6 / 13
第5話のおまけ
佑は寮に戻ると先に風呂に入った。
風呂から上がり洗面所から出たところで、ちょうど真澄が戻って来た。
“お先”と声をかけたが、真澄は佑をちらりと見ただけで無言だった。そのいつもとは異なる態度に佑の頭の中にクエスチョンマークが飛び交ったが、入れ違いに風呂に向かう真澄に、その時は問うこともせずそのままにしてしまった。
洗濯物をカゴに押し込み、一階にあるランドリールームに向かう。
ランドリールームは三つある寮に一ヶ所ずつあり、洗濯乾燥機が三台、洗濯機と乾燥機が二台ずつ設置されており、朝の七時から夜の十時まで利用出来る。
中に入ると力也が居た。
「あ、たっくん、メシ行ける?」
そう尋ねられたので、
「真澄が今 風呂入ってる」
と答えた。
「じゃあ、堀井が風呂出たら電話して」
その言葉に佑が“オケ”と応じて洗濯乾燥機に洗濯物を放り込んでいると、ランドリールームを出て行こうとしていた力也が足を止めた。
その様子に佑が力也を見ると、力也がじっと佑を見ていた。
「何?」
「いや、いっつもあんな練習してんだな、と思って…。ああ、今日のはほんの触りでホントはもっとハードなんだろうけどさ」
力也の声からは感心したような響きが感じられた。
「ああ、うん、…まあね」
「凄いな」
力也の真っ直ぐな視線が、お世辞でも嘘でも無いことを伝えてくれている。
「いや、好きだから…、さ。それに、俺はまだまだだし」
佑はその視線が照れくさくなって力也から目を逸らし、うつむいた。
「そうやって打ち込めるものがあるのって、羨ましいな」
力也が呟くように言った。
「え?」
佑が顔を上げると、
「じゃ、あとで」
と力也は背を向けてランドリールームを出て行った。
洗濯物は夕飯を食べ終わって戻って来る頃に仕上がっているはずなので、佑はいったん部屋に戻った。
真澄が風呂に入っていたこともあって、鍵をかけて部屋を出たので、佑が部屋着のポケットから鍵を出したところでドアが開いた。
「あ…」
ドアを開けた真澄と目が合う。真澄は一瞬動きを止め、踵を返して部屋の中へと戻る。
真澄の態度にまたも佑の頭の中にクエスチョンマークが飛ぶ。
「今 洗濯場で力也と一緒になって、真澄が風呂出たらメシ行こうって」
佑は真澄の背中にそう声を掛ける。
「ああ」
真澄は背を向けたまま返事をした。佑はもやっとしたものを感じながらスマホを取り出して力也に電話をした。
何か変だった。
真澄は食堂でも寮に戻って来てからも、佑と目を合わせようとしない。
不機嫌そうにも見える。
ひょっとして、その原因を知っているのではないかと思い、夕飯を食べながら隣に座る力也に目で問うが、ヘラっと笑っただけだった。
あの顔は───
力也は間違いなく知っている。佑はそう確信したが、寮に辿り着いたところで逃げられた。
その力也の態度が、佑のもやもやをさらに大きくした。
何故、真澄は不機嫌なのか、佑に思い当たるフシは無い。
授業中はいつも通りだったはずだ。
だとすると、そのあと。龍司と公開練習の最中か、そのあと……。
練習中は接触していない。寮に戻って来てからも何か変わったことはしていないはずだ。
机に向かって課題をしながらも、もやもやのせいで全く進まない。
「あのさ、真澄」
佑は意を決して、同じように少し離れた位置の机に向かっている真澄を見た。
ドキリとした。
真澄がじっと佑を見ていた。
「え…、何?」
口火を切ったのは佑だったのだが、真澄の視線に戸惑って聞き返してしまった。真澄がふいと顔をそむける。佑はイラッとした。
「だからさ、なんなの?さっきから」
真澄のほうにイスを回して体ごと向き合った。
「俺なんかした?」
真澄は机に向かったまま顔を上げて、一度大きく息を吐いた。それからおもむろに立ち上がり、佑のほうに向き直った。
「わかんない?」
「え…?」
低く静かな声に、佑はつい机の端に置いた手でその角を握り締めた。
スッと距離を詰められ、イスごと後ろに少しさがる。さらに詰められ、佑は立ち上がった。
