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第5話
「そう言えば…」
昼休み。
本校舎裏の、木や低い植え込みに囲まれた中に、ポッカリと拓けた場所。芝生が植えられたその場所で、龍司がそう切り出す。
「ダンスサークルが出来るみたいだよ」
「へえ。たっくんと竹内に刺激されたのかな?」
購買で買ったジュースを手に、力也は興味津々でそう言った。一方、佑は、
「そうなんだ」
抑揚のない声でそう言い、全く興味が無さそうだった。佑のすぐ横にすわる真澄も同様だ。
「あれ?たっくんのところに誰も来てない?」
龍司がそう問うと、佑はわずかに首をかしげた。
「僕のところに、そのサークルを作ろうとしてる連中が来てさ、僕とたっくんにも入ってくれないかって」
龍司の言葉に佑は一瞬だけ視線を上に向け、それから龍司に視線を戻し首を横に振った。
「そうくると思った」
龍司は笑ってそう言った。佑は両手を後ろにつきながら、
「そういうのめんどくさい。大勢で群れるの嫌いだし」
と、そう言う。
この言葉に学校では普段あまり表情を変えない真澄も笑いをもらしている。力也も、佑らしいと思い、つい笑ってしまう。龍司も笑いながら、
「わかってる。一応耳に入れとこうと思っただけで、僕も入るつもりは無かったよ」
と言った。
「ただ」
龍司はいったん言葉をきった。
「協力を要請出来るところは増えるかもね」
そう言った龍司の顔は、力也には策士めいて見えた。
「あ、たっくん、いたいた」
授業が終わり、帰り支度をしていた佑のところに龍司がやって来た。佑と龍司は今年はクラスが違った。
「ねえ、今日、遊ばない?」
「え、遊ぶって?」
今日はダンスの練習のはずだった。
佑が問うと、
「ちょっと面白いことやってみようかなぁ、って考えてるんだ。つき合ってくれない?」
龍司は少し腰を曲げ、下から佑を上目遣いに見る。龍司自身はこの上目遣いがどれほど強力かいまだに自覚していないようだ。
「あー、…わかった」
佑の返事に、龍司はニッコリ笑って歩き出す。
連れて行かれたのは、今は使われていない独立した建屋の講堂。
中に入ると、机やイスは全て壁際に寄せられていて、十人ほどの生徒がいた。
その中に写真部の透もいた。
「あれ?尾高くん」
声をかけると、透は顔を真っ赤にして佑のそばまで来て、
「今日、お役に立てるように頑張ります!」
と言った。
佑はわけがわからず龍司を見る。
「公開練習、しようと思うんだ」
「は?」
「三十分だけ。文化祭でやる曲や振り付けは避けて、それ以外のホントにウォーミングアップ程度のところだけど、見てもらおうと思って」
「え!?」
「たっくんはいつも通りでいいから。僕が勝手にたっくんに絡むから」
「え?え…!?」
「着替え、こっちで出来るから」
龍司はそう言って、一段高くなっている演壇の横のドアを開けた。
事前になんの相談も無かったが、すでに放送部と写真部が数人来ていて、機材の準備を始めている。
佑は仕方なく着替えると、覚悟を決めた。
龍司はさらに嬉しそうに、
「堀井も呼んだよ。落合さんと田上も」
と言った。
「ただし」
龍司は佑の前に立って、指でそのあごを上げると、
「踊ってる時は僕だけを見ててよね」
と顔を近づけて真剣な表情で言った。
「…わかった」
佑は用意されたマットの上でストレッチを始めた。
講堂には普段二人がウォーミングアップやクールダウンの時に流す曲が流されている。
龍司も着替えをすませ、アップに入る。
講堂にあるいくつもの窓に、何が始まるのかと、少しずつ人が集まり中をのぞき込み始めた。
佑はいつも通りに見えた。
佑はアップの途中でもゆるく踊り出すことがあるし、逆にアップが終わっても歩くような軽い動きしかしない時もあった。
それでも完全にスイッチが入った時、佑は曲に合わせて手を打ち鳴らす。それが合図だと龍司はわかっていた。
今日はなかなかスイッチが入らないようだった。
踊り始めたと思えば、途中で目を閉じ、ただ体を揺らすだけになったりした。
講堂の外の人々の視線は、自然とずっと動きのある龍司に集まる。
龍司は、この企画は無理があったか、と思い始めた。
しかし、もう一度佑を見ると、声は出していないが曲に合わせて口が動いている。佑は集中している時、その曲を無音で歌っていることがある。
いつも通りだ、と確信した直後、佑がいきなり踊り始めた。
バラードの曲。両腕をフワリと大きく動かし、早い動きでターンをし、ゆっくりと上半身を反らし、またゆっくりと起こすと片足を上げる。目をわずかに開き、声を出さずに歌いながら───
