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それからオレは、赤坂とよく話すようになった。こいつはオレの名前を何回も忘れていた。5回くらいでようやく覚えてくれた。それは腹立つけど、何だかんだ言いながらノートも見せてくれるし、たまにオレのことも褒めてくれる。天然なところがあって、からかうと怒ってくる面も面白かった。
もっとこいつを知りたい。そう思って何度も話しかけた。別に好きとかそんなんじゃない。だってオレは男だし、今まで何人もの女と付き合ってきた。オレが男なんて好きになる訳がない。
ダチと話す時は大人数だから、誰か1人が喋っていれば盛り上がる。オレがずっと喋り続ける必要がない。一方で1対1だとどちらかが話さないと会話が成立しない。いくらよくつるむ仲間でも、オレは1対1がどうも苦手だった。
でも、赤坂と話していると少し素の自分が出せる気がした。オレの周りのやつと違って決して騒がしい性格じゃない。授業中も真面目だし宿題もちゃんとしている。正反対の性格で合わないはずなのに、話しているとどこか落ち着く。それはあいつがオレの目を見て、オレとの話に集中してくれるから……かもしれない。仲間内の1人としてじゃなく、オレだけを見てくれている……。
そんなあいつに対して、オレはいつも素直になれない。
『えっ……ごめん、また名前忘れた』
『何度も言わせんなバカっ!』
『赤坂!ノート見せろっ!』
『また宿題やってないのかよ!しょうがないな……』
『お前が羨ましいって思う時があるよ。かっこいいし社交的だし』
『なっ、お、お前に褒められても嬉しくねぇよ!悔しかったらオレみたいになってみやがれ!』
『ん……これ、やる』
『えっ、これめっちゃ美味いやつじゃん!黄崎、ありがとうな』
『別にお前のためじゃない!ダチにもらったけど、オレ甘いもの苦手だからお前にやっただけだよ!』
好きなんかじゃない、ただ気づけば話しかけているだけ。本当は素直に礼を言いたいのに、恥ずかしくて素っ気ない態度を取ってしまう。それでも赤坂はオレと話してくれる。生まれて初めて抱く感情に、オレは戸惑いながらも少しずつ満たされていた。
この気持ちをどうすればいいのか、オレはもやもやとしていた。友達にも言えないこの想い。赤坂なんてただの地味なやつだと思ってたのに……何なんだこれは……。
迷ったオレは、ノートを開いて気持ちを綴った。ほら、よく「悩んだ時は文字に起こせ」って言うだろ?とにかく思いついたまま書いていった。
『何なんだよお前。
こっちの気持ちも知らねぇのに、何でも知ってるみたいな話し方しやがって。マジでうぜぇ。』
「何だこりゃ……キモイな」
流石に後から気持ち悪さが込み上げてきた。自分の気持ちを文字にするのは、思った以上に恥ずかしい。でも待てよ……。少女っぽく、J-POPの歌詞みたいに書いたらいける……?
『もう、君のことよくわからないよ。
こっちの気持ちも知らないのに、何でも知ってるみたいでさ。心を見透かされてるみたいで怖いの……。』
「おっ、こっちの方がしっくり来るな……」
その後もオレは書き続けた。やがてそれはひとつの詩のようになった。
普段は言えないことも、ノートの中では素直になれた。今まで女共が勧めてきた少女漫画や恋愛ドラマなんて、流行りに乗るために見てたけど正直面白くねぇなと思ってた。女は女々しいし男はキザだし、ありきたりな内容だなと感じていた。でも、自画自賛みたいだがこのノートの詩は共感できる。てかオレの気持ちだもんな。
こうしてオレは、日々のもやもやをノートに書き留めることで発散していた。
高校2年生になった。顔が広いおかげで友達作りには困らなかった。勉強もせず友達と遊びまくっていた。また部活でも好成績で、時期部長になるだろうとも言われている。後輩もたくさん入ってきて、指導役も任された。いいスタートだ。
そして、運がいいのか悪いのかわからないが赤坂とまた同じクラスになった。ノートを見せてもらったり、教科書を貸してもらったり、赤坂には何かと世話にはなっている。その度に「またかよ」なんて言われるけど、何だかんだ最後は折れてくれる。悪くない日々だった。
修学旅行では赤坂とは別の班だったが、しょっちゅうやつのことが気になっていた。あいつはあんまり人と行動していなかった。確か1人が好きとか言ってたな。でも遊園地で1人なのはあんまりだろ。オレなんて男女10人でコスプレしたり乗り物に乗りまくっている。オレ様を見習え!とか言ってやりたくなり、ベンチで1人スマホを触っている赤坂に声をかけた。
「おい、何シケたツラしてんだよ」
「黄崎.......」
スマホから顔を上げる赤坂。いつもより丸い目がオレを覗く。こいつは1人が好きなんだろうか?それとも本当は誰かと一緒にいたいんだろうか.......?
