にも知られるわけにいかない。胸についた飾りが音を立てないように、気温も高くなりつつあるというのに、襟の高い禁欲的な礼服でいやらしい肉体を隠しているのだ。  だが、ダラスにはわかっている。宰相の椅子に座りながら、尻が物欲しげにモジモジと動きそうなのを、王兄が必死で堪えていることが。  ああ、今薄く眉を顰めたのは、乳首の飾りが礼服に擦れて甘い疼きを覚えたからだ。上がっていく情欲の熱を悟られまいとしているが、青白かった頬が僅かに上気し、濡れた唇から悩ましい息が漏れる。  我慢なさいませよ、とダラスは胸の内で命じた。今夜忍んでいった時には、言いつけを守って我慢したご褒美に、太い肉棒を口いっぱいに頬張らせてあげますから、と。 ****** 「――それでは決を取る。異存のない者は起立せよ」  国王の声に、ダラスは夢から醒めたようにハッとなった。いつの間にか議題が進行していたらしい。内容は全く頭に入ってこなかった。  周りを窺うと他の重臣たちも是非を決めかねているようで、互いにどうしたものかと視線を交し合っている。と、一人椅子を立つものがあった。ヴァルダン公爵だ。  一早く是非を明らかにした国王の側近を見て、追従するように他の重臣も立ち始めた。ここで頑なに腰を下ろしていて、どんな異存があるかと問われでもすれば答えられない。ダラスも慌てて椅子から立ち上がった。  結局、座ったままでいる者は出なかった。ホッと安堵の息を吐きかけた時、国王が満足げに宣言した。 「満場一致だな。――では、今年の誕生祭は大神殿での儀式のみとし、祝宴舞踏会は省略する。諸侯の国庫への配慮を感謝する」  その言葉を聞いて、ダラスは内心で肩を落とした。  昨年は即位があって立て込んでいるからと、誕生祭そのものが行われず、今年は宴席なし。先王の時代には何夜にも亘って華々しく宴が開かれ、美酒と貴婦人たちとの戯れに酔い痴れたというのに、新しい王は吝嗇家過ぎる。それに、この宴の席であわよくば王兄に近づこうと思っていたのに。  うっかり立ってしまった自分に舌打ちしたかったが、全員が立ったのだから結果は同じだろう。  気分直しに、ダラスは壇上の王兄を見つめた。  無駄に終わるかとは思いつつ、ダラスは毎日のように恋文を送りつけている。陳腐ではあるが、美しさと聡明さを湛え、一度でいいから個人的に拝謁したいと願い出た。不遜だと思われたのか、焦らすつもりでいるのか、その返事はまだ一度ももらえていない。  ――あの方の全てを暴いてみたい。  到底叶わぬ夢だと知りながら、ダラスは望まずにはいられなかった。  間近に言葉を交わし、その本性を知りたい。襟の高い服に隠された肢体を一度でいいから目にしてみたい。サラサラと頬に零れ落ちる髪に触れ、肌の匂いを嗅いでみたい。  卑しい北方人の姿と尊いウェルディスの血を持つ貴人は、いったい何を好み何を厭い、どんな望みを持ち、どうすれば笑ってくれるのか――。  あぁ、そうだ。王兄は誰にも一度も笑いかけない。いつもどこか痛みを堪えるような、悲しそうな表情をしている。笑ってほしいと、ダラスは願った。  あの王兄が己の方を見て、白皙の頬に笑みを浮かべてくれたなら、きっと天にも昇る心地になれるだろう。寝室に入ることを許されるなら、財産も名誉も全て投げうって惜しくない。親しくなったら、領地に置いて来た愛妾や奴隷たちを追い出して、マンデマールの館に招こう。あそこなら邪魔は入らない。ひと夏を共に過ごせば、この狂おしいほどの恋心と情熱を分かってもらえるはずだ。  ほんの僅かな一瞬でいい。自分を見つめてはくれまいか。そう願うダラスの視線の先で――書面を追っていた蒼い宝石が、ふ、と上がった。  ほんの、一瞬だった。  