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凉音とリオン(黒井 side)
高校生活はやっぱり退屈だった。相変わらず授業には興味を持てなかった。僕が変わっているからだろう、周りから声をかけられることもほとんどなかった。昼休みになると、とある空き教室に1人で行くようになった。
別館2階の1番奥。鍵はかかっていない。別館2階は赤坂くんと初めて会った場所。この辺りは授業でも使われていなくて人も滅多に来ない。静かな場所が好きな僕にとって最高の空間だ。
1年6組、赤坂弓弦くん。中学はここから少し離れたところに通っていたらしい。部活は美術部で趣味はゲーム。性格はマイペース。教室前の掲示板に貼ってある学級通信で確認済みだ。
あれから赤坂くんとは一度も話していない。クラスも校舎も違うから、接点がない。本当はたくさんお話したいけど、臆病な僕には無理だった。たまに姿を見かけては、今日もかっこいいなと遠くから見つめていた。
赤坂くん。君に触れたいよ。もっと近くで感じて、その瞳を奪いたい。僕以外見ることができないくらいに。心も体も全て欲しい。全部全部君色に染まりたい。
この校舎にいると、赤坂くんの匂いがする。見えなくても僕にはわかる。胸の昂りを感じる。ここで1人、誰にも邪魔されず赤坂くんのことを考えるのが僕の日課になっていた。
高校2年生になった。僕の想いが通じたのか、奇跡はやって来た。僕は赤坂くんと同じクラスになった。これは運命としか考えられなかった。帰ってお母さんに赤飯を炊いてもらった。
でも、赤坂くんとは全然話せなかった。彼は固定した友人がいる訳ではないけど、色んな人と分け隔てなく話せる。大人しい人とも、目立つ人とも。消極的な僕は赤坂くんが声をかけてくれるのを待っていた。待てど待てど、すれ違いざまに挨拶をすることもない。見ているだけでも幸せ……そんな訳がない、僕の恋心は爆発しそうになっていた。
そんな僕にチャンスが訪れた。修学旅行だ。残念ながら班は一緒になれなかったけど、4日間のうち少しは話せる機会もあるはず。僕は奇跡を信じた。
しかし、彼とは全く話せず時間が過ぎていく。あの広い遊園地で、1人でスマホをいじっている赤坂くんを見かけたのに……僕は遠くからその姿を見るばかりだった。何回あくびをしたかとか、スマホの画面にオンラインゲームが映っていて、全国9位にランクインしてたとかそんなことを観察していた。肝心なお喋りができないままで、勇気のない自分に嫌気がさしていた。
その夜。今度はチャンスの女神様が現れた。ホテルに着き、飲み物を買いにロビーへ向かっていたところ、愛しいあの声が聞こえてきた。
「部屋が水浸しになって、これじゃあ部屋にいられないんです」
身振り手振りで慌てている赤坂くん。近くには担任の先生とホテルの従業員の人がいる。僕は耳を研ぎ澄ませた。
どうやら赤坂くんの部屋のお風呂が壊れたらしく、部屋が使えなくなったみたいだ。けど、このシーズンは修学旅行生や一般客でいっぱいで、部屋も満室だという。
「誰かの部屋に泊めさせてもらうしかないな……」
「マジすか……」
「仕方がない。今日1泊だけ我慢してくれ。赤坂、誰か泊めてくれそうな人はいるか?」
「いや……俺大して友達いないんですよ……」
赤坂くんと先生がひそひそ話している。深刻そうな雰囲気。でも僕は興奮状態に陥っていた。
赤坂くんと、同じ部屋……?同じベッドで眠る……!?お風呂も入ってないなら、もちろんシャワーも借りるよね……?
他の人と寝る……?ソンナノユルサナイ……!
赤坂くんと寝るのは僕だ。もう二度と戻れないくらい熱い夜にしたい……!
