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第12話 初夜

 先ほどの居間を通り抜け、その奥にある寝室へと足を踏み入れる。  貴人の寝室としてはあまり大きくないその部屋にも、小さな暖炉が取り付けられ、暖められた部屋には香草の芳香が漂っていた。 「……来たか」  ガウン一枚で寝台の側の椅子に掛けていたジハードが、出迎えるように立ち上がった。  後ろに撫でつけられた黒髪が湿り気を帯びていることからすると、国王も湯を使ったらしい。更衣のための小部屋が二つ用意されていたので、シェイドが髪を乾かしている間にでも入れ違いで湯殿を使ったようだ。――――いや、そうではなく、もしもあの小部屋で準備を施されているときに、じっと声を聞かれていたのだとしたら……。  シェイドは顔が熱を帯びるのを感じた。情けない声が聞かれていなかったことを願うばかりだ。  案内してきたフラウは扉の中には入らず寝室を出て行った。  それを心細く思いながら、シェイドは薄物の裾をそっと持ち上げ、体の敏感な場所になるべく擦れぬようにして寝台の側まで進み出た。今更逃げることはできない。身を捧げる国王に、膝を軽く折って礼を取る。 「……不調法者に、ございますが……」  奥侍従が初めて貴人の寵愛を受けるときの口上を述べようとしたが、みっともないほど声が震えた。 「どうか、数ならぬこの身に、陛下のお情けを賜りた、く……!」  声は途中で途切れた。最後まで言い切るのを待たずに、ジハードが腕を伸ばしてシェイドの体を抱き寄せたからだ。  一回り大きな熱い体に包まれ、胸が早鐘を打つ。下腹に姿を変えつつあるジハードの腰のものが当たった。それはすでに凶器の様相を呈している。 「覚悟は十分か。……俺はもう、待てないぞ」  衝動を押し殺すような低い囁きに、シェイドは奥歯を噛みしめた。  ここから先に救いは望めない。祭壇に供された贄のように、生きながら裂かれる苦痛を受け入れるしかないのだ。 「は、い……」  返答した途端、薄物の紐が解かれた。  柔らかい絹は肌を滑り落ちて床に溜まる。ジハードはそこからシェイドの体を掬うように抱き上げると、広い寝台の上に横たえた。  ガウン越しにも逞しいジハードの肉体がシェイドの上に覆い被さった。思わず目を閉じた途端、濡れて厚みのある舌が唇の間から滑り込んでくる。  顎に掛かった指に緩めるようにと促され、シェイドは噛みしめていた歯を薄く開いた。その途端、長い舌が口の中さえ犯すようにぬるりと入り込んでくる。我が物顔で歯列を辿り上顎を擽った肉の塊に、縮こまった舌さえも絡め取られると、背筋を息詰まるような震えが走った。  ――――怖い。  王太子であった頃は剣を握って自ら前線の指揮までしたというジハードは、戦士のような肉厚の体つきをしている。背丈はシェイドより頭一つ高く、長い四肢はしなやかな筋肉の隆起に覆われていた。  その力強さを感じた途端、シェイドは半年前のあの苦しみをまざまざと思い出してしまった。狭い場所を無理に押し広げる指の感触、それよりももっと太い凶器に肉を裂かれる痛み――――。 「……ン、……ンン……」  竦み上がった胸元にジハードの指が這った。  香油を塗られて感じやすくなった乳首を、長い指が繊細に擽る。ちりちりとした痺れるような疼きが下腹の方に走って、シェイドは口を塞がれたままくぐもった声を上げた。 「ウ……ン……」  胸に意識を取られた隙に、覆い被さるような口づけは深くなり、舌がジハードに吸い取られる。包み込まれたジハードの口の中は温かく、微かに薄荷の匂いがした。その匂いを嗅いで、シェイドは酔ったような目眩に襲われる。  一生誰とも触れ合うことなど無いと思ったこの唇に、この国で最も尊い男が直に触れ、舌を絡め合わせているのだ。うつつとも思えぬ出来事だが、薄く香る薄荷がこれは現実だと突きつけてくる。 「……ン――……」  溜息のような吐息と共に、シェイドは口内に流れ込んできた唾液を飲み込んだ。  コクリと飲み干す音を聞いて、ジハードが顔を上げた。熱に浮かされたような、情欲を隠しきれない顔だった。 「シェイド……」  熱く名を囁きながら、ジハードの唇が耳朶を吸う。柔らかな肉片に軽く歯を当て、ジハードが掠れた声で欲望を告げた。 