ダラスの心の声に気付いたように、王兄の青い視線がダラスの上に注がれた。胸の中を射抜かれたような衝撃が、ダラスを襲った。  ――王兄から、ファルディアへの旅路に同行してくれるようにとの親書が届いたのは、その三日後のことだった。 ******   汗ばんだ首筋を、草の匂いのする風が心地よく通り過ぎていく。  城からほど近い狩り場の丘は小高くなっていて、見晴らしも良い。領主の私有地であるため、一般の旅人や領民が足を踏み入れることもなく、邪魔をするものはいない。  初夏のこの時期が、北方に位置するマンデマールのもっとも美しく過ごしやすい季節だ。  馬の好む草が青々と茂り、小さく可憐な白い花が一面の青に散っている。いずれ来る厳しく長い冬を忘れさせるほど美しい光景だ。 「この光景を貴方様にお見せしたかったのです。夏のマンデマールは祝福に満ちていますから」  ダラスは振り返り、貴人に語りかけた。  だが、王兄には景色を愛でるだけの余裕はなさそうだった。  全身を緊張させ、手綱を握る手も白く関節が浮いている。詰襟の上の美貌は朱に染まり、形の良い唇が噛みしめられていた。 「……ダラス……!」  ダラスは馬を下り、王兄の下馬を援けた。頼りない少年のように、王兄の白い手がダラスの上着を掴んでくる。動きの鈍い王兄が落馬しないよう、ダラスは細身の体をしっかり支えた。  供周りの従者が草原に敷物を敷き、馬と自分たちの身体で二人を隠すように周囲を囲ませる。腰が抜けたように膝が折れる王兄の身体を抱えて、ダラスは敷物の上に座らせた。手を離そうとするダラスに反して、王兄はダラスの服を掴んだ手を離さなかった。  無言の要求にダラスは苦笑を洩らし、そのまま王兄の乗馬服の留め具に手をかけた。上着はそのままに、腰の部分を外して下だけ脱がせてしまう。  白く滑らかな肉の狭間から、真っ赤な組み紐が二本垂れ下がっていた。 「もう我慢ならぬ。早くせよ!」  居丈高に命じると、王兄は立ったままのダラスの足元に跪き、焦りを感じさせる仕草で着衣に手をかけた。  ぴっちりした乗馬用ズボンの留め具を外し、その中に収まるダラスの逸物を探り出す。飢えたような王兄の期待に応えて、隆々とした肉の凶器が飛び出した。 「あぁ……」  硬く反り返って現れたものに、恍惚とした溜息が吹きかけられた。 「憎らしいやつ。これほど立派にしておいて、平然と馬に乗るとは……!」  言いざま、王兄は恭しい手つきでその肉棒を捧げ持つと、舌を伸ばして吸い付いた。 「お……それほどお待ちかねでございましたか」 「言うな。私がどれほどそなたを欲していたか、わからぬはずもなかろうに」  張り出した先端にしゃぶりついた王兄は、その秀麗な白い顔を傾けて、威容を示す肉塊を呑み込んでいった。ダラスは慈しむように白い頬に手を添える。  北方風の容姿を持つ王兄は、顔が小さく、顎も細い。形良い唇も決して大きいとは言えない。その口の中に筋を浮き上がらせた肉の塊が消えていく。  神経質そうな眉が寄り、長い睫毛が震えた。ダラスの牡はまだ根元が残っているが、王兄の口の中はすでにいっぱいで、ここが限界そうだ。年端もいかぬ少年のような小さな舌が裏筋を舐め回す。ダラスはゆっくりと腰を前後に揺らした。 「……ウッ……、ッ……ンゥッ……」  喉の奥で呻きながらも、白い顔が必死にしゃぶりついてきた。口の中は狭くて、張り出した傘の部分が上顎を擦り、先端は喉の奥に当たっている。深く入り込むたびに苦しそうに眉が寄ったが、王兄が弱音を吐くことはなかった。 「お上手です。歯を立ててはいけませんよ。そうなったら、貴方様を愛して差し上げることができなくなりますから」  言われずとも心得ている、と王兄が視線を上げてダラスを見上げた。