「わかんないから聞いてんだろ!?俺が何したって…」
真澄の手が伸び、その胸の中に抱き込まれた。ぶつかるように体が密着し、腰と背中に腕が回される。
「な、何!?」
佑はとっさに真澄の胸に両手をついて体を離そうとしたが、さらに深く抱き込まれる。
「おまえ、いつもTシャツで汗拭いてるのか?」
耳元にささやくような問いに、佑は、
「へ?」
と間の抜けた声をあげた。
「さっきみたいに、いつもTシャツの裾持ち上げて汗拭いてるのか?」
真澄はなおも佑の耳元に問う。
「いや、いつもじゃないけど、汗が目に入りそうな時はタオル取りに行くより早いから」
佑が訳がわからずそう答えると、真澄がため息をついた。耳元に息がかかる。背中にゾクリと震えが走り、
「だから、それがなんなんだよ!?」
佑は真澄の拘束から逃れようと試みる。少しだけ体が離れ、顔を上げると間近に真澄の顔があった。
「他の奴らに佑の体が見えた」
「は?」
佑は数瞬、真澄が言った言葉の意味が理解出来なかった。
「誰にも見せたくない」
「はああぁ!?」
次いで真澄の唇からこぼれ出た台詞で、やっと理解した。
「おま、おまえ、バッカじゃないの!?」
意味がわかって、顔が紅潮した。真澄の顔は真剣だ。それが余計に恥ずかしくて、真澄との体の間に腕を入れて押し返す。
「俺が風呂から出て来たら、おまえが居ないから…。おまえの風呂上がりの顔だってホントは誰にも見せたくないのに」
佑は顔だけではなく体中が熱くなった気がした。
「お、おまえ、そんな恥ずいこと…」
体の間に入れていた腕をつかまれた。首の後ろに手がかかり、真澄の顔が近づいてくる。
つい目と口を閉じてしまった。
ぶつかった唇はすぐに離れた。そのまま動きのない真澄に、佑はそっと目を開けた。すぐ目の前に真澄の顔があった。
ホリの深い顔だち。奥二重だけれどハッキリとした目元。鼻筋が高く、形のいい少し薄い唇。
顔を引こうとしたが、首の後ろに回されている手がそれを許してくれなかった。
今度はゆっくりと唇を押し当てられた。また離れたと思うと、唇で唇を挟むようについばまれる。
それだけでゾクゾクした。
それを悟られたくなくて、つかまれていないほうの腕に力を入れて抵抗した。
そんな抵抗はものともせず、真澄の舌が唇を割って入ってくる。無駄と知りつつ舌を引いたがすぐに絡めとられた。
今日の真澄は執拗で、さらにはエロかった。
とっくに力が抜けて腰砕けになっている佑を抱き支えたまま、いつもより長く舌先で口腔内を探り、いつもより荒い息遣いと湿った口づけの音を立て、佑の聴覚をも刺激した。
「ん…、真…澄、も…、立ってられな…」
真澄の背にしがみつきながら切れぎれに訴えると、軽々と抱き上げられ、真澄のベッドに降ろされる。
「ま、待った。きょ、今日はヤダ…」
まだ荒い息でそう言うと、
「わかってる。最後まではしないから」
真澄はそう答えて、佑の耳朶を舌で舐りながら、熱い手のひらを服の中に滑りこませて来た。
「あの…さ、真澄」
お互いの熱を放出し後始末を終えたあとで、再び佑を腕の中に抱き込んで離そうとしない真澄に、そっと声をかける。
「ん…?」
「もうすぐ夏だよね」
「うん」
真澄は返事をしながら佑の髪にキスを繰り返す。
「そしたら、体育の授業で水泳があるよね」
佑の発言に真澄の動きが止まった。
「うわぁ…ッ」
真澄がいきなり上半身を起こし、佑をベッドに押さえつけた。
「見学しろ」
「は…?」
「佑は水泳は見学」
「………………」
真澄の顔は冗談を言っている訳ではなさそうだった。佑はため息をついた。
「出来る訳ないだろ?そんなこと」
佑を見おろす真澄の眉間に深いシワが寄る。
「あのさ、真澄が気にするほど誰も俺のことなんて見てないって…、おわッ」
ため息まじりにそう言うと、真澄は佑に抱きついてきた。そして盛大なため息をつく。
「おまえのその無自覚さが俺の一番の悩みだよ」
ともだちにシェアしよう!