「お前を、俺のものにしたい……」  色に濡れた声が、薄い耳朶を震わせた。  背筋を悪寒にも似たざわめきが走り抜けて、シェイドは思わず総身を震わせる。肌が粟立ち、張りつめた乳首が痛みを訴えた。下腹部にあるものがじんじんと脈打ちながら、芯を持って姿を変え始める。  怖れる気持ちはまだ残っていたが、媚薬に煽られた肉体は快楽への期待に震え始めた。 「シェイド……」  ジハードの唇は耳朶を軽く食むと、白い首筋に吸い跡を残しながら、鎖骨から胸元へと下がっていく。頑強さと縁の無い華奢な体つきをシェイドは恥じていたが、ジハードはそれを愛しむようにあちこちに口づけを落としては、きつく吸い上げて所有の印を残した。  口づけは、シェイドの胸に残されたファラスの烙印にも落とされた。傷跡を癒やすように舌で舐め、軽く吸われると、下腹に灯った炎が大きく揺らぐ。 「……あぁ……」  溜息のような喘ぎをシェイドは上げた。  触れられるまでは恐ろしいばかりだったのに、こうして口づけを繰り返されると蕩けるような心地になる。人肌の温かさや息づかいが体の芯に火を灯し、身の程知らずにも、もっと触れて欲しいと口に出してしまいそうになる。 「……っ」  胸への愛撫に気を取られていると、体の中心にも濡れた指が絡まって、シェイドは思わず息を飲んだ。手で触れられれば、気が昂ぶっていることはもはや隠しようもない。男の象徴が熱を帯びて硬さを増している。ジハードが、笑った気配がした。  ジハードは芯を持ったそこを、指の背中で下から上へ撫で上げ、敏感な先の部分を指先で包んで弄んだ。  くるくると弄られ、先端の窪みを指先で擦られると、慣れぬ快感に腰が震える。芯を持っているばかりだったそこに熱が流れ込み、疼くような感覚を伴いながら姿を変えていく。他人の手に官能を導かれる心地よさに、シェイドは吐息の混じった溜息を吐き出した。  ゆっくりと高められながら、快楽に身を任せていたシェイドは、ふと、芳しい香りが強く立った事に気がついて瞑っていた目を開いた。  寝室の薄明かりの中で、ジハードがちょうど小さな瓶を開けるところだった。とろりと流れ出てくる琥珀色の液体は、湯殿で使われたあの香油だ。  ジハードはそれを手にとって温めると、ぬるぬると滑る掌でシェイドの屹立を包み込んだ。 「……ぁ、……っ」  下腹から鳩尾まで、ぞくぞくとした痺れが走り抜ける。  まるで小さな官能の石でも投げ込まれたかのように、屹立の付け根から全身に向かって、波紋のような快感が何度も走り抜けた。指の先まで伝わる、甘い痺れ。  汗に滲む目を開けて見れば、ジハードの手の中でシェイドの屹立は浅ましく天を向いていた。それをさらに駆り立たせようと、長く節くれ立った指がゆるゆると上下に扱いている。 「あぁ……そんな……」  仕えるべき王であり、半分血の繋がった弟でもあるジハードが、卑しい北方人の自分の性器を手で愛撫しているのだ。それは信じられぬような光景であると同時に、味わったこともない背徳的な歓喜をもたらした。  ジハードは震える肉棒をゆるゆると上下に扱き上げ、時折掌で先端を撫で回す。下腹の疼きはますます強くなり、波のような快感が何度も何度も襲いかかってきた。乳首までもが張りつめて痛み、若い王の押し殺した吐息を感じて震えている。 「……もう……」  高まり続ける熱をもてあまし、どうしていいかも分からずに、シェイドは顔を背けて敷布に強く押しつけた。  もう耐えられそうにない。放埒を迎えてしまう。ふしだらな娼婦のように、自分一人だけが高貴の人の前で乱れ、悦楽の頂に辿り着くのだ。消え入ってしまいたいほど恥ずかしい。  なのにジハードは、顔を背けるシェイドの細い顎を掴んで正面に向けさせた。 「……果てるときの顔をみせてくれ」  残酷な命だった。  許されるなら、布で覆って隠したいほどなのに、ジハードは視線を避けることさえ許してくれない。  最もウェルディに近い男が、最もウェルディから遠い兄を手で弄び、淫らに果てる様を眺めてやろうというのだ。異国の男娼が果てるときの、卑しく浅ましい顔を。 「……ぁ、……あ……ッ!」  ただ単に痛めつけて犯すより酷い辱めだ。屈辱的だと思っても、肉体はジハードの手で容赦なく追い上げられていく。  仕方が無い。