澄み渡る空よりも蒼い瞳が、今は涙を溜めて情欲に濡れている。男を狂わせる、魔性の青だ。  ダラスは柔らかい白金の髪を両手で梳き、あどけない少女のような美しい貌を露わにした。 「さぁ、いきますよ。喉を開いて……」  大きな両手で頭を掴むと、二つの蒼い宝石が覚悟したように瞼に隠された。額にうっすら汗が浮かんでいる。これから訪れる苦悶と快楽への期待が、従順に目を閉じた白い顔を美しく彩っていた。無論、期待を裏切るつもりは毛頭ない。  両手に掴んだ小さな頭を、ダラスは引き寄せた。 「……ンッ!……ンンッ、グ、……ンンゥ――――ッ!」  反り返った怒張の先端で狭まった肉を無理やり押し広げ、喉の奥を突く。固く目を閉じた美貌が苦悶に歪んだ。  舌の付け根がビクビクと痙攣し、抑えきれないくぐもった呻きが鼻から漏れる。許しを乞うように白い両手がダラスのズボンを掴みしめたが、もう少しの我慢だ。後ろに逃げかける頭を押さえ、肉の凶器をさらに奥へと潜らせる。小作りな王兄の喉奥が四方から亀頭に絡みつき、締め付けてきた。 「……ン……ン――……」  下半身を曝け出して跪いた王兄が、体を大きく痙攣させた。腰が揺れ、敷物の上で二本の組み紐が蛇のようにのたうつ。  汗を浮かべた白い額に、もう苦悶の色はなかった。喉を塞がれる苦しみで体内に入った異物を締め付け、中を刺激されて昇天したのだ。 「……ああぁ……」  口から逸物を抜き出すと、恍惚とした溜息が漏れた。すっかり蕩けて目の焦点が合わなくなっている。赤く色づいた唇が唾液に濡れて光っていた。   「お尻を出してください。玩具を抜いて差し上げます」  もはや口も利けない様子で、王兄は黙ったまま敷物の上に這うと、高々と上げた尻をダラスに向けた。  黒子一つない真っ白な肉の狭間に、淡く色づく淫靡な窄まりがあり、親指大の丸い突起が見えた。そこから真紅の組み紐が二本垂れている。今し方の刺激で媚肉はふっくらと盛り上がり、咥えこんだ小さな異物を、吸い込んだり吐き出したりしていた。  ダラスは細い方の紐を手に取り、それをゆっくりと引き出した。 「ぁ、ああ……ッ……!」  肉環の縁が捲れ上がって珊瑚色の肉を覗かせる。その奥から丸いものが姿を現し始めた。 「……ぅふ……んんッ……」  親指程の頭の部分が抜けてくると、紐を結ばれた括れの部分が現れた。なおも引くと、僅かな抵抗感とともに、その先の膨らんだ部分が音を立てて抜け出た。王兄の尻から生み出されたのは、胡桃大の大きさの、玩具のように小さな瓢箪だった。  内股を香油が滴り落ちて敷物を濃く染めていく。これが栓の役割を果たして体内に入れた香油を堰き止めていたのだ。 「もう一つ。次は大きい方をお出ししますよ」  残った紐に指をかけると、小さな口が怯えたようにキュッと窄まった。ダラスはその愛らしさに笑みを漏らす。 「出さなければ、入れて差し上げられません」  笑いを含みながらも、ダラスは慎重に紐を引いた。怪我をさせては元も子もない。体内に埋め込んだ小さな頭の部分が顔を覗かせると、ダラスはそれを指先に掴んで、ゆっくりと力を込めていった。 「ぁ、あふぅ……ッ」  二つ目の瓢箪は大きかった。しかも表面は不格好に歪み、瘤のようになっている。ダラスはそれを上下に揺らしながら、油の滑りを借りてゆっくりと引き出してきた。すらりと伸びた腿が緊張に震える。 「……は、はや、く……」  四つん這いになって尻を向ける王兄が、鼻にかかった声で乞うた。苦しいのかと思ったが、そうではない。瘤のような異物をグリグリと捩じられて、再び放埓を迎えそうになっているのだ。ダラスはその好色さに舌を巻いた。  そういえば、遠乗りの前にこれを入れてやる時も随分可愛らしかった。