文化祭の振りにはない動き。間違いなく佑の即興だ。
龍司は思わず自分の動きを忘れて魅入ってしまった。つい、ため息がもれた。
佑をパートナーとして選んだこと、その逸材を見抜けたこと、そして今こうしてその側にいられること、全てが誇らしかった。
曲が変わってアップテンポになった時、佑は目を開けて楽しそうに踊り始めた。
龍司はステップを踏みながら佑の前まで行き、その右手を取った。ひじの下辺りをつかむと、佑も同じように龍司の腕をにぎって来た。
佑が自由に動けるようにその距離を保ちながら、佑が後ろに反る時は腕をそえた。そういうタイミングは、ずっと一緒に練習してきてわかるようになっていた。
次の曲はそれぞれ自由に踊った。
佑は時々動きを止め、Tシャツのすそで顔の汗をふく。それもいつも通りの光景なのに、環境の違いのせいか、今日は何故かチラリとのぞく佑の体に目が行ってしまうことに龍司は戸惑いを覚えた。
窓の外には多くのギャラリーが集まっていたが、佑の動きはいつも通りで、時々自分の体の感覚を確かめるように同じ動きを繰り返したりもしていた。
龍司はアップを始めた時から真澄と落合、そして力也の三人が講堂の隅に立って見ていることに気づいていたが、佑の目には真澄でさえ入っていないのかもしれなかった。
佑に言った三十分が過ぎていた。龍司は放送部の一人に次の曲がラストという合図を出した。それが講堂の中の他のメンバーにも合図される。
流れ始めた曲はバラード。
龍司はゆっくりとした動きで踊り始めた佑の後ろから、その腰に腕を回した。龍司の意図を理解した佑がすぐに動きを合わせてくる。
曲の後半、佑をターンさせ正面で向かい合うと、体を近く寄せて踊る。佑は心得たように最初は龍司の腕にかけていた手を、曲に合わせて首の後ろに回してくる。目は互いを見つめ合ったまま。
曲の終わりが近づいた頃、佑の体を後ろに反らせた。そしてまた抱き寄せるようにゆっくりと起こす。
その打ち合わせなしの動きにも佑はピタリと合わせてきて、起き上がった時は再び龍司の目を見つめてくる。
曲の最後、龍司は佑をそっと抱きしめた。
曲が終わると講堂の窓ぎわに配置していたメンバーが一斉にブラインドを下ろす。
龍司はもう一度佑を抱く腕に力を込めてから、
「たっくん、お疲れ」
と言って笑顔で体を離した。
佑の顔には先ほどまでの色っぽい表情も、熱い眼差しもない。すがめた目で龍司を見て、
「龍司、これ遊び?」
と低く聞いてくる。
「あ、あれ…、面白くなかった?」
龍司は自分の笑顔が強張るのがわかった。
「俺、集中するのに、ものすごい苦労したんだけど。龍司が、僕だけ見てて、なんて言うから」
佑の目も口調も冷たかった。
「ごめん。でもたっくん、ホントに僕のことだけ見てくれてて、すごい色っぽかったよ。勃ちそうになるくらい」
「バカか、おまえは!!」
佑の声が講堂中に響いた。
「大体なんでこういうこと考えた!?」
「文化祭の宣伝…」
「はああぁ!?」
龍司は首を竦めた。
踊りに関しては龍司主導になることがほとんどだが、それ以外では佑の気の強さが出る。
周りの者は二人のやり取りを見ているしかなかった。
「宣伝って…。宣伝なんかしてどうすんだよ!?龍司おまえ、ハードル上げるつもりか?」
佑の勢いに気圧されながらも龍司は、
「そうだよ」
とハッキリ答えた。
「たっくんなら出来るから」
佑は真顔で龍司を見つめてくる。龍司は顔が紅潮してくるのを感じながら、それでも佑の視線を受け止めた。
「わかった」
佑は低くそれだけ言うと、演壇横のドアへと歩いて行ってしまった。
ドアが閉まる音が聞こえると、龍司はすぐに真澄と力也を見て、次いで落合を見た。
「ど、どうしよう。たっくん怒らせた」
龍司はうろたえながら、三人の側に行った。
落合は真澄と力也を見る。真澄はわずかに眉を上げ、
「別に怒ってないだろ」
と力也を見る。力也も、
「怒ってはいないね」
と答えた。
「ホントに?」
「ああ」
「うん」
龍司の問いに二人が同時にそう答えた時、ドアが開いて着替えを済ませた佑が出て来た。
龍司のほうは見ようともせずに、そこにいたメンバーに向けて、
「悪い、お先」
と言っただけで講堂を出て行ってしまった。
龍司は思わず真澄と力也のシャツをつかみ、
「やっぱり怒ってる…」
と言った。
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