自分は娼婦の腹から生まれた、卑しい北方の男娼なのだから。  諦めがシェイドの胸を占めた。多くの同胞が寝台の中で主に仕えて口を養うように、己もまたこうする以外では生きることを許されない。肉体ばかりでなく、魂までもを差し出さねば、自分たちはこの国では存在を許されないのだから。 「……は、あ、ぁ……、あぁッ!」  抑えきれない小さな声を上げて、シェイドは涙とともに薄い腹の上に蜜を飛び散らせた。   「…………あぁ」  稲妻のように全身を満たし、微かな余韻を残して通り過ぎていった快楽に、シェイドは深い溜息をついた。  あの瞬間、自分がどんな顔をして果てたのかは想像したくもなかった。きっと生まれに相応しい醜態を晒したのだろう。ジハードはそれを目に収めて、やはり北方人はこんなものだと思ったのに違いない。蔑まれることにはもう慣れている。  走りきった後のような疲労感に身を任せていると、膝の裏を持ち上げて両脚が大きく開かれた。気が抜けてしまっていたシェイドは、今から行われることを思い出してさっと青ざめた。――――そうだ、これで終わりなどではなかったのだ。足の間にガウンを脱ぎ去ったジハードの逞しい体が割り込んでくる。 「……ゃッ」  腫れぼったい窄まりに指先が触れたとき、シェイドは恐怖を抑えきれずに引きつった声を上げた。脳裏にかつての苦痛が蘇ってきた。硬く拒む肉を引き裂かれたときの、あの叫び出しそうな激痛が。  体が強張り、胸が早鐘を打つ。  だがシェイドの臆病さを嘲笑うように、濡れた指は抵抗もなく、ぬるりと奥まで入り込んできた。 「ぁ……」  思わず困惑したような声が上がったほどだった。  あの時はあれほど痛かったのに、今は指を入れられた異物感があるだけだ。 「力を抜いて……口で息をしていろ」  身の内に収めていた香油が溢れて、芳しい匂いが立った。  香油をまとわせた指が肉の狭道をぬるぬると行き来する。あらぬところに異物が挟まっているという違和感はあるが、痛みはない。湯殿で太い栓を含んで慣らしたせいだろうか。それを思い出した途端、あの小部屋で味わった悦楽が身の内に蘇ってきた。 「……ん……っ」  思わず鼻にかかった声が漏れた瞬間、二本目の指が肉環を拡げて滑り込んできた。揃えた指先が内側を撫で摩った。ぶる……と、悪寒のようなものが背筋を走る。  そこは……おかしな感覚が湧き出すところだと、シェイドは思いだした。  今し方放埒を迎えたばかりの屹立の根元の部分だ。付け根の裏側を擦られているようで、弾けて吐き出すときのあの感覚が呼び戻されてくる。重苦しいような熱が再び下腹に溜まり始め、じわりじわりと体の内側から腹の中、胸の奥へと上がってくるような気がした。  勢いを失いかけていた屹立が再び勃ちあがり、鳥肌立つ感覚と共に乳首が痛いほど張りつめる。その胸の柔肉が、ジハードの指先に捕らえられた。 「あ!……ッん」  指先できゅ、と抓まれると、甘い痺れが腰の奥まで走った。体内の指を締め付けてしまい、シェイドは慌てて力を緩める。  ジハードの指を飲み込んだ場所が熱い。ゆるゆると体内を前後する指は、いつの間にかさらに本数が増やされていたが、痛みはなかった。一定の動きで出し入れされ続けるうちに、単調なその動きがどんどん大きくなる振り子のように、甘苦しい波を増幅させていく。 「……ひ、あ……っあ……ぁあっ……」  声が抑えられなかった。  指が深く入ってくるたびに小さな喘ぎが漏れる。甘えるように鼻に掛かった、吐息混じりのいやらしい声だ。腰は指の動きに合わせるようにびくつき、抜け出ていく指を締め付けて引き留める。  狭い場所に指を何本も呑まされて、苦しい。なのにもっと味わっていたい。  気がつけば指の動きを助けるように腰を振ってしまっていた。ざわざわと湧き上がってくる波に追い立てられて、後少しで何か別の感覚が掴めそうな気がしていた。 「……これはどうだ」 「あ、あっ……!」  指を体内で拡げられて、シェイドは掠れた悲鳴を上げた。  窄まろうとする肉壁を拡げられて掻き回されるのは苦しいが、今はもうそればかりではない。下腹がおかしくなりそうなほどの心地よさもある。内側から押し広げられて、また弾けてしまいそうだ。 「あ!あ!……で、る……ッ」  脊椎を甘い電流のような感覚が走り、腹の上を緩い透明な蜜が流れ落ちた。  