最初は怯えて泣きそうだったのに、中に香油をたっぷり注いでこの大きい方を入れてやると、途端に頬を染めて大人しくなったものだ。やはり北方人の血を引くと獣並みに淫蕩になるらしい。 「あぁ……もう、もうならぬ……ッ」  這った姿勢のまま肘を折り、片手を下腹に宛がって王兄が悶えた。二つ目の瓢箪の一番大きい部分が抜け出ようとしていた。赤子の拳ほどもあるそれを吐き出そうと、肉の環が皺をなくすほどぴっちりと拡がっている。ダラスは王兄の被虐的な期待を高めるように、ゆっくりとそれを取り出した。 「……あ、あぁ……」  大きな異物を取り出すと、拡がった穴から残りの香油が溢れ出た。大小二つの瓢箪を体内から生み出した王兄は、敷物に突っ伏して切ない啜り泣きを漏らしている。  城内でこれを収めさせた時には遠乗りすると告げていなかったので、まさかこのような責苦に合うとは思ってもいなかったのだろう。だが、悦んでもらえたようだ。 「馬に乗れますか」  ダラスは、尻を震わせて這っている王兄を引き起こした。代わりに自らが敷物の上に寝そべると、すっかり頬を上気させた王兄が、ノロノロと緩慢な動きでダラスを跨いだ。乗馬服の上着の裾から、青く染めた革の拘束具が見えた。 「もう、これを取っても良かろう……?」  王兄の手が、ダラスの手を取って足の間に導いた。勃起できぬように嵌められた革の貞操帯だ。ダラスは首を横に振った。 「それは嵌めたままです。その方が感じやすくなって、お尻で逝きやすくなるのがわかったでしょう」  淫らな肉体を持ちながら性に未熟なままの王兄に、ダラスは様々な悦びを教えてやった。これもそのうちの一つだ。娼館が奴隷を調教するときに用いる手法だが、尻穴での快楽を教え込むにはこれが一番早い。 「さ、貴方様の馬を走らせましょう」  元々矜持の高い王兄は悔しそうに唇を噛んだが、ダラスの促しに逆らわなかった。先ほど口で大きく育てた怒張の上に尻を構え、自らの手で尻肉を左右に開いて、ゆっくりとその上に腰を下ろしていく。緩く解れた柔肉にダラスの肉棒が呑み込まれていく……。 「あぁ……」  根元まで収めると、王兄が熱い溜息を吐いた。温かい柔肉に包み込まれて、ダラスも快感の吐息をついた。 「今日は蕩けそうに私を迎え入れてくださいますな。いつもは拒むように硬く口を閉じていらっしゃるのに」 「私がいつ、そなたを拒んだッ……」  悪態を吐きながらも、王兄は腰を揺さぶり始めた。  肩のところで切り揃えた髪を揺らして、細身の体が規則的に揺れる。常歩と言ったところか。  王宮育ちの王兄は乗馬の経験が浅いらしく、ここへ連れてきた時にはひとりで馬にも乗れなかったものだが、この頃は漸く慣れてきたようだ。本物の馬にも、忠実な臣下という馬に跨ることにも。  敷物の上に体を伸ばして王兄を下から見上げると、白金の髪が太陽の光に煌めいて美しかった。北方人と言えば、低能で強情で、縛り付けて尻を出させるしか能がないと思っていたが、この王兄は違う。教養もあり、花のように嫋やかで美しいのに、臍から下だけが高級娼婦だ。 これ以上の性奴はどこにも居るまい。 「そろそろ駈歩になりますよ」  王兄の息が上がってきたのを感じ取り、速度を高めて責め立てる前に、ダラスは手を伸ばして王兄の乗馬服の留め具を外していった。  滑らかな白い腹が現れ、青い紐で腰に結び付けた貞操帯が露わになる。さらに上の方まで釦を開けていくと、王兄が恥ずかしそうに頬を染めた。  白くなだらかな胸の両側に、一対の黄金の輪が光っていた。  大粒の青玉を中央にあしらった金の環が、二つの乳首を飾っていた。 「大きくていやらしい乳首になりましたね」 「あっ……あっ……」  ふっくらと盛り上がった肉粒に触れると、王兄が絶え入りそうな声を上げて悶えた。  