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「やっぱり、赤坂は僕よりも黄崎くんみたいに男らしい方が好き……?」 更衣室に入り着替えをしようとしていると、隣にいる黒井にそう問われた。少しうつむき加減で視線を落とす黒井。予想外の言葉だった。 「黄崎くんってかっこいいし、体も鍛えてるし……。僕、女の子みたいにか弱いとこがあるから……」 黒井は確かに女のような容姿にも見える。けど、ふとした拍子に男を感じる。白い首元には喉仏があり、手は血管がうっすらと浮き出ている。性格も甘えん坊で可愛いところが多いけど、どこか芯があるというか、たくましさを感じることもあるんだ。それに、線が細くてどこか儚くてミステリアスで……。男とか女とか抜きで、そんな繊細さに俺はいつも目を奪わる。 もしかして、自分が中性的な顔立ちなことを気にしているんだろうか。だとしたら、さっきの件も本当は嫌だった……? 「黒井、女扱いされるのは嫌か?」 「ううん、それは全然気にしてないよ。ただ、赤坂自身は男性的な人の方がいいのかなって……」 どこか寂しげな表情を浮かべる黒井。そういえばさっきの会話も前半はずっと黙っていた。あまり大勢で話すのは得意じゃないって言ってたもんな……。黒井のこと、俺は置いてけぼりにしてしまったのかもしれない。すごく申し訳ない気持ちが込み上げる。 「そんなこと考えてないよ。黄崎は男の中の男って感じだし、男としての憧れはあるけど、だからって黒井が劣っているなんて一度も思ったことないよ」 俺は心のままにそう伝えた。それが正直な想いだ。 「俺、修学旅行で黒井と話した時、すげぇ綺麗だなって思った。こんな綺麗なやつが存在するのかって。黒井は女みたいな可愛らしさもあるし、男っぽい力強さもあるし……。何より、俺と対等に話してくれるから、話してて落ち着く。そこが他のやつらにはない、お前だけの魅力だと俺は思う」 目を真っ直ぐ見てそう言った。黒井には黒井のいいところがある。こんなに美少年なのに、こいつはそれを鼻にかけないどころか、もしかしたら気づいていない。自分で気づかないのなら、俺が代わりに気づいてあげたかった。 すると、黒井は顔を真っ赤にさせた。りんごみたいで思わず触りそうになるくらいの。やべ、言い過ぎたかな……。つい本音を語ってしまった。 「そ、そんな……赤坂にたくさん褒められちゃった……」 「悪い、ちょっと気持ち悪かったよな……?」 そう言うと、黒井は首を横に振った。 「ありがとう。嬉しい……。嬉しすぎて、死んじゃいそうなくらい……」 頬を赤らめ、目を細めている。小さく首をかしげ、さらさらの髪が揺れる。柔らかくてあったかい黒井の笑顔。無邪気なのに大人びていて……。子供のようで大人っぽいだなんて矛盾してるけど、その矛盾がしっくり来て愛おしい。 かっ、可愛い…………。男なのに、俺は思わず見とれてしまった。はにかんだ笑顔もちらりと覗く白い歯も……全部可愛いと感じた。こんなにも美しくて可愛い人間がいるなんて……そう思うほど。 「ねぇ、赤坂……」 ゆっくりと、黒井が俺に近づく。静かな笑みを浮かべたまま。2人の距離が縮んでいく。 向かい合わせになり、お互いを見つめる。騒がしい昼休みの中、この更衣室の中だけは静けさに包まれている。俺と黒井の2人だけが、時の流れに置いて行かれたように……。 やがて、黒井が背伸びをした。手が俺の胸元に添えられる。端正な顔立ちがより近くなる。長く伸びたまつ毛に吸い込まれそうな瞳。その目は間違いなく俺を映していた。 「黒井……」 長くて細い指が、俺のカッターシャツのボタンに触れる。そしてそっとボタンが外れる。 「えっ、ちょっ、何して……」 俺の制止も聞かず、さらに次のボタンに移る。カッターシャツの奥では俺の鼓動がドキドキと鳴っている。 「この前、僕の着替えを手伝ってくれたよね?今度は僕が手伝ってあげる……」 「待って、くろ、い……」 黒井の手を自分の手で押さえる。しかしこいつは止めることなく、もう1つのボタンも解けていった。 次々にボタンが外されていく。とうとう1番下のボタンまで開いてしまい、俺の上半身がむき出しになった。 見るな、見ないでくれ黒井……。俺の体なんて鍛えても何にもしてないから、全然綺麗じゃないのに……。それなのに、何でこんなにドキドキしてるんだ……? 「赤坂の体、綺麗だね」 俺の不安などつゆ知らず、黒井はそう微笑む。やつの意図がわからず、俺の中の熱が高まる。ただでさえ暑い真夏なのに、原因はそれだけじゃない。 「そんな、俺の体なんか、全然……」 「ううん。筋肉があって腹筋もあって……」 黒井の指がつーっと俺の腹の上をなぞる。へそのあたりから胸へと。くすぐったくて思わず声が出る。体の力が抜けていく。次第に黒井の指は俺の乳首へと移動する。 「あっ、はあっ、黒井……っ」 「乳首もすごく綺麗。ほら、もうこんなに固くなってるよ……?」 「ああっ、だめっ……!んっ……」 形の整った爪にすらっとした指。