33 / 37

職権乱用(橙堂 side)

手の上にある、2枚の招待状。これは偶然なのかそれとも……。震える手を隠すように、ぎゅっと握りしめた。 補習が終わった時間帯に、俺は赤坂くんのクラスまで向かい、美術室に呼んだ。彼の教室に行くのは初めてだった。少し驚いたような顔をしていたけど、「部活のことで話がある」と伝えると「わかりました」と言ってくれた。 そして、2人で美術室の椅子に座った。恐らく俺が直々に呼んだこと、他の部員がいないことを不思議がっているのだろう。きょろきょろとしてやや落ち着かない様子が伺えた。申し訳なさや罪悪感を感じながらも、俺は本題に入った。 「補習も忙しいのに度々ごめんね」 「いえ、全然大丈夫ですよ。もしかして、展覧会のことですか?」 「いや、それとはまた別件なんだ」 手の中にあるそれをお守りのように握り、俺は赤坂くんと目を合わせた。 「実は今度、俺がお世話になった先生主催の美術イベントがあるんだ。先生が『ぜひとも生徒を連れてきて欲しい』って言ってて。それで、入場券を2枚もらったんだけど、よければ赤坂くんも来てくれないかな、って……」 半分嘘が詰まった俺のセリフ。先生が美術系のイベントを開催するのは本当だ。先生が俺の生徒を見たいと言ったのも事実。でも俺は生徒代表として赤坂くんを選んだ。招待状だって先生に言えばもっともらえる。本当ならみんなを連れて行けばいいのに……彼だけを連れ出そうとしている俺はなんてわがままなんだろう。 赤坂くんは口をぽかんと開けている。それはそうだよな。急にこんなこと言われても困るよな。断られるのは覚悟している。 「……俺で、いいんですか?」 「えっ……」 「俺、部活も真面目に来てないし絵も上手くないから、俺がそんなイベントに参加してもいいのかなって……」 心配そうな顔でそう話す赤坂くん。ややつり上がった目を大きくさせ、俺を見上げている。思わず可愛いなと思ってしまった。 「いやっ、俺は赤坂くんをぜひ紹介したいと思って声をかけたんだ。もちろん、無理だったら遠慮なく断って欲しい」 ああ、大人気ないな俺は。私情のために彼を誘うだなんて。情けなく感じながらもこの想いは止められなかった。 やがて赤坂くんはこくりと頷き、俺に向かって微笑んだ。 「俺もそのイベント行ってみたいです。先生の先生がどんな絵を描いているのかも気になりますし」 胸の奥に温かい気持ちが広がる。いい歳してこんな気持ちになるなんて……自分でもおかしいと思う。 「ありがとう。ごめんね、無理に連れて行くことになって」 「無理やりじゃないですよ。俺も基本暇してるし、興味もありますしね。それに、女子を呼べば喜んで来るだろうけど、あいつら呼ぶととんでもないことになりそう……。BLについて語り始めたら、周りの空気凍りつきますよ……」 「それは……確かに……」 赤坂くんの言い分にちょっと納得してしまった。下手したら俺と先生のBLとか書かれそう。それはそれで面白そうだけど。 「じゃあ、詳しい日程とか場所を教えるね」 手元にあるチケットの1枚を赤坂くんに渡した。これが職権乱用ってやつだろう。部活という名目で彼との時間を過ごす。退屈な休日が少しだけ待ち遠しく感じる。まるで和臣との初デートみたいだな。手に残るもう片方のチケットが、妙に喜んでいるように思えた。

ともだちにシェアしよう!