このままでは許しも得ないまま、また一人だけ極めてしまう。色狂いの遊び女のように、自分だけが何度も。  そうやって、己がどれほど淫らな存在かを叩きつけようというのだろうか。 「……嫌、だ……」  そこまで卑しく堕ちたくはない。縋るように熱っぽい腕に触れると、ジハードが獣のような唸り声を上げた。 「拒めると思うか……!」  ついに忍耐もこれまでだと、ジハードがのし掛かってきた。  指が抜かれた窄まりに熱い凶器が押しつけられたと思った次の瞬間、ぐっと体重を乗せてその肉棒が沈み込んでくる。 「……あ!……ぅう、ッ!……」  ――――大き、い……。  湯殿で入れられた栓の一番大きなものよりさらに太い怒張が、栓を入れられたときより遙かに深く沈み込んできた。  体の奥まで串刺しにされそうな感覚に、怖れを感じて悲鳴を上げたが、体を二つ折りにされているシェイドに逃げ場はなかった。無意識のうちに押しのけようと突っ張る腕をものともせず、凶器はなおも残酷に身を割り開いていく。 「あ――ッ……あ……、あ、あ、あ……!」  太い凶器に貫かれる衝撃で、下腹に滲むような熱が生じた。  ――――娼婦に、される……。  背筋が寒くなるような予感が、シェイドの全身を震わせた。  若い男の牡の象徴を腹に含まされ、男としての自己を否定される。それだけではない。入念な準備のせいでこの肉体は貫かれることに悦びさえ感じている。男に犯されることを歓喜を以て受け入れる、娼婦の体になろうとしていた。 「……い、やだ……」  拒絶の言葉は聞き入れられなかった。  背筋を疼きにも似た快感が断続的に駆け上がる。閉じた瞼の下で閃光が何度も弾け、浮遊感と酩酊感が意識を朦朧とさせる。  大きなものに体を拓かれる圧迫感が、気が遠くなるほど気持ちいい。 「……――――あ、あぁ、あ……あ――……ッ!」  高く叫ぶと同時に、シェイドは両脚で足の間に入った体を強く引き寄せていた。 「……ぁ……」  気がついたときにはジハードの総身が全て埋め込まれ、シェイドは強い腕の中に抱きしめられていた。下腹部にじわりとした余韻と、いまだ脈打つ疼きがあった。 「破瓜されて、気をやってしまったな……」  誇らしげな声と共に、ジハードが下腹に触れた。そこは一面、緩い蜜で潤っていた。  処女地の体奥を犯されて、快楽の頂に昇り詰めてしまったのだ。生まれながらの淫婦のように。  これは違う。こんなはずはない。シェイドは胸の内で叫んだ。  自分は女でもないし、奥侍従だったこともない。こんな風に、犯されただけで悦楽を極めるなどということが、あるはずがない。これは何かの間違いだ。 「や、あ、ひああッ、……ッ……」  だが否定する暇も無く、体内のジハードが動き始めた。  凶器としか思えぬような、ゾッとするほど太いものが体から抜け出ていくと、総毛立つ程の深い悦びが湧き起こった。大きく張った雁の部分が体内を擦り出て行くとゾクゾクとした震えが走る。それが間を置かずに、再び肉を割って奥まで入り込んでくると、その衝撃で下腹を打つものから透明な蜜が次々溢れ出た。  耐えがたいほどの圧迫感も、拓かれる痛みも、実の弟に奥侍従として扱われる屈辱さえ、昂ぶった熱の前に全て快楽へと変わっていく。尻の中の凶器を締め付けながら、シェイドは甲高い嬌声を上げた。 「果てる……。い、く……!」 「シェイド……!」  緩やかだった動きが、肌を打つ激しいものに変わった。  香油に濡れた尻をジハードの体が打ち付ける音が寝台の中に響く。それに合わせて、突き上げられるたびに抑えることのできない声がシェイドの喉から迸った。  媚を含んだみっともない声だ。そう思うのに、いくら声を上げるまいとしても、腹の底を突き上げられると、吐息と共に声が漏れる。思わず掌で塞ごうとすると、その手をジハードにつかみ取られた。シェイドの口を塞ぐように、ジハードが上から唇を奪った。 「……ン!、ンッ!、ン――……ッ」  獣が食いつくような荒々しさで、ジハードがシェイドの吐息を喰らう。口を塞ごうとした手は指を絡めて上から押さえつけられ、痛いほど張りつめた乳首をもう一方の手が抓み取る。 「ン、フッ、ンンン――ッ……ッ」  ビリビリとした強烈な快感が、胸から下腹に走って行く。  