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先生からの伝達が終わり、部活も終了となった。女子共は腐トークやBLイラストに力を入れなきゃと満面の笑みで帰っていった。ホントにやばい絵を描く気だろうか……。苦情だらけの展覧会になるぞ。 俺はというと、まだ美術室に残っていた。なぜなら、先生に聞きたいことがあるからだ。 先生はまだ部屋にいる俺を不思議に思ったのか、俺に近づいて話しかけた。 「赤坂くん、どうかした?」 「実は、俺、絵って何を描いたらいいのかわからなくて……」 去年はとりあえず学校から見える風景を適当に描いて出した。今年も同じようなものを描けばいいんだろうけど、どうしても一度はきちんとした絵を描きたかった。 「俺、美術部に入っておきながら絵を描くのが苦手なんです。でも、嫌いじゃない。全然絵が上手い訳じゃないけど、描くこと自体は楽しいし。ただ、一体どんな絵を描けばいいか……」 周りのやつらの方がきっと上手い。俺より才能もあって努力もしてきただろう。別に嫉妬とかそういうのは全くないのだが、そもそも描きたいものが浮かばない。 すると、先生は俺の横の席にそっと座った。 「そっか。確かにコンクールと違ってテーマもないから、余計何を描いたらいいかわからないよね」 先生はいつもどこか遠くを見ている。けど、今は俺しかいないからか、こっちを見てくれている気がした。 「そうなんです。テーマを与えられたとしたら、今度は『思うように描けない!』って悩みそうだけど」 「ははは、絵に悩みは付き物だからね」 美術部幽霊部員の俺だけど、外に展示するなら見られてもまだマシな絵を描きたい。「あの絵だけクオリティ低くね!?」とか指さされて笑われない程度の。 課題のない自由なイラストは逆に難しい。アニメの模写とかはたまにやるけど、展示用だから著作権の関係でアウト。俺は想像して描くのがあまりできないから、やっぱり風景画か人物画か。 少し沈黙があった後、先生は人差し指をぴんと立てた。 「じゃあさ、『これを描こう』ってあれこれ考えるより、思いついた時に目の前にあるものを描いてみるとかはどう?」 「目の前に、あるもの……」 「うん。深く考えずに、ぼんやりと目に映るものを描く。例えば夏休み中に出かけた先で綺麗なひまわりを見たら、それを描くとか。夏は夏祭りとか色々イベントもありそうだし。あとは夏の日差しが当たる自分の部屋とか、通学路とか……特別でもない日常を絵で表現するのもありかな」 「なるほど……」 先生は流石だ。きっとこうやって色んな絵を描いてきたんだろうな。確かに、ありきたりな風景でも目に入ったものを何となく描いてみるのもよさそうだ。 この夏特に出かけることは考えてなかったけど、もしどこかに行くことがあれば描いてみようかな。となると、画用紙とペンを常備しないといけないな。 「1つや2つだけじゃなくて、思い立ったらたくさん描いてみてもいいんじゃないかな。そこから1番納得のいくやつを提出するって感じで」 「そうですね。とにかくパッと浮かび上がったものを描いてみようと思います。先生、もし描き方とかでつまずいたら相談してもいいですか?」 「もちろん。いつでも聞いて」 そう言って先生はにこりと微笑んだ。この人は本当に温かくて優しい。ほぼ幽霊部員の俺に対しても親切だし、女子達に遊ばれてもにこにこしている。俺が美術部に入部したのは楽だからなのもあるけど、橙堂先生が顧問だからってこともある。 「それにしても、どうやったら絵が上手くなれるんですかねぇ……」 「えっ、俺赤坂くんの絵柄結構気に入ってるよ?」 「まっ、マジですか!?」 「マジ」 照れるな、そんなこと言われると。というか俺先生に絵なんて見せたっけ? 「入部して間もない頃に、みんなに教室の絵を描いてもらったじゃん?