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別に好きなんかじゃない(黄崎 side)

自分で言うのもなんだが、オレはそこそこ人気がある方だと思う。顔立ちも恵まれているし、運動もできる。勉強は全然だめだけど、友達もたくさんいる。何一つ不自由ないはずだ。 でも、オレはいつも心に穴が開いているみたいな気持ちだった。バカ騒ぎして楽しんでいるはずなのに。誰かといても常に1人でいるような、そんな感覚。 幼い頃から両親は仕事が忙しく、家に1人でいることがほとんどだった。父親は海外出張でもう何年も会っていないし、母親も多忙で朝早く出勤し、夜遅くに帰る。兄貴はいるが歳が10離れていて、物心ついた時にはもう一人暮らしをしていた。 お金に困っているわけでもない。不便なんて何もないのに、オレは孤独で満たされない日々を過ごしていた。 「來斗!帰りにゲーセン行こうぜ!」 「おう!」 だからオレは、学校では大勢で群れていた。複数人で騒いでいると、その時だけは寂しさを忘れられた。 「ねぇ來斗。3組のアイナと別れたってマジ?」 「マジだよ。何か合わねぇなーって思ってたら、自然消滅した」 「えー、じゃああたしと付き合ってよ?」 「おう、いいぜ!」 「やった!よろしく!」 本当にオレは軽いノリのやつだ。中学の頃もこうやって何度も女と付き合ったり別れたりした。 「おいお前ら。みんないる前で何イチャついてるんだよ」 「そうだぜ、目の前で付き合い始めてさー」 そんなふうにやり取りして、バカ笑いする。周りから見れば「チャラい」「頭悪そう」「うるさい」やつらだと思う。でもそうせざるを得なかった。こうしていないと孤独に押しつぶされそうだったから。 かと言って、その孤独が完全に埋められた訳でもない。オレはみんなでいないと生きていられない。つまらない人間だ。大勢でつるんでいても、自分1人が置いていかれる感じがしていた。 結局この時の女ともすぐに別れた。理由は忘れたけど、たぶんすれ違ってまたお互いに別の相手と付き合った。まともに交際したことなんて一度もなかった。 高校に入り、相変わらずオレは仲間と遊ぶばかりしていた。部活も剣道部に入り、かなり熱を入れていた。そうしていると1人じゃないから。でも家に帰ればまた1人になる。1人になると何もできない。弱い生き物だった。 1年生のある日。教室の席替えがあった。オレは真ん中の席という中途半端な場所になってしまった。しかも周りはガリ勉かオタクみたいなやつらばかり。つるんでる野郎共はみんな席が離れている。つまらん席だな、と落胆した。 いつもなら授業中はダチと喋ったりしていた。教師によく怒られていたけど、それもどうでもよかった。しかしこの席だと誰も喋る相手がいない。オレは不貞腐れながらスマホをいじったり寝たりしていた。 とある授業中のこと。その日は学校でも怖いことで有名な数学教師の授業だった。そいつは基本的に淡々と授業をするが、怒るとめちゃくちゃやばい。怒鳴り声はでかいし口も悪いし、酷い時は机を蹴ってくる。流石のオレもこいつの授業中は居眠りはしなかった。 しかし今回はあまりにも眠かった。ノートもぐちゃぐちゃで何を書いているかわからない。そもそも数学なんてさっぱりで内容も頭に入らない。ここで寝たら殺されると思い、必死に眠気と戦っていた。 が、悲劇は訪れた。 「おい、黄崎。この式を黒板に書け」 体がびくっとなる。眠気は飛んだが恐怖が襲いかかる。この教師、オレが眠そうにしてることに気づきやがったか……?オレがバカなのをわかってわざと当てやがっただろ。心底腹が立つ。舌打ちしたい気持ちをどうにか抑えた。 どうしよう。ノートなんて途中から取ってない。つーか全然わからん。他の授業でなら珍回答するなり「わかりません!」