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秘密のノート(赤坂 side)

梅雨が明け、一気に夏がやって来た。ようやく衣替えの許可がおり、みな一斉に夏服になった。しかし教員共がなかなか冷房を付けてくれない。職員室はガンガン効いてるのにな、アホくさ。 下敷きで扇ぎながらぼーっとしていると、またしても頭を叩かれた。 「よっ、赤坂!」 「痛いっつってんだろ!!」 こんなことをしてくるやつは1人しかいない。黄崎だ。また満面の笑みを浮かべていやがる。悔しいけどめちゃくちゃイケメンだ。 「これもスキンシップのひとつだよ」 「どこがスキンシップだ」 頭を擦りながら黄崎を睨んだ。ホント小学生みたいなことをするやつだ。 「また宿題見せろって言うのか?」 「いや、今日は違う」 珍しく違うのか。こいつが今まで宿題以外で話しかけてきたことあったっけ?それくらい何度もノートを借りに来る。 黄崎の口から出た言葉は、意外なものだった。 「今日の放課後空いてる?」 「一応空いてる」 「明日、英語のテストあるじゃん?で、この前お前のノート写したところがテストに出るって聞いたんだけど、全然わかんなくて……。だから、教えて欲しいな、と……」 黄崎の目線がやや下がる。これは驚きだ。あの勉強嫌いな黄崎が「勉強教えろ」などと言うなんて。頭でもぶつけたんだろうか? 「えっ、そ、それはいいけど、放課後は部活とか友達と遊んだりするんじゃないのか?」 「部活は休みだよ。ダチとの遊びは今日は断った」 「いいのか?友達との時間削ってまで……。そいつらと勉強したりとかは……」 「オレのダチは俺と同じで、全員勉強なんてしたことないバカばっかりなんだよ!今日だってする気ねぇし!」 ま、まぁ……確かに黄崎の周りにいるやつらはあんまり勉強しているイメージがない。基本群がって流行りのテレビの話をしたり、自分らの武勇伝を語ったり。しかもでかい声で。黄崎も赤点を何個取っただの叫んでたなそういや。 「……ただ、俺はそんなに頭良くないぞ?いいのか俺で?」 「ああ!?オレに教えるのは嫌ってか!?」 「違う、そういう訳じゃない。ちゃんと教えられる自信が……」 「お前がいいって言ってんだよっ!」 黄崎は顔を真っ赤にさせて怒ってきた。何だこいつ、意図が全然読めん。 「そ、そう言うならもちろん教えるよ。俺でいいなら……」 「大体お前が貸したノートなんだから、お前が責任持って教えろ!」 「意味わかんねぇよ!人に借りておいてそれはないだろ!」 逆ギレすると今度は爆笑された。こいつ喜怒哀楽激しすぎだろ。変なやつ。 「とりあえず、放課後教室に残っとけよ!」 俺を指差し、楽しそうに笑いながら黄崎は席に戻っていった。何でお前が上から目線なんだよ。教えられる立場だろあいつ。余計に暑くなってしまい、俺は下敷きを扇ぐ力をさらに強めた。 そして放課後。冷やかしではなく本当にやつは教室にいた。教室に陰キャと陽キャの2人きり。何かの罰ゲームのように見える。 「悪い、俺今日英語の教科書とノート持ってきてないんだ」 「いいよ別に。オレが持ってるし」 そう言って黄崎は俺にノートを渡してきた。今日は英語の授業がなかったため、持参していなかった。 「オレ、ちょっと飲み物買ってくる。何がいい?」 「えっ、あ、ありがとう。じゃあ、ブラックのコーヒーで」 「ん。買ってる間そのノート眺めてて」 黄崎は財布を持って席を立った。こいつはよく宿題を写させろと言ってきたりからかったりするが、たまにこうやって飲み物やお菓子をくれる。こいつなりのお礼なんだろうか。可愛いとこもあるんだな、と少し笑えてくる。 