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第58話 神饌:ウェルディの系譜④

 白桂宮のホールに出て、ラナダーンは使者を迎えた。  公爵家から遣わされてきた使者は、沈痛な面持ちで手紙を捧げ持っている。それを受け取って中を検めたラナダーンは、使者に労いの言葉をかけて退出を許した。  長年この宮の侍従長を務めるフラウが、去っていく使者の背に敬礼した。  手紙を読まなくとも、この従者には内容がわかっているのだろう。その肩を一つ叩いて、ラナダーンは王子たちを暫く乳母に預けるように命じる。扉に鍵をかけ、当面の間何者もここに出入りさせぬように、とも。  宮の中は静かだった。元々建てられた当初から、王族の住まいとしては質素なほどに小さな宮で、従者の数も少なかったと聞いている。秘密を守るために、王宮のように多くの使用人がいる状況を避けたのだろう。  ラナダーンは一人で宮の奥へと進んでいく。この宮で養育されていた時には入ることを許されなかった、上王の私的な空間へと。この国の王になるということは、ここへの出入りを許されるということだ。ラナダーンはわざと気配を隠さずに、寝室へと足を踏み入れた。  扉が開閉する音を聞きつけて、寝台の上の人影がびくりと体を震わせた。  ラナダーンはその寝台の端に腰を下ろし、声をかけた。 「……どうですか、シェイド。私を受け入れる気になりましたか」  かつては父王と同等の敬意を向けた相手を名で呼ぶ。あの頃と今とでは立場が違うことをわからせるために。  くぐもった呻きが漏れた。是とも否とも判別できない声だ。ラナダーンは汗ばんだ肌に指を這わせる。  父王と同衾したはずの広い寝台の上に、上王が手足を四隅の柱に縛られて、一糸纏わぬ姿で磔にされていた。  白い肌は熱を持ち、上気して汗ばんでいる。ふいごのように荒い息を吐く胸をひと撫でし、ラナダーンはその指先を下腹部へと滑らせていく。 「……ンンッ、ウゥ――ッ……」  上王が悶えて指から逃れようとするが、四肢を捕らえる絹の帯が軋んだだけだ。臍を擽り、柔らかな下生えに触れたところで、ラナダーンは気を変えて顔を振り返った。  汗ばんだ額から白金の髪を指で梳き、涙で湿った目隠しを外してやる。泣き濡れた青い目が、怪物でも見るように怯えた視線を向けてきた。 「そろそろ良いご返事が聞きたいものです」 「ンゥッ!……ンッ……」  これ見よがしに指で乳首を弾いてやると、きつく閉じた瞼から涙が零れ落ちた。縛られ続けている足もガクガクと震えている。  頃合いとみて、ラナダーンは猿轡も外してやった。 「……お願い……外して、ラナダーン……、もうこれを抜いて……」  堰を切ったようにしゃくりあげながら懇願するのを、ラナダーンは冷淡な表情を作って見下ろした。  もっと容易く堕ちると思っていたのに、上王は思いのほか強情だった。  父王の秘された妃として寵愛を受け続け、先日までは臣下のヴァルダン公爵の伴侶でもあった人物だ。ラナダーンと同じ名を持つ自身の異母兄とも肉体関係があったと聞いている。  今更守る操もないはずだ。なのにどれほど責め抜いても、ラナダーンからの求愛だけは受けられないと頑なに拒み続けている。  上王を苦しめているのは、雄芯の中を貫く硝子の棒だった。  かつて洗礼の秘薬という名で娼婦たちを苦しめた薬があったらしい。  一度使えば淫婦になり、二度用いれば犬になる。三度受ければ掃き溜めの穴――そんな下劣な謳い文句で囁かれる、依存性と常習性の強い媚薬だ。  それを精製して純度を高めたものが、今ラナダーンの手元にある。 「お願い……お願いします、ラナダーン…………もう抜いて、ッ……あぁ、もう我慢できない……」  細い腰がひっきりなしに揺れている。動けばそれが刺激になって余計に苦しむとわかっているだろうに、自らを苛む動きを止められないのだ。  屹立を貫いた硝子棒には、螺旋を描く溝が彫り込まれている。