王都にいる間に毎夜乳飾りで挟んでやったので、可憐なほど小さかった王兄の乳首は、男の情欲を誘うほどぷっくり膨れた立派な肉粒になった。そなたの所有物になった証が欲しいと願った王兄のために、ダラスはマンデマールに来た日に王兄の乳首に手ずから穴をあけ、この見事な青玉の環を通してやったのだ。石の重みで、あれからさらに大きくなったようだ。 「走りますよ」 「ぁ、あッ……ッ!」  下から激しく突き上げると、王兄が鼻声を上げて仰け反った。一対の環が振り子のように大きく揺れる。悶えて浅く腰を浮かせたところを、ダラスは肉の凶器で下から貫いた。 「あひぃ――――ッ!」  娼婦のような声を上げて逃げかかる腰を捕らえ、疾走する馬のごとく下から突き上げる。白い両腿がダラスの胴をしっかりと挟み込み、手は手綱を握るようにはだけた乗馬服の裾を握りしめた。 「速く! もっと速く走らせて!」 「……ぅあ! ぁああッ……ぁあ――ッ!」  王兄の乗った馬はどんどん速度を上げていく。青玉をつけた環が激しく揺れて肌を叩いた。乳首が千切れそうなほど伸びて王兄を啼かせる。貞操帯の隙間から、ダラスの腹の上に透明な液が零れ落ちた。 「ひぃ……ひ、あひぃい!……ダラスッ、この暴れ馬めッ……ぁああああッ」  国一番の名馬を捉まえて暴れ馬とは。  王都にいた時は仕えるべき主君であったが、マンデマールにおいては王兄はダラスの愛妾だ。主人に対する口の利き方をそろそろ教えてやらねばなるまい。 「走りなさい! 種付けしてほしくば、もっと速く!」  馬の尻を鞭打つように、王兄の尻を平手で打つ。  高い悲鳴を上げた王兄は、伸び上がったまま体を硬直させると、貞操帯の先から服従の蜜を垂れ流した。   ******  事情が変わってしまったのだと従者が告げに来て、ダラスの淡い望みは儚く潰えた。  国王誕生祭が目前に迫っている。宰相たる王兄が王都を空けられるはずがなかったのだ。王兄とともにマンデマールへ向かうはずの馬車は、中に誰も乗せぬまま、王都から一番近い宿場町で待つダラスの元へ戻ってきた。  失意のあまりこのまま領地へ隠遁しようかとも思ったが、そうしたらもう二度と王兄の姿を見ることができない。結局ダラスは何事もなかったような素振りで王都に戻り、誕生祭の儀式に参加する以外なかった。  王城から大神殿へ続く大通りを、華々しい軍服に身を包んだ近衛兵が進んできた。大神殿の前で、他の大勢の貴族とともに国王の到着を待っていたダラスは、群衆の間から現れた二つの騎影に目を凝らした。  黒い牡馬に跨った国王ジハードの傍らに、白馬を操る王兄の姿が見えた。  黒に真紅、白と濃青。王家の最高位に立つ兄弟は、見た目は対照的でありながら、一対の神々のようにも見える。まるでウェルディとファラスがともにこの地上に降り立ったかのようだ。二柱の神の化身が並び立つ姿は、それだけで大いなる祝福に満ちていた。  馬から降りようとした王兄が、儀礼用の衣装が重いのかよろめいた。彼我の距離も忘れて、ダラスは思わず足を踏み出しそうになる。だが、落馬しそうになった彼を支えたのは、すぐ傍らにいた国王だった。  初めから手の届かぬところにいる相手だったのだ。  ダラスは寂しさと虚しさを噛み締めながら、大神殿の中へと連れ立って入っていく後ろ姿を見送った。  大神殿の壁画の間で、用意されていた席に着いて儀式の始まりを待っていたダラスは、人目を忍ぶように近づいてきた従者に声をかけられた。  青いお仕着せに金の刺繍。袖口に幅広の飾り刺繍が三本入っているのは、確か王宮の宮の侍従長を表す印だ。  赤みがかった明るい髪の色は北方人との混血であることを示していたが、どこの宮であれ、王宮の侍従長ならそれなりの身分だ。