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着替えはゆっくりしたい(赤坂 side)

弁当をささっと食べ、俺は体操服を手に立ち上がった。昼休み明けに体育がある。正確には昼休みからの掃除が終わった後。こんな真夏に外でサッカー。勘弁してくれよ。熱中症で倒れたらどうしてくれるんだ。 教室は相変わらずガヤガヤしている。昼休みの終わりに体育がある時、俺は昼休みの間に着替えをするようにしている。授業の合間の休み時間は短いにも関わらず、少しでも着替え終わるのが遅いと体育教師が「お前らたるんどるぞ!グラウンド10周!」とか言い出す。これがめちゃくちゃ腹立つししんどい。それに対して昼休みだとゆっくり着替えができる。周りは掃除の後に急いで着替えてるけど、俺はせかせかするのが苦手だからな。 さて、更衣室に移動するか。そう思っていると、後ろから俺を呼ぶ声がした。 「赤坂〜!」 「黒井!」 天使のような声でやって来たのは、言うまでもなく黒井。今日は珍しく教室にいたらしい。 「赤坂、更衣室行くの?」 「ああ」 「僕も行こうと思ってた!」 そう言って黒井は体操服の入った袋をぶんぶん振り回した。どうやら黒井も着替えは昼休み派らしい。てか、こいつ笑うとホント無邪気だよな。高学年の女子に可愛がられる小学生男児みたいな。思わず俺も笑みがこぼれた。 「じゃ、一緒に行こっか」 「うん!」 「おい!腕を絡めるなよ!」 横から腕をがっつり掴まれる。小柄なのに意外と力強いし。とりあえずこの子犬を連れて俺は教室を出た。 来る度毎回思うが、更衣室が遠すぎる。校舎が広くて歩くだけでも疲れる。今日は黒井が隣にいて話を聞いてくれたから、苦じゃなかったんだけどな。 ようやく更衣室に着きドアを開けようとすると、内側からドアが開かれた。 「あー、あっちぃな〜」 「うわっ!」 金髪のチャラチャラした男。黄崎が部屋から出てきた。危うくぶつかりそうになった。 「赤坂、急に入ってくんなよ」 「お前が急にドア開けたんだろ!」 出会ってすぐ文句を言われる。もうちょっとでドアが顔面に当たるところだったじゃないか。全く、こいつはいつも自分勝手だ。というか…… 「お前、服着ろよ」 黄崎は上半身裸で現れたのだ。引き締まった体が俺の目に飛び込む。運動が好きなだけあって、いい具合に筋肉が付いており腹筋も割れている。これは女子が見たらキャーキャー言うだろう。 「うるせーなー、真面目かよ。暑いんだから上半身くらいいいだろ」 そう言って上の服を肩にかけている。お前は裸族か。暑いのはわかるが目の前でされると目のやり場に困るんだよ。男から見てもいい体つき。ずっと見ていたら悪い気がして、目を逸らしたくなる。 「キャー!黄崎くん!」 「黄崎くんの体、素敵!」 「写真撮りたい!」 やっぱり近くにいた女共が叫び始めた。まあわからんでもないが写真って。 一方の黄崎も満更でもない顔をしている。 「おぅ、お前ら!よく見とけよ!」 「キャーー!!黄崎くんかっこいい!!」 ピースサインをする黄崎に、スマホで連写する女達。撮られる気満々かよ。こりゃしょっちゅう盗撮されてるな。俺には永遠に経験できないモテ具合だ。 すると、更衣室の中からまた誰かが出てきた。 「騒がしいと思ったらまた來斗かよ」 「しかもまた脱いでるし」 「裸でうろつくなよ」 「暑いんだよ、上半身だけなら捕まらんし」 黄崎の友達だ。3人がぞろぞろと現れる。こいつらも脱いではいないものの、ピアスをしていたり髪を染めていたりと、流石は黄崎の友人って感じだ。黄崎も堂々と裸のままである。 「おい、赤坂。何じろじろオレの裸見てんだよ。さては興奮してるのか?」 「な訳ねぇだろ!!」 