その先端には大小の三つの珠が形取られていた。  挿入時に淑やかな上王を獣のように叫ばせた連珠は、今は屹立の奥で肉の狭道を堰き止めてそこに媚薬を溜めている。悶えても叫んでも、責め具が抜け落ちることはない。むしろ悶え苦しむその動きが、上王を終わりのない恍惚へと追い立てていた。 「……アアァッ、また……ヒッ、ヒィ――ッ……抜いて! もう抜いてぇぇ…………ッ」  全身を強張らせて上王が絶頂へと昇りつめる。媚薬で何度高みに追われても、精を吐き出す道は塞がれたままだ。  快楽と苦痛が入り混じる拷問に、あとどのくらい上王は耐えるだろう。屈するのが先か、それとも正気を失って、文字通りウェルディの子の肉穴としてこの宮に幽閉される存在となるか。  ――いっそ、そのほうがあの御方を苦しませずに済むのかもしれません……。  ラナダーンに秘薬を預けたときの、公爵の顔を思い出す。  ファルディアへと送り出す時には幽鬼のようだった上王は、王都を離れた二年の間に元の健やかさを取り戻した。公爵はこの卑劣な薬を用いることなく上王を癒し、上王もそれを受け入れたのだ。  父王に劣ると言われたのなら諦めもできる。  だが臣下に過ぎないあの男を受け入れながら、ラナダーンの求愛を拒絶するなどということは許し難かった。ラナダーンはウェルディの血を継ぐ王であり、本来あるべき正統な所有者であるというのに。 「抜いてほしいのなら、言う事があるでしょう」  求愛を受け入れ、妃となること。ラナダーンが求めたのはそれだけだ。父王を忘れよとも、公爵を捨てよとも言わなかった。  たったそれだけだというのに、上王は我が子同然に育てた相手を夫にはできぬと拒み続ける。今も首を横に振って、ラナダーンが求める答えを口にしようとはしなかった。  ラナダーンは息を吐いた。  憎まれても構わないのだと言ったのは、ファルディアに送り出す前の公爵だ。愛されることが叶わないのなら、せめて恨みでも憎しみでも良いから上王の心の片隅に存在を残したい、と。  公爵にそう言わせた心の動きが、今のラナダーンには苦しいほどに理解できる。  愛されないのならばいっそ永久に消えない傷を刻み付けて、自分という存在を忘れられなくしてしまいたい。  ラナダーンは無防備な乳首を指で弾いて、口元に冷笑を浮かべた。 「……そうやって拒み続けていれば、いつか公爵が助けに来てくれるとでも思っているのですか」  意識せずとも、嘲るような声が出た。  ここにいるのは、無邪気に上王に甘えた王子ラナダーンではない。王家の遺産を引き継いだ正統なる所有者だ。白桂宮の虜囚を支配し君臨するべく生まれた、ウェルディの末裔なのだから。 「公爵は参りません。ヴァルダン公爵家からこの知らせが届きました」  使者から受け取った知らせを、ラナダーンは上王の顔の前に広げた。  それは、数日前に上王とともに王都へ帰還した公爵が、今朝がた城下の屋敷で身罷ったという知らせだった。  瞬きすら止めて、青い双眸が食い入るように文を見つめた。その目が何度も文面を辿るのがわかる。公爵は体の不調を上王には隠していたというから、とても信じられないのだろう。――だが事実だ。  父王ジハードは壮年にして生命のすべてを捧げきり、己が役割を全うして天に召された。ウェルディの血を引くヴァルダン公爵もまた、上王にすべてを捧げて世を去った。  次はラナダーンが、その次には生まれたばかりの王子たちとその子孫が、同じ役割を連綿と引き継いでいく。ウェルディリアの王とは、神の花を甦らせるための神饌――神に捧げる供え物なのだから。  その宿命を、ラナダーンは喜んで受け入れる。 「操を守る相手はもういません。……今日から、貴方の夫は私です」  両足の縛めを解いても、上王はもう逃げようとしなかった。  逃げていく場所などどこにもないと悟ったのだろう。この宮は美しい花を咲かせるための庭であり、同時に牢獄でもある。この花に他に咲くべき場所はない。 