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第7話
休み時間。窓ぎわの席。
イヤホンをして音楽ソースで音楽を聴きながら、目を閉じ、時々わずかに手を動かし、足先を動かしている生徒がいた。
佑だ。
完全に自分の世界に入っている。
そして、時々自分の髪に両手を入れて、頭を抱えている。
周りの人間はもう承知していた。
あれは次に向けての葛藤だと……。
「龍司ぃ…」
佑が練習の最後、スタジオの床に倒れ込みながら龍司を呼ぶ。
「どしたの?たっくん」
龍司は慌てて佑の横にひざをついた。
佑が寝返りをうってあお向けになった。
「俺、もう少し筋肉付けたほうがいいような気がするんだよな」
「ああ…」
龍司はそのことかと思った。
今回のバラード曲の動きの中には、ゆっくりとした体重移動や静止した体勢を維持する振りが入っている。
佑は特に、ゆっくりとした体重移動の動きの時にたまにフラついたり、早く移動させてしまったりすることをひどく気にしていた。
「ん〜、まあ、やってくうちに必要な筋肉は付いて来ると思うよ」
「………………」
龍司の言葉に佑は不満そうな顔だった。きっと気の強い佑のことだから、早くこの曲をいい状態に仕上げたいのだろう。
「わかった。たっくんの筋トレメニュー考えるよ」
「え、龍司が考えてくれるの?」
佑は意外そうな顔をした。
「うん。筋肉付けるって言ってもたっくんの場合は、あー、例えばバレエダンサーみたいな太ももパツパツまでは必要ないし、他にも必要のない部分に筋肉付けると動きが悪くなったり、柔軟性が失われたり、怪我の可能性も出て来るからね」
「ふ~ん」
「今でもだいぶ筋肉付いてきてると思うけど」
龍司はあお向けに寝転がったままの佑のTシャツの裾をまくった。
「見んなよ」
佑は裾をおさえる。
「なんで?いつも僕の前で普通に着替えてるじゃん」
龍司が笑いながら言うと、
「それとこれとは別」
佑は少し不機嫌そうな顔をした。龍司は佑の顔の横に片手を付いた。
「堀井は、たっくんのこの体を毎日見てるんだよね?」
「は?」
「たっくんのこの綺麗な体を、さ」
龍司は言いながら佑のTシャツの中に手を差し入れた。
「は、はあ!?おまえ何言ってんだよ?」
佑が顔を赤らめながら龍司の手をおさえる。
「堀井はさ、ホントたっくんにぞっこんだよね」
「え?さ、さあ…」
「ぞっこんだよ」
龍司は赤い顔のまま言い淀む佑を見て、笑いながら言った。
「堀井の中ではさ、二つの思いがせめぎ合ってると思うんだよね」
龍司は笑うのをやめて佑を見つめた。
「たっくんの魅力を他の人間にも見て欲しい。たっくんがもっと輝くために役にたちたい、って思いと」
龍司は佑の顔に自分の顔を近づけた。
「たっくんを自分だけのものにしておきたい、