と堂々言うなりできるのに……こいつには通用しない。「お前、ちゃんと聞いてたのか!?寝てんじゃねぇよ!!」と罵倒されるに違いない。 ……チッ、しゃあねえ。怒られるのは慣れてる。正々堂々とわからないって言うか。オレは重い腰を上げた。 すると、オレの机の上に何かが置かれた。思わず横を向くと、隣の席の男子がノートをオレの机に寄せていた。ノートには難しそうな式が書かれている。恐らく“答え”だ。そいつは真顔でオレを見つめている。「これを使え」、そう言ってるのか?教師はちょうど黒板の方を見ていて、オレ達のやり取りに気づいていない。 赤坂弓弦。横のやつの名前だ。眼鏡をかけた地味な男。正直クラスでも目立たない陰キャなオタクだと思ってた。実はいいやつなのかもしれない……。オレは驚きのあまり礼も言えず、そのノートを持って黒板に立った。 「すごい。正解だ」 オレが汚い字で黒板に式を書くと、教師は面食らっていた。オレをバカにするんじゃねぇよ、とドヤ顔しておいた。本当はカンニングしただけだが。 オレは赤坂のおかげで何とかピンチを切り抜けることができた。 「さっきは、サンキューな」 数学の授業が終わった後、オレは赤坂に礼を言った。こいつがいなかったら、オレは間違いなく殺されていたよ。それに対し、赤坂は少しだけ表情を緩ませた。 「いや、役に立てたようでよかった」 その笑顔は今まで関わってきたどんなやつらでも敵わない、優しいものだった。こんなに落ち着いた気持ちになれるなんて……自分でも驚きだった。 眼鏡の奥にある瞳は濁りのない色をしている。クールな顔立ちをしているが、茶色の髪がふわっと優しい雰囲気に仕立てている。あれ、よく見たらこいつ結構顔いいんじゃねぇか……? 「助かったぜー。オレ数学なんて特にだめでさー、昼休み後の授業なんて眠気も酷いし」 「だよな。俺もさっきかなり眠かった。あとあの先生苦手だ。しょっちゅう怒るしピリピリしてて」 「それな!あいつマジでうぜー。さっきのも絶対わざと当ててきやがったし!」 そんなことを言って2人で笑った。赤坂って真面目で面白みのないやつだと思ってたけど、案外人間味のあるやつなんだ。どうやらオレの偏見だったらしい。 「よくあの問題解けたな。赤坂って頭いいのか?」 「えっ、そんなことはないよ」 赤坂はそう否定した。が、机の上には午前中にもらったクラス順位表が表を向けて置いてある。オレはひょいっと取り上げてみた。 「もらい!」 「あっ!見るなよ!」 止める赤坂を無視してその用紙を見てみた。何と、総合でクラス8位らしい。数学も10位と書いてある。国語に関しては3位だった。下から数えた方が早いオレとは天と地の差だ。 「すげぇ!やっぱり頭いいじゃん!」 「だから見るなって!恥ずかしいから……!」 赤坂は赤面しながら俺から紙を奪い取った。順位を知られたくない割に、堂々と机の上に置いてあるとは面白い。ちょっと抜けてるところもあるのか? 「こんだけできるなら自慢できるだろ?」 「いやっ、俺自分のことすごいとか思ってないし……。それより、えっと……名前何だっけ?」 「覚えてねぇのかよ!黄崎だよっ!黄崎來斗!」 「ああ、黄崎か。黄崎の方がすごいと思うよ。明るくて周りを引っ張っていくタイプだし。俺にはできないことだからさ」 「……べ、別に、そんな……」 赤坂ってやつはよくわからない。成績がいいのにそれを鼻にかけないし、オレの名前は覚えてないし、そのくせオレの性格を知っていて褒めてくれて……。ああもう!何なんだよこいつは!話せば話すほど不思議なやつだと感じた。 別に好きなんかじゃない。性格も全然違うし、趣味も合わないはずだ。それなのに、オレはあいつが気になって気になって仕方なかった。

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