「何も案じる必要はありません」  ラナダーンは白い両足を割って抱え上げ、ヒクヒクと震える窄まりにいきり立つ怒張を押しあてた。 「貴方はここで私に愛されればいい。父王がそうされたように、今度は私が貴方の夫になるだけです」  香油を注入しただけで何の前戯も加えていないが、上王が壊れることはないだろう。こんな仕打ちは数え切れないほど受けてきたはずだからだ。 「嫌です、ラナダーン……こんなのはいけない……待って……お願い、待って……」  制止を懇願する声を聞き流し、凶暴なほど猛った牡で肉を穿っていく。上王の顔色が変わったのを見て、昏い歓喜が湧き上がってきた。  美しい上王に、ラナダーンは幼い頃からずっと憧れていた。  手が届かぬ相手と知りながら、いつか立派な王になれば少しは認めてもらえると思っていた。心から愛すれば、いつか少しでもこの想いを汲んでもらえるのではないかと。  だが上王はラナダーンを受け入れない。  我が子と思って育ててきたのだから、そんな目で見ることはできぬと拒絶する。どれほど優しく愛しても、愛し返してもらえることはない。  ――ならば、これから支配者となるどの王よりも残酷に君臨して、憎しみと怖れをもって上王の記憶に留まるまで。  欲望に突き動かされるまま、ラナダーンは上王の足を抱え上げ、二つ折りに圧し掛かった。 「ッ!……ぁ、ひぎぃいい――――ッ!……」  仰け反った上王の喉から絶叫が迸った。  上王の屹立を貫く棒は突き刺さったままだ。先端の連珠は深い場所に留まっている。そこを内側から押し上げるように、ラナダーンの怒張が体内に潜り込んでいく。 「ぁ……あ……待って、ラナダーン……嫌だ、入れないで、入れ……ァアア――――ッ……」  膝が顔に突くほど深く折り曲げる。上王の細身の体は柔軟だ。浮き上がって上を向いた尻穴に、ラナダーンは肉の杭をずぶずぶと突き刺していく。  現実を受け入れられないと言うのなら、見せつけてやるしかない。  息子同然に育てた男に、隆々と昂らせた肉欲の証で犯されるところを。幾人もの男を受け入れてきた肉壺が、新たな雄を易々と咥えこむところを。いやらしい媚肉がどんなふうに怒張に絡み、吸い付きながら絶頂に至るのかを、見せつけてやるしかない。  ラナダーンは動き始めた。 「ゆるして……もうゆるして、ゆるし……ぁあ!……ぁあああ――ッ……ッ」  筋を浮かべた肉杭が濡れた穴を出入りする。責め具に貫かれた上王の屹立は、萎えることなく上下に揺れた。先端には硝子の蓋。精の迸りを堰き止められたまま内側から抉られて、白い顔が苦悶に歪む。 「許してほしければ言いなさい。貴方は誰のものです」 「……だめ、ぇ……ッ、やめて、いや、いやぁ!…………おねがい、もうゆるして……ッ」  抗いの言葉さえ耳に心地いい。口で何と言おうと、上王の肉は吸い付くように絡みついてくる。ラナダーンはそれを振り切って肉襞を掻き回した。腰が貪るように淫靡に揺れ、封じられた屹立は解放を望んでヒクヒクと震えている。陥落するのも時間の問題だ。  これでもまだ強情を張ると言うのなら、洗礼を増やしてやろう。粘液をたっぷりと纏わせた棒を何度入れ替えれば素直になるか。  狂ってしまうというならそれもいい。父王のことも公爵のことも忘れて、ラナダーンの事しか考えられなくなってしまえばいい。 「愛しています。シェイド」  腰を大きく突き入れながら、ラナダーンは囁いた。  胸に刻まれたファラスの紋章に翠色の媚薬が滴る。堰き止められた屹立が何かを吐き出しそうにヒクヒクするのが愛らしい。もっと苛めてやりたくなる。  深々と埋めた肉棒で腹の底を抉りながら、ラナダーンは硝子でできた小さな蓋を指で抓んだ。 「さぁ、もっと狂いなさい。善がり狂って、すべて忘れてしまえるように」  囁きとともに、指に抓んだ硝子の棒を引き抜いていく。  突き抜けるような絶叫が、それに応えた。

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