促されるまま、ダラスは壁画の間を後にして大神殿の奥にある小部屋の前に来た。  従者が扉を四つ叩くと、中から入室を許可する声が聞こえた。その声に、足元から血が逆流するような心地になる。  信じられない思いで、ダラスは手を震わせて取っ手を握り、ゆっくりとその扉を開いた。  天窓から光が降り注ぐ明るい部屋の中にいたのは、まさに天から舞い降りてきたばかりの御使いだった。  小さな卵型の白い顔、額には星青玉の宝冠。白金の髪は光にきらきらと輝きながら、柔らかく首筋に纏わりついている。遠目にも美しかったその顔は、間近で目にするといっそ神々しいほどの美貌だった。  身に纏っているのは第一王位継承者の第一礼装だ。白地に金の縁取りの礼装は、どちらかと言えば王族らしからぬほど簡素な意匠であるのに、身を包んだものの気品がそれを補って余りある。少し大きめのゆったりとした作りが、むしろ帯を締めた腰の細さや肩の線を際立たせていた。  その肩からは、目も覚める程青い夏用のケープが、細身の体を包むように流れ落ちている。まるで一幅の絵のようだと思いかけて、ダラスは内心で首を振った。どんな画家でも、この美しさをありのまま写し取ることは不可能だ。性別も年齢も問題にならない、血筋の尊さを感じさせる麗姿だった。  青い目が優しい笑みを湛えてダラスを見つめていた。この青い瞳に、金泥のような虹彩のきらめきがあるのを、ダラスは初めて知った。 「……このような場所に呼び立てする非礼を許してください」  耳に届いたのは、夢の中で聞くより何倍も柔らかな声だった。  ダラスはまろぶようにガクガクと膝を折り、貴人の足元に跪いた。あれほど腕に抱きたいと夢想した相手だというのに、対峙してみればあまりの気高さにまともに顔を見ることもできない。まさか王兄がこのような人物であったとは、思いもしなかった。  彼の人は王兄という至高の身分に在りながら、貴族とは名ばかりの地方領主に過ぎない自分にまで、これほど言葉柔らかに語り掛けてくれる人であったのか。  青い瞳は澄んだ光を湛え、微笑みはダラスの心に寄り添うように温かい。国王ジハードが宰相の位に就けた理由がやっと呑み込めた。  この王兄の事を、性奴同然の北方娼婦の血を引く庶子だと、どこかで蔑む気持ちがあったのは確かだ。力づくで手に入れることを何度も思い描き、実際組み敷けば容易く堕ちるものだと確信していた。――だが、これは違う。  慈愛に満ちた微笑みには、美しいだけでなく確かな誇りと品格がある。底まで澄んだ青い瞳は何もかもを見透かしそうで、如何なる虚勢も偽りも通用しない。腹の底に隠した劣情までもが見破られてしまいそうだ。 「侯の示してくださったご厚意を無にしてしまったことを、ずっとお詫びしたいと思っていました」  衣擦れの音とともに、貴人がこちらに歩を進めてきた。ダラスは慌てて叫ぶように言葉を発し、膝を突いたまま後ろに下がった。 「とんでもございませんっ。王兄殿下にちゅ、……忠誠を示すのは、臣下として当然の務めにございます」  腹に抱いていた邪な願望が今は恥ずかしい。  毎夜見た淫らな夢に出てきたのは、人の心を惑わす夢魔に違いない。目の前にいる聖なる貴人とは、似ても似つかぬいやらしさだったではないか。あんな夢を見た自分を蹴り殺してやりたい。  ダラスは後ろに下がりながら、声を張り上げて叫んだ。 「これからも、このダラス・マンデマールの忠誠は王兄殿下の元にございますッ」  貴人の足が止まり、部屋に沈黙が下りた。  何も言わず、これ以上ダラスに近づくこともなく、貴人は静かに佇んだ。  あまりに長い沈黙に、何か不遜なことでも口にしてしまったかと、ダラスは恐怖に襲われた。