手のひらをぐっと握ったその時。目の前に誰かが現れた。
「ま、眩しい……!」
金色に光り輝いている。手をかざしながら何とか目をこじ開ける。
そこには1人の少年がいた。しかも、顔が僕にそっくりだった。風も吹いてないのに服や髪が揺れている。
「えっ、なに、なに…………?」
僕が呟くと、その光はだんだんと弱まっていき目が痛くないほどの輝きにおさまった。ようやくその姿を見ることができた。真っ白なワンピースのような服を着て、頭には花飾りのようなものを付けている。髪色は僕と違って金色に染まっている。
僕のそっくりさんは僕を真っ直ぐに見つめると、唇をそっと開いた。
「今です。今が貴方のチャンスなのです、凉音……!」
僕の、チャンス……?そもそも君は何者……?何で僕の名前を知ってるの……?僕なの……?頭が混乱する。その様子を察したのか、少年は話を続けた。
「私は貴方自身です。貴方の弓弦への恋心により生まれた、欲望の妖精なのです」
「欲望の、妖精…………?」
欲望の妖精というその少年はこくりと頷いた。
「時間がない。簡潔に話します。貴方は1年間弓弦への気持ちを秘めたまま、なかなか近づけずに悔しい思いをしました。この春同じクラスになり、たった今大チャンスが到来しました。貴方の強い“本能”、すなわち欲望が解き放たれ、私が生まれたのです」
淡々と語る妖精さん。僕の欲望から生まれた……。信じられないけど、なぜか共感できた。僕自身だからだろうか……。
「君は、えっと……」
「私は貴方の一部ですから、リオンと呼んでください。カタカナでリオンです」
「リオン。僕は内向的で、赤坂くんに近づけなかった。でも、僕の本能は赤坂くんのところに『行きたい』って叫んでるんだ……」
「そうです。貴方は今まで十分我慢しました。この想いを解放しましょう!もう我慢なんて必要ない!弓弦と寝る時が来たのです!」
リオンは僕の両手を掴んだ。妖精なのに人肌のような温もりを感じる。みるみるうちに希望へと変わっていく。
そうだ。僕は何を迷っていたのだろう。1年間も赤坂くんと話せず、ずっと後ろから見つめていた。じっとしていられない。自分に正直に。溢れるこの気持ちを思い切り解き放とう……!
「凉音!弓弦のところに行くのです!そして弓弦と一緒にイクのですっ!!」
「わかったよリオン!イッてくる!!」
「その調子なのです、凉音!」
僕はリオンの手をぎゅっと握り返した後、その手を離して背中を向けた。もう僕を縛るものなど何もない。恐れることはない。このまま赤坂くんのところへ突き進もう。奇跡は待つものじゃない、押し倒してでも起こすべきだ!
「だったら、僕の部屋においでよ」
僕はロビーにいる赤坂くんに向かって言った。先生と赤坂くんがこちらに顔を向ける。
「あの、さっき話を聞いてしまいました。僕の部屋でよければ」
僕が近づくと、2人は驚いたような表情を見せた。先生はすぐに笑顔になった。
「黒井!いいのか?」
「はい、喜んで」
僕は満面の笑みを浮かべた。赤坂くんはというと、目をまん丸くさせてまだびっくりしている様子だ。
「赤坂、黒井がそう言ってるけど……」
「あっ、はっ、はい……」
眼鏡をかけ直しながら赤坂くんは答えた。先生はほっとしたかのように息を吐いた。
「はぁーっ。黒井、ありがとう。じゃあ、よろしくな」
「はい!任せてください!」
僕は先生に敬礼をし、赤坂くんを部屋まで案内することにした。
部屋に向かう道中、赤坂くんがぽつりと呟いた。
「黒井、本当にいいのか?」
「いいよ。困ってる赤坂くんを見過ごすことなんてできないもん」
僕は素直な気持ちを伝えた。赤坂くんは入学式の時僕を助けてくれた。そのお礼も兼ねて。それに、赤坂くんと一緒に寝たいし。
「ありがとう。お前、いいやつだな」
少しはにかんで僕を見る赤坂くん。ああ、その笑顔ずっと見たかったやつだよ。そんな顔をされたら、もう僕の理性はゼロになっちゃうよ……。廊下で押し倒しそうになるのを必死に堪えた。
ドキドキしながら部屋に招き、鍵を閉めた。もうここからは帰さないよ。そんな意味を込めて。
そわそわとしている赤坂くんを横目に、僕はお風呂に入った。これから裸の付き合いをするのだから、きちんと清潔にしないと。
お風呂にいる間も気が気じゃなかった。どんなプレイをしようかとか考えられなくて、ただひたすら赤坂くんを夜通し抱きたいと思いながら、シャワーを浴びていた。
僕がお風呂から出てまもなく彼もお風呂に行った。お風呂場から少し強めのシャワー音が聞こえる。僕は立ち上がってドア越しにその音を耳に入れた。
「赤坂くん……っ」
柔らかな香りが鼻に入り込む。まるで媚薬のように僕の体を熱くさせる。
「これが、赤坂くんの匂い……?今、この向こう側に裸の赤坂くんが……!?」
想像しただけで気持ちが高揚する。ドアを開けてしまいたい、その思いをどうにか打ち消しながら彼の帰りを待った。
帰ってきた赤坂くんはジャージ姿に裸眼だった。僕のハートは撃ち抜かれた。いつもの学ランじゃなくてラフな格好だなんて……!しかも今は眼鏡をかけていない。目はいつもより少し大きく見える。その優しい目で見つめられたら……僕はもう呼吸すら忘れてしまいそうだ。