が、この後の発言によりそれは崩れ落ちた。 「言っとくけど、お前のためじゃねぇからな!オレが飲みたいからついでに買ってやるだけだぞ!」 「何だそりゃ……」 俺はついでかよ。いいこと言うと思った途端また尖りやがって。黄崎は俺に背中を向けて教室を後にした。 とりあえず渡されたノートを開いてみる。そこには英語とは程遠い文字が敷き詰められていた。 『ねぇ、知ってる? 私のホントの気持ち。 きっと気づいてないよね。 私はいつも君を見てるよ。 でも君はいつも知らんぷり。 いっぱいお喋りしてもオシャレをしても 君は変わらない。 もどかしくて寂しくて。 それでも君といたいんだ。』 「何だ、これ…………」 ノートを持つ手が震える。英語でもないバリバリの日本語で、少女漫画の主人公が言いそうなセリフがつらつらと書かれている。しかも可愛らしい言葉とは正反対の汚い字で。 恐る恐るページをめくる。次のページにもその次にも……あらゆるページに文字がたくさん埋められていた。 『バカ。 何で気づいてくれないの? 何でこっち見てくれないの? たまには私の顔を見てよ。』 『あの子といると、君は幸せそうな顔をする。 嫌だな、見たくないな。 私の気持ちも知らないで。 君を独り占めしたいのに。 あの子も知らない君を、全部。』 動揺しすぎてこれが英語なのかとも思った。俺こんなノート書いてたっけ……? 謎の恋心が書かれたノート。字からして黄崎が書いたもの……?でもこんなことあいつが書くか……? 汗が1滴、つーっと流れる。顔から首へと。クーラーも付いてるはずなのに。 ノートを持ったまま固まっていると、誰かの足音がした。 「おーい、コーヒーってメーカーここのでいいか?」 低くてよく通る声。いつもなら遠くにいても嫌でも聞こえるはずなのに、今はそれどころではなかった。 「おい!赤坂!聞いてんのか!?」 名前を呼ばれて俺は彼の顔を見る。いつもと変わらない黄崎がそこにいる。じゃあ、このノートは一体……? 黄崎が近づいてくる。そして俺の横で立ち止まった。黄崎の表情がみるみる変わっていく。目を見開き、青ざめている。手に持つペットボトルが落ち、虚しく音を立てる。 次の瞬間、黄崎は立ち尽くす俺を壁際に押しやり、至近距離で睨みつけた。 「ノート、見た……?」 まずいやつだ。見なけりゃよかった。でもノート眺めとけって言ってたから……。 黄崎の顔が近い。高身長のやつに押されて、俺は身動きすらできない。つり目がいつも以上に大きくて、俺の体を捕らえている。間近で見ると目や鼻や口のパーツが全て整っていて、肌も綺麗で……ってそんなとこ見てる場合じゃねぇ!何だよこの状況!壁ドンされてるじゃんかよ! 見てません、俺は何も知りません。そう言いたい。けど机の上には思いっ切り開かれたノートが。言い訳ができない。おまけに黄崎に圧迫されてるし……。 このノートは何なんだ?ひたすら片想いの言葉が散りばめられている。もしかしてラブレターか何かか?それにしても女口調だし……。必死に知恵を振り絞り、俺はそっと唇を開いた。 「……あの、お前って彼女いるの?」 「……は?」 「いやっ、あの、ノートの文章が女っぽかったから……。彼女からの手紙的なやつかと思って……」 もしかしたら彼女にもらったものかもしれない。何でノートなのかとかそんなのはわかんないけど。黄崎は少し黙った。またまずいこと言ったか……? 「……今はいない」 しばらくしてぽつりと呟いた。“今は”ってことは、前はいたんだろうな。そりゃあこんだけかっこよくて社交的なら1人や2人いてもおかしくない。 「そうじゃなくて、その……」 言葉を少し詰まらせた後、黄崎は目を逸らしながら言った。 