縋るものを求めて、シェイドは空いた手をジハードの背に回した。閉じた瞼から涙が滲み出る。穿たれ続ける腰の奥からは止めどのない悦びがわき上がり、擦り上げられるたびに何度も何度も昇りつめるのが分かった。  腹の上に落ちた蜜は、今や脇腹を伝って敷布を濡らすほどだ。  白い尻がいやらしく踊り、貪欲な肉の環は体内の牡を食い締めた。 「……イ、ンゥウ――ッ……インゥ、ンンゥ――ッ……!」  ビクビクと全身を震わせながら、シェイドは腹の上に激しく白濁を噴き上げた。両脚で男の腰を締め上げ、肉壺が牡を根元まで呑み込んで締め付ける。  瞼の裏で閃光が弾けて視界が真っ白に眩み、浮遊感にも似た大波に押し上げられて、シェイドは縋るようにジハードの背に爪を立てた。 「シェイド……ッ」  口を離したジハードが吠えながら、しがみつくシェイドを振り切るように腰を激しく突き上げた。 「や、やめ……ああ、あ!、ゆるし……」  絶頂のさなかにさらに追い立てられるシェイドが声をあげたが、若く獰猛な獣は獲物の悲鳴には耳を貸さなかった。張りつめた凶暴な牡で、絶頂に蠢く体内を突き殺さんばかりに責め立てる。 「シェイド……俺のものだ、お前は俺のものだッ……ッ!」 「ああぁ――ッ……あ!、あ――――ッ!……」  腰が浮くほど激しく突かれて、シェイドは解放された口から身も世もない泣き声を上げた。  もはや苦しいのか、それとも絶頂が深すぎるのかも判別できない。腹の上で跳ねる屹立からは白濁とも先走りともつかぬものが零れ続けている。肌を叩く音、濡れた壺を掻き回す淫らな音が耳を犯し、頭の芯まで蕩けさせた。  ――――もっと、欲しい……。  シェイドは指を絡めて掴まれたジハードの手を握りしめた。  肌と肌を合わせる温もりも、気を失いそうなほどの深い快楽も、今日になって初めて知った。醜い姿を持つ自分には縁のないものだと諦めていたのに、一度それを味わってしまえば手放しがたくなる。もっともっとこの腕に抱かれ、包み込まれていたいと、身の程を知らぬ願いを抱いてしまいそうになる。 「……へ、いか……」  シェイドは甘えるようにジハードの胸元に頬をすり寄せた。汗ばんだ熱い肌と、獣のような息づかいが慕わしい。ずっとこうやって触れていたい。  身を寄せたシェイドを、ジハードの腕が抱き寄せた。 「……く、……ッ!」  ジハードは短く呻くと、動きを止めて両手でシェイドの体を拘束した。  深々と埋められたものから、熱く滾る欲望が体内に迸る。  息も止まりそうなほど深い場所に大量の精が吐き出される感覚を、シェイドはジハードの体に両腕でしがみついて耐えた。洗浄を受けたときの感覚にも似ていたが、それよりももっと快感が勝り、体中が充足感で満たされていく。 「……愛している……」  荒い息の合間に、ジハードが囁いた。  深い快楽の余韻に全身を預けたシェイドは、恍惚としてそれを聞いた。『愛している』などと言われたのは生まれて初めてだ。  だが同時に、どこか冷静な頭の片隅では、その言葉がどれほど儚く虚しいものかを警告する声が響いた。  ジハードは気が変わりやすい。こんな生ぬるい夜伽で許してもらえるのは、きっと今宵限りだ。明日にはまた体を引き裂かれ、使い物にならなくなれば刑場に送られる。自らの父親を殺すことさえ厭わぬ王なのだから、目障りでしかない自分が生かしておいておかれる道理がない。飽きるまでの、束の間の戯言だ。  シェイドは目を開けて、荒い息をつきながら、薄明かりに浮かぶ寝台の天井を見上げた。美麗な花の刺繍が施された立派なものだ。自分には相応しくない。ここで眠れるのは、きっと今夜だけだろう。いくつの花が描かれているのかも数えぬうちにここを去り、そして、新たな『王妃』がここへやってくる。それだけだ。 「愛している……」  肩口に顔を埋めた国王が、耳の下に口づけながら熱く囁いたが、シェイドは胸に空洞があいたような心地でそれを聞いた。この王は、今まで何人の人間にこの空虚な言葉を放ち、興味が薄れれば王宮の外へ放り出して、忘れ去ってきたのだろう、と。  移り気な国王の下に一か月と留まれた奥侍従がいなかったことを、内侍の司の長であったシェイドはよくよく知っていたからだ。

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