そして、寝る時間になった時、案の定赤坂くんが椅子で寝ると言い出した。優しいからそう言うと思ってた。でもだめだよ。僕と一緒にベッドで寝なきゃ……。何とか半分こすることで添い寝に漕ぎ着けた。
ベッドの上で赤坂くんと目が合った時、もうここで致すしかないと思った。
「僕、赤坂くんのこともっと知りたい。教えてよ……」
その髪に、頬に触れて熱を感じたい。唇を奪って息遣いを確かめたい。指を絡めて奥深くを知りたい。柔らかいベッドの上で抱き合って、もっと愛を深めたい……。手を伸ばそうとしたその時。
「……あ、あのっ、俺も黒井と今まで話したことなかったし、その、色々、知りたい、かな……」
赤坂くんは顔を真っ赤にしてそう言った。嬉しかった。そのまま手を出して事に及ぼうとしたけど、その後は普通の会話に持っていかれちゃった。それでも僕を知ろうとしてくれて、僕に自分のことを教えてくれたのが純粋に嬉しかった。ほとんど話したことがなかったから、こんな近距離でお喋りできるのが夢みたいだ。
呼び捨てで呼んでいいって言われて、すごく胸がときめいた。ずっと呼んでみたかった。嬉しくて「赤坂、赤坂」って何度も呼んだ。
赤坂は入学式での出来事を覚えてなかった。どうやら忘れっぽい性格らしい。ちょっと残念だけど、それほど無意識でやった親切なんだよね。
それからたくさんお話した。ところどころで「似てるから話しやすい」とか「綺麗」とか言ってくれた。もう、赤坂ってばすぐ人を褒める。天然タラシだ。でもそんなところも大好き。
色々と話した後、赤坂は寝ると言った。少し寂しかったけど、寝かさないのは悪いと思って僕達はおやすみを告げた。僕は興奮して眠れないんだけど。赤坂はすぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。いつもはキリッとしているのに、今は子供のように無邪気な寝顔だ。
「赤坂」
呼んでみたけど、やっぱり返事はない。可愛い顔のせいで、さっきまで楽しく会話をして本能が抑えられてたのに、一気に襲いたい欲望が高まった。
手をゆっくりと伸ばし、頬に触れてみる。柔らかい。僕はたまらなくなってそっと抱き締めてしまった。男性らしく引き締まった体。でもふわふわとした甘い感覚。石鹸の香りと赤坂の匂いが混ざって僕の体に染み込んでいく。さらに力を込めてみる。
「んっ…………」
赤坂から声がもれる。起きてはいないみたいだ。可愛いのに色気のある唇。思わず口付けしたくなる……。もうこのまま襲ってしまおうか。いやでも……。体中が熱を帯び、耐えられなくなった僕は急いで洗面所に向かった。
「はぁっ、あんなの反則だよ、赤坂……」
鏡に向かって僕は呟いた。普段とは違う赤坂の様子に胸の高鳴りを抑えられなかった。すると、背後に僕に似た少年が現れた。
「お疲れ様なのです、凉音」
「リオン!」
僕に似てるけど少し高い声。欲望の妖精・リオンが再びやって来た。鏡には僕が2人映っているようだ。少し落ち着かない僕に気づき、リオンは僕の肩に触れた。
「大丈夫です。私は貴方にしか見えません。私の声も貴方にしか聞こえません」
そうなんだ。じゃあ赤坂にはリオンの姿は見えないんだ。傍から見れば完全に僕の独り言になる。
「リオン、ごめん。心臓が持たなくてセックスできなかった……」
「あと一息だったのですよ」
リオンは僕の肩を揉みながら笑った。せっかくのチャンスだったのに、赤坂と普通に会話しているとすごく盛り上がって、純粋に楽しんでいる自分がいた。
「きっと凉音にまだ純粋な気持ちがあるからです。それはとてもいいことなのですよ?」
「ありがとう。ヤル気はすごくあったのに、話してみるとそれだけでも幸せを感じて……」
「無理もないです。ついさっきまでお話すらできなかったのですから。でも、これで貴方は1歩どころか3歩前進しました。お互いを知り、距離を縮めることに成功した今、もうセックスまでの道は近いです!」
キラキラの笑顔を僕に向けた後、リオンはさらに続けた。
「凉音は夜這いはしない主義なのですか?」
「いや……正直今からやろうと思えばできるけど、やっぱり赤坂が起きてる時にしたい。寝てる時に襲うのは何となくフェアじゃない気がして……。お互い目覚めた状態で、愛の言葉を交わしながら肌を感じ合いたいというか……」
もじもじと話す僕に、リオンは頭を撫でてくれた。
「凉音は真面目なのですね。えらいえらい」
「えっ、えへへ……」
「弓弦ももうすぐ凉音にメロメロになるはずです、私は応援していますよ!」
「ありがとう、リオン」
僕の想いを全て肯定してくれるリオン。彼のおかげで僕は素直になれた。そうだよね、これからはもっと積極的に行かなきゃ!臆病な自分とさよならし、僕は自分の心に忠実になることができた。
顔を洗い終わり洗面所から出ると、再びベッドに戻って赤坂の寝顔を見つめていた。日が昇ってもずっと起きて傍を離れなかった。
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