親指と人差し指で優しく摘まれ、俺は今まで出したこともない声をもらす。自分のこんな声なんて気味が悪いのに、今はそんなこと全然考えられなくて……。身体中に甘い痺れが広がる。黒井の柔らかな香りが漂い、それが余計に俺の思考を止める。 「赤坂、可愛い。僕だけにその声を聞かせて……?」 妖しい笑みで俺を見上げると、黒井はその顔をゆっくりと近づけた。どんどん近づく顔と顔。逃げることなんて許されない。いや、不思議と逃げることすら考えていなかった。 唇と唇が触れるまであと数ミリ。もうこのままこいつと…………。抗うこともせず、俺は黒井の手をぎゅっと掴み目を細めた。 その途端、外からものすごい足音が聞こえ、俺は慌てて黒井を引き剥がした。そして勢いよく更衣室のドアが開かれた。 「はあっ、はぁ…………」 息を吐きながら現れたのは、黄崎だった。しかも相変わらず上半身は裸のまま。つり目をいつも以上に開いて俺達を睨みつけている。 「赤坂!何で裸なんだよっ!」 「それはお前もだろ!」 いきなり謎のツッコミを入れられる。お前の方がおかしいだろ。あれからずっと服着てないのか? 「だから暑いんだって!」 「暑いからって脱いだまま校内うろついてたのかよ!」 「校内じゃねえ!グラウンドでサッカーやってたんだよ!」 「似たようなもんだろ!つーか裸でサッカーすんな!」 何と裸でスポーツをしていたらしい。アホだろこいつ。水浴びをする野球部ならわかるけどさ。授業始まる前からサッカーしてるってよっぽど運動好きなんだな。あと日焼けすごそう。というか、何しに来たんだ?着替え終わってるだろ(着てないけど)。 少しの間黙っていると、隣にいる黒井が、黄崎に向かって呟いた。 「黄崎くん……服着なよ」 「それはお前の横のやつにも言ってくれ!」 「え?ここ更衣室でしょ?裸で普通じゃん」 「くっ…………」 図星だったのか、声を押し殺して悔しがる黄崎。確かに黒井の言う通りだ。実際は脱がされたんだけどな……。 もしかして、俺の声聞こえてた?あのやばい会話が漏れてた?そんな訳ないよな……外は色んな音や声がしてるし、この更衣室だって案外壁が厚いって言うし……。 「黄崎くん、更衣室に何の用事?」 「来ちゃ悪いのかよ。タオル取りに来たんだよ、汗かいたから」 そう言いながら黄崎は不機嫌そうに部屋に入ってきた。ロッカーへと向かい、乱雑にタオルで顔を拭いている。長い前髪を手でかき上げる仕草が妙に色っぽい。これは女にモテるだろうなぁ。 ふと、横から熱い視線を感じた。顔を向けると、黒井が瞳をキラキラさせて俺を見つめている。 「黒井、どうかしたのか?」 「えっと、その……赤坂が早くズボンを脱がないかなって」 「ふぁ!?!?!?」 んな目輝かせて言うセリフじゃねぇだろ!何言ってんだこいつ!?俺の着替えシーンなんて誰得だよ! 「黒井っ!何変なこと言ってるんだ!!」 「えーっ、だって〜」 「だってじゃない!」 「早く脱がないと昼休み終わっちゃうよ?ほら、黄崎くんも期待してるし!」 「ああ!?!?」 突然黒井に名前を呼ばれ、こちらを見て驚く黄崎。巻き込み事故である。黒井は黄崎に歩み寄り、耳元でそっと囁いた。 「黄崎くんも赤坂のパンツ見たいよねっ!?」 「みっ、見たくねぇわ!何で男のパンツなんか見なきゃいけねぇんだよ!」 「とか言って〜、ホントは見たいんでしょ?赤坂のパ・ン・ツ」 「ふざけんなっ!こいつのパンツがブリーフ だろうがTバックだろうがどうでもいいわっ!あと近づくな!」 とんでもない扱いを受けてるぞ俺。黒井はなぜか色気のある声を出している。しかも囁いてるのに俺にまで丸聞こえだ。おまけに黄崎には酷いこと言われるし。俺はブリーフでもTバックでもない、普通のボクサーなんだが……。 「つか黒井もいつまで制服着てんだよ。さっさと着替えろよ!」 「それはわかってるけど、赤坂のパンツを見てからじゃないと……」 「うるせぇよ!お前も早く脱げ!」 「やだ黄崎くんっ、脱げだなんてそんな卑猥なこと……」 「お前にだけは言われたくないわっ!赤坂に対して変態発言ばっかりして……。まさか襲ったりしてないだろうな?」 「してないよっ!僕は強姦や夜這いなんてしないもん!何事も合意ってものが大事なんだよ!」 「バカなこと口走ってんじゃねぇよ!狂井のくせに!」 「狂井!?僕は黒井だよっ!!」 なぜか黒井と黄崎の口論が始まった。前も喧嘩してたよなこいつら。1周回って仲がいいんじゃないかと思えてきた。 何か……黄崎ってアホだと思っていたけど、今はそれ以上に黒井の方が頭のネジが飛んで見えるのは気のせいだろうか?黄崎がまともに見えてしまう。 この2人がしばらくわーわー言い合っている間に、俺はこっそり下も着替えておいた。何とかパンツを見られずに済んだぜ。いや見られても別にいいんだけどさ……笑われたりするのが恥ずかしくて……。 俺は心の中で呟いた。着替えはゆっくりしたい、と。

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