「暇なんだったら来いよ。特別にオレが一緒にいてやる」
「べ、別に.......」
一緒にいなくていいよ。そう言おうとしたのだろうが、オレは赤坂の返事も聞かずに腕を引っ張った。
「ちょっ、黄崎、どこに.......」
「決まってんだろ。ここで1番有名なジェットコースターだよ!」
「おい待て、俺絶叫系は.......って聞けよ!マジで無理なんだってば!!」
珍しく暴れる赤坂をオレは必死に連れ回した。友達もオレの行動に最初は驚いたみたいだが、流石は陽キャ軍団、すぐに赤坂と打ち解けた。
絶叫系に乗らせた結果、赤坂は今にも死にそうな顔をしていた。周りはやつの反応に大笑いしている。やべ、ちょっと無理させちまったかな.......と思ったけど、どうしてもあいつを1人にしたくなかった。少しでも楽しんで欲しかった。ほんの一瞬でもいいから.......赤坂と一緒にいたかった。
そんな穏やかな毎日は突然胸騒ぎに変わった。黒井凉音。あいつのせいだ。
修学旅行が終わった辺りから、やたら赤坂に声をかけている気がする。オレが宿題を見せてもらおうとすると、黒井が先越しているんだ。
黒井はどんなやつなのかさっぱり掴めない。顔は悔しいけどめちゃくちゃ綺麗だ。めったに聞かない声も、赤坂と話しているとすごく透き通っている。儚い様子から女からの人気も高い。でもオレが腹立たしいのはそこじゃない。
何で赤坂も満更でもない顔してんだよ!黒井が急にグイグイ話しかけてるのも気に入らん。意味わかんねぇ。あいつらは元々喋る仲じゃないはずだろ.......?
この前なんて、雨でずぶ濡れになった黒井に、赤坂が体操服を貸そうと2人でホームルームを抜け出した。その姿は今思い出してもむしゃくしゃする。何でだよ.......何であいつに優しくするんだよ.......。
心を闇が渦巻く。赤坂が誰と喋っていようがどうでもいいのに.......そう、どうでもいい.......。
気づけばオレはまたノートに書き綴っていた。口では言えないオレの本音を.......。
『バカ。
何で気づいてくれないの?
何でこっち見てくれないの?
たまには私の顔を見てよ。』
我ながら気持ち悪いなって思うけど、書かずにはいられなかった。あいつらの笑顔が浮かぶたびに焦りとイライラが押し寄せてくるのだった。
じっとせずにはいられなくなって、思い切って赤坂に勉強を教えて欲しいとお願いした。若干眉をひそめていたが、何とかOKしてくれた。勉強なんてどうでもいい。ただあいつといないとおかしくなりそうで.......。
放課後あいつと2人きり。黒井もいない。それだけで勝った気になっていた。しかしここでさらなる悲劇が起こった。
オレが飲み物を買って教室に帰ると、赤坂が呆然と立ち尽くしていた。何度呼びかけても気づかない。苛立って声を張った時、オレの目に飛び込んだのは衝撃的なものだった。
あの「詩のノート」だ。完全に英語ではない“オレのポエム”が書かれていた。
しまった。英語のノートとポエムノートは同じ色のものだった。オレは間違ってポエムノートを赤坂に渡してしまった.......。
絶対赤坂は引いてる。オレのこと気持ち悪いって思ってる。オレの人生は終わった.......。あんなもの書いてるって知られたら.......。
勢いよく赤坂を壁に押しやる。完全に自業自得なのに。恥ずかしさと怒りでぐちゃぐちゃになりそうだった。オレより背の低い赤坂が、怯えるようにオレを見上げている。そんな目で見るな.......!もう、どうしていいかわかんねぇんだよ.......っ!