黄崎にニヤリとされて、俺はでかい声で反論した。何でお前の裸見て興奮するんだよ!まぁ、同性としてすげぇな……とは思ったけどさ!興奮までは流石にしねぇよ。 しかしやつは大股で近づき、俺の顎を指で引き上げた。 「とか言って、ホントはオレに惚れてんだろ?」 「ちっ、違うわ……!つか離せ!」 近づくなよこんな距離で。こいつの整った顔と鍛えられた体が頭の中をぐるぐる混ざる。こんな姿見られたら、黄崎ファンに「私の黄崎くん取らないでよ!」とか言われて殺される。あとこいつ無駄に背高いから首が痛い。それを見て黄崎のダチが笑い出す。 「來斗、赤坂をいじめんなよ」 「いじめじゃねぇ、イジりだ」 似たようなもんだろ!いじめの言い訳だ!ダチもどうにかしろよ!全く、人をバカにしやがって……。 そうこうしているうちに黄崎の手が離れ、ようやく自由を手にした。が、今度は黄崎の友人らがおかしなことを言い出した。 「てか、黒井が男子更衣室に来るなんて違和感あるな」 「確かに。女子が男の更衣室に侵入しているみたいな」 「ちょっと犯罪臭がするぜ。黒井って実は女?」 「脱いだらボインとか?」 「脱いだところ見てみたい」 友人3人は心なしか息が上がっている。おい、こいつらこそ黒井に興奮してるじゃんかよ。変態か。 「な訳ないだろ、黒井はどう見ても男だよ」 「赤坂〜、冗談に決まってるだろ?」 「相変わらずお前は真面目だなぁ」 「さては赤坂、黒井の裸見たのか?」 「見てねぇよ!!」 俺の肩をぽんぽん叩く3人に、俺は必死で抵抗した。冗談なのはわかるけど発言が酷すぎるだろ!あと黒井の裸なんて見てな…… ……いや待てよ。俺の記憶が蘇ってくる。確か梅雨に黒井がびしょ濡れで登校してきて、体操服を貸した時に………… うわああああああ!!俺上半身だけは黒井の裸見てたわ!!あの陶器のような肌質や、女にはない骨格が鮮明に思い出される。認知症のくせにこんなことは覚えているなんて……。 一方の黒井はそんな変態発言も聞き慣れているのか、いつものようにふわふわと笑っている。 「ふふ。僕、小柄で痩せ型だから女の人みたいだもんね」 そう話す黒井の目鼻立ちは人形のように美しい。綺麗なあまり時が止まりそうになる。しかし、この後とんでもない発言が待ち受けていた。 「でも、僕は男だよ?だって……トイレも男子トイレに行くし、ちゃんと立って……できるもん……」 黒井いいいいい!?!?!?何言ってんだよお前…………!!!! 恥じらいながらどう見ても手で股間を隠している黒井。頬がほんのりと赤く染まり、伏せがちな目を俺達に向ける。何とも色気のある表情。だが発言や下半身とマッチしていない。 立ってできるとか言うなよ!ものすごい下ネタぶっ込んでくるなこいつ。黒井の得体がしれないよ。 「く、黒井が下ネタを言った…………!?」 「マジかよ、面白ぇ……」 「余計脱がしたくなるぜ……」 この3人勢はまた鼻息を荒くして黒井を囲み始めた。黒井を襲う気か?やめろやめろ……!俺は黒井の前に立ち手を広げようとした。 「お前ら、下品なこと言ってないで早く行くぞ!」 ずっと黙っていた黄崎が声をもらした。本来のこいつなら一緒になって悪ノリしそうなのに。 「えーっ、來斗も気になるだろ?」 「アホなこと言うな。黒井が男だろうが女だろうがどうでもいいわ!」 そう吐き捨てて、黄崎はどこかへ行った。裸のまま。いつまで脱いでるんだあいつは。ちぇっ、と言いながら取り巻き達もそれについて行く。静かな空間が俺達の間に流れた。 何だったんだ今のは……。昼休みなのに一気に疲れが出た。生ぬるい風が吹き、すげぇ微妙な空気が漂っていた。

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