「オレ、詩を書くのが好きなんだよ……」 「詩……?」 やや頬が赤くなっている黄崎。詩って、ポエムとかそういうやつだよな……?意外な発言に驚きを隠せない。黄崎は口をへの字にして恥ずかしそうにしている。 「そう、詩。国語の授業でもよくあるだろ?」 「まあ……。それにしても、女口調だよな、この詩」 「うぐっ!そ、それは……その、女に成りすまして書く方が味があるというか……。ほら、あれ、藤原道長みたいな!」 「藤原道長?」 「あれだよ!あれ、何とか日記のやつ!」 「……それ、紀貫之の土佐日記のことか?」 「そうそれ!あっ、さっきのはジョークだからなっ!わざと間違えただけだ!」 黄崎は身振り手振りでそう取り繕う。いわゆる女流文学ってやつか?というか藤原道長の何とか日記って何だ。真似してるくせに間違えんなよ。 思いもしない黄崎の趣味。毎日仲間達と騒いでるパリピなのに。結構ピュアなところがあるんだろうか。 何て言葉をかけたらいいのだろう?たぶん、何を言ってもキレられそうだ。口をつぐんでいると、黄崎は泣きそうな顔で俺を見つめた。 「頼む。何でもやるから誰にも言わないでくれ……っ!」 潤んだ瞳で俺に訴えかける。さっきまで壁に手をついて襲いかかっていたのに、今は俺の胸あたりの服を摘んで必死になっている。こんな黄崎を見るのは初めてだった。あんなツンツンチャラチャラしたやつが……。 「あんなもの書いてるって知られたら、オレ……もう学校に行けない……」 きっと、周りが離れていくことを恐れている。噂が広まって、距離を置かれたりからかわれたりするのが嫌なんだ……。 「言わないよ、誰にも」 「赤坂……」 「言われたくないこと言う訳ないだろ。それに、俺はいい趣味だと思うよ。黄崎がやってたのは意外だけど、誰だって人に言えないことくらいあるだろうし」 俺は率直な意見を言った。別に黄崎の趣味が変だとは思わない。そりゃびっくりしたけど、可愛い一面もあるんだなと微笑ましく思ったほどだ。これを言うと絶対怒るから言わないけどさ。 黄崎の手の力が緩む。目と目が合う。今度は視線も逸れない。 「赤坂……オレは、何もしなくていいのか……?」 「当たり前だろ。何もしなくてもみんなに言わない。むしろ、いつも通り接してくれたらいいよ」 おどおどされた方がかえって気まずい。オラオラ系のやつが俺の前で弱っちぃのはちょっとあれだろ。 少しほっとしたのか安堵の息をついた後、黄崎はいつものようなヘラヘラした笑みを浮かべた。 「赤坂、もしかしてお前オレのことが好きなのか?」 「はぁ?何でそうなるんだよ。つか男だぞ俺達」 「モテて困るぜ〜オレ。女からもたくさん告白されててさー」 「自分で言うなよそんなこと」 ムカつくなこいつ。確かに女子からも人気あるだろうけど。一方で俺はそういうのは音沙汰ない。黒井と喋ってると女共がはぁはぁ言うくらい。そいつらも黒井様目当てだ。 「いつも通りって、宿題写したり頭叩いたりしていいってことだもんな!」 「……何急に強気に戻ってるんだか」 また普段のやつに戻った。自分で宿題する気はないのか。よくわからんやつだ。 「ところで何で女流な詩を書いてるんだ?」 「そっ!それはっ!その……男口調で書くより女の話し方で書いた方が表現しやすいというか……共感を得られたり親しみやすかったりするかなって……」 それは確かにわかる。「お前が好きだ」よりも「君が好き」の方が口調が柔らかい。そんな文章を黄崎が書いてるのは笑えてくる。笑ったら殺されるから言わないが。 高校2年の夏。俺はクラスの人気者の秘密を知ってしまった。

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