あれ見て感動したよ」 「またまた〜、先生ってばお世辞言っちゃって〜」 そう笑うと、先生は立ち上がって隣の準備室に入っていった。そして大量の何かを抱えて帰ってきた。 「お世辞じゃないよ。ほら、この絵とかさ。机や椅子の影とか傷まで丁寧に描けてる」 「何だか恥ずかしいですね……」 思い出した。入部して初めての部活で描いたやつだ。美術室の風景をざーっと描いていた。今見るとめちゃくちゃ恥ずかしいけど、先生が細かいところまで見てくれていたことが嬉しかった。 「ちゃんと残してるんですね、生徒のイラスト」 「まあね。全員分の持ってるよ。こうして見てみると懐かしいし、成長を感じるから」 イラストを見つめるその瞳は、遠くじゃなくてその絵だけに集中しているように見えた。先生はよくぼんやりと考えごとをしていることが多い。ミステリアスなところが多いけど、絵が好きなことや、生徒を大事にしていることが伝わってくる。 パラパラとイラストをめくっていると、下の方から少し色あせたものが出てきた。 「あっ、それは……」 先生は少し目を見開いた後、またいつものように笑った。 「俺が昔描いてた絵だね。いやぁ、恥ずかしい」 そこには学校の食堂や校庭のような風景画や、生徒達が談笑している姿が描かれている。どれも繊細なタッチでありながら、どこか強く訴えかける何かがある。色合いも淡いものが多くて、主張も強くないのに胸にぐっと来るものがある。本当に橙堂先生そのものだ。 「すごい……昔から絵が上手かったんですね……。これは、いつ頃描いた絵なんですか?」 「これは俺が高校生の時。で、こっちが大学生の時に課題で描いたやつ。今見ると下手だなぁ」 「何言ってるんですか、こんな細かい部分まで表現できるなんて、天才ですよ!俺、先生の絵好きです」 俺の言葉に先生は「天才だなんて照れちゃうね」と頭をかいた。先生の絵はどれも上手いのに、自分で全く自慢しない。謙虚な性格で、そんなところも好感が持てる。 先生は今まで描いたどんな絵も保管しているらしい。描き途中のものや失敗作でさえも残してある。そこにプロ根性を感じた。 さらに先生の画集を見ていると、中から謎の絵が出てきた。バニーガールの格好をした女の絵、メイドの絵、賭博してるっぽいイラスト……。 「先生、何ですかこれ?」 「……そんなものまであったのか。それはね、今から10年くらい前かな。キャバクラに行ったりメイド喫茶に行った時に描いたんだ。あと、これはパチンコ行った時のやつ」 「先生……意外とそういうの好きなんですね……」 かなり意外だった。あんまりそういう場所に行かないイメージがあったから。 「いや、好きっていうか、どれも友達に連れて行かされただけだよ」 「ですよね、先生あんまり率先して行かなさそうだし。特にキャバクラとか」 「うん、そこで酒飲まされて酔っ払って記憶ないんだよねー。起きたら美女に囲まれてたりした」 「それ絶対危ない展開になってるじゃないですか……」 「え、そうなのかな?全然覚えてないんだよね。あっ、もちろんメイド喫茶では酒飲んだりしてないよ?『萌え萌えきゅん』ってするくらいで」 「いや十分ハマってるじゃないですか!」 「会員証も持ってた」 「ガチ勢かよ!」 先生意外すぎるだろ。この人も若い頃はヤンチャしてたんだろうか。ちょっと見てみたい気もする。メイド喫茶でオムライス頼んで、ケチャップでハート描いてもらうとか、この人がしてるのを想像すると笑えてくる。しかもそこで絵を描いてるのも。 ちなみに橙堂先生、酒が全く飲めないらしい。なのに飲んでたとか……若気の至りというか、何と言うか……。女子達に言ったら喜びそうだけど、「飲めない先生が無理やり飲まされて犯されるBL」とか書かれそうなので止めておこう。

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