次に来る言葉を探していると、赤坂は予想外の質問をしてきた。
「……あの、お前って彼女いるの?」
「……は?」
「いやっ、あの、ノートの文章が女っぽかったから……。彼女からの手紙的なやつかと思って……」
確かにその方がしっくり来る。どんだけ重い彼女なんだって感じだけど、それだとオレが書いたってバレずに済む。
.......でも、それは言いたくなかった。赤坂の前で彼女がいるって、嘘でも言いたくない。そりゃ彼女なんてたくさんいたし作ろうと思えばすぐできる。けど赤坂と出会ってから.......もうそんな自分は嫌だって思った。薄っぺらい関係なんていらない。オレが必要なのは.......。
「オレ、詩を書くのが好きなんだよ……」
正直にそう答えた。こいつに嘘はつきたくなかった。書き綴った想いを否定したくなかった。赤坂への想いを書いているってことは伏せたけど。
「頼む。何でもやるから誰にも言わないでくれ……っ!」
もう赤坂はオレと距離を置くかもしれない。普段偉そうなくせに、こんな女々しい趣味があるってみんなに言いふらされたら.......そうしたらダチにも嫌われちまう.......。でもオレが1番怖かったのは、こいつと話せなくなること.......。
その不安を、赤坂は何も気にしてないかのような顔でかき消した。
「言わないよ、誰にも」
「赤坂……」
「言われたくないこと言う訳ないだろ。それに、俺はいい趣味だと思うよ。黄崎がやってたのは意外だけど、誰だって人に言えないことくらいあるだろうし」
真っ直ぐな視線がオレに突き刺さる。その場しのぎの言葉かもしれないけど、優しい声のトーンから、オレをからかってる訳じゃないことが伝わった。
こんな趣味をバカにせず、受け入れてくれた。誰にも言わないと言ってくれた。こいつの優しさに直に触れてしまった。
本当に赤坂ってやつはよくわからない。1人でゲームしたりぼーっとしているくせに、喋ると意外と話が弾むしからかいがいがある。コミュ力がない訳でもない。協調性があって相手の話をちゃんと聞いてくれる。イケイケで騒ぐのが大好きなオレとは大違いなのに.......何でこんなやつと.......一緒にいたいと思ってしまうんだよ.......。こいつに弱み握られたみたいで腹立つけど.......。オレの中で別の不安が生まれたが、赤坂に悟られないように“いつも通り”でいようと誓った。
その後は何事もなかったかのように勉強会が始まった。オレはちゃんと英語のノートと教科書を出し、赤坂に教えてもらっていた。テストでいい点を取りたいなんて全く思ってないけど、今は黒井なんかよりオレのことを見て欲しかった。
「そう。で、ここにsが付く。三人称単数だからな」
悔しいことに赤坂の教え方はセンコーより上手かった。バカなオレでも理解しやすくて、勉強するつもりもないのに自然と頭に入っていく。チッ、ムカつく野郎だぜ。
少し低い声が妙に落ち着く。耳元で囁かれてるみたいでくすぐったい。
隣の席に赤坂がいる。慣れてるのに今はなぜか鼓動がうるさい。眼鏡をかけた知的な横顔も、苛立ちながらもつい見てしまう。そんな表情を.......黒井に見せんなよ.......。
頭を悩ませるオレのことなど知らず、赤坂はオレが買ったコーヒーを飲んでいる。缶に口を付ける仕草に釘付けになった。飲み込む時の音や喉仏がオレの心を締め付ける。
「.......ん?どうした?」
「.......何でもねぇ。.......お前、コーヒー飲めるんだな」
「まあな。昔は苦手だったけど、高校に上がってから割と飲むようになったかな。黄崎は?」
「.......飲めん。苦いもん」
そう言うと、赤坂はくすくすと笑いやがった。
「お前!どうせお子ちゃまだなーとか思ったんだろ!」
「はははっ、違う違う。その、黄崎って苦いコーヒー飲んでるイメージあったから.......」
「悪かったな、オレは炭酸しか飲めませんよーだ」
やけになってオレは炭酸飲料を一気に飲んだ。喉いっぱいに刺激が広がる。たかがコーヒーでも、何かあいつがオレより大人の余裕があるみたいでムカつく。
「別にいいだろ。黒井だってコーヒー飲めないって言ってたし」
「.......チッ、他のやつのことなんて聞いてねぇし」
「それに、コーヒー飲めないのって何か可愛いじゃん?」
急に黒井の話題を出され、オレはさらに不機嫌になった。今黒井の話するんじゃねぇよ。しかも可愛いって何なんだよ。まるで黒井のこと褒めてるみたいで.......。余計イライラさせんな。
「可愛くなんてねぇよ、バーカ」
「そんな怒んなよ。お前は可愛いなんて言われたくないだろうけど」
「だったら最初から言うな!つかオレのこと可愛いなんて思ったことねぇだろ!」
「.......怒るだろうけど、あるよ?」
「!?!?」
声にならない何かが騒ぎ出した。ちょっと謎めいたようなひっそりとした赤坂の笑み。心臓がバクバクしている。
「バカ言え!オレ様は可愛いんじゃなくてかっこいいんだよっ!」
そんなことをつい口にしてしまった。クソっ、こいつのことますますわからなくなってきた.......。
そんなオレに、赤坂は頬杖をついて呟いた。
「そうだな。お前はかっこいいよ」
全て知ってるみたいな顔で、余裕そうな微笑みを浮かべる赤坂。体が熱くなってきて、視界がクラクラと歪む。何だよ、赤坂のくせに.......!赤坂のバカバカ!
思わずそっぽを向いた。嬉しいなんて言える訳もなく、しばらくの間赤坂とのやり取りが頭を駆け巡っていた。
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