だとしたら、何としてでも詫びて許しを請わなければならない。  恐る恐る顔を上げたダラスは、それを待っていたかのような王兄の眼差しに迎えられた。 「マンデマール侯。この国はこれから大きく変わっていかねばなりません。幾つもの困難があるとは思いますが、この国の繁栄のために力を尽くす所存です。どうか侯も、私と国王陛下の力となってくださいませんか」  身分の差を感じさせぬほど柔らかで、そして固い決意の滲む言葉だった。  ――どうして否と言えるだろうか。  御使いの化身にも等しい王兄が、自らの名を呼び、目を見て声をかけてくれたのだ。他ならぬこの自分に、国を変えていくための力になってくれと。命も財も、いったい何を惜しむことがあろうか。 「……改めて申し上げるまでもございません。私の命はすでに両陛下にお捧げいたしております。まことに微力ではございますが、このダラス・マンデマール、一命を賭してお仕えする所存にございます」  ――貴方様の御為に。  続く言葉を、ダラスは胸のうちに呑み込んだ。これは口に出して言わなくてもいい。自分だけが分かっていればいい事なのだから。 「ありがとうございます。頼りにしています。マンデマール侯」  光を浴びて佇む御使いが、輝くような笑みを浮かべた。忘れかけていた淡い恋心が胸のうちに蘇ってくる。  見返りは必要ない。ただこの笑みを曇らせたくないのだと、少年のように無垢な心でダラスは思った。 ****** 「……あんなにうかうかと側に寄られて、間違いがあったらどうなさるおつもりです」  フラウが放心したようなダラスを廊下まで送って戻ってくると、続きになった隣の部屋からサラトリアが出てくるところだった。  小言めいたことを言う公爵に、シェイドは軽く眉を上げて言い返した。 「そのために公に待機していただいていたのですから、間違いなど起こるはずがありませんとも」  やり取りを聞いていたフラウは笑いを噛み殺した。  国王を守るためには力を持たねばならないと決意してから、シェイドは変わった。以前はただ流されるままに受け身であったものが、自らの足で立ち、今は新たな流れを作ろうとさえしている。  王兄という血筋、宰相の位、時にはファラスの御使いを思わせる高貴な姿をも武器にして、あやふやな人の心を掴み取る。これがウェルディの末裔としての、シェイドの本来の姿なのだろう。  儚げな容貌の内に隠し持っていた策士の顔は、驚くほど強かだった。 「さぁ、控室に急ぎましょう。国王陛下の時間稼ぎもそろそろ限界でしょうから」  青いケープを翻し、シェイドが部屋の奥へと足を向けた。香草の香りがふわりと漂う。  この日、この機会を選んで、シェイドはダラスを呼びつけた。  確かに間違いなど起こるはずがない。光差す大神殿の一室で、第一礼装を纏った自分がどのように見えるかをシェイドは心得ている。国王誕生祭という特別な日に、この神聖なる場所で神の使いに邪念を抱くような不届き者は流石に存在しない。  ――だが、白桂宮では別だ。  嫉妬深いウェルディの現身は、密会がやけに長かったことを口実に、今宵もファラスの御使いを地上に堕として肉の悦びで責め苛むのだろう。いや、夜までさえ待てないかもしれない。  腹が痛むと言い張って、一室に籠って神官たちを待たせている国王は、きっと白桂宮に戻るなりシェイドを寝室に連れ込むだろう。ファラスの御使いのような白い衣装を纏わせたまま、嫉妬の心が完全に晴れるまで啼かせ続けるに違いない。  夜通し叫び続けるはずの主のために、喉を潤す蜜漬けの果実酒を用意せねばと考えながら、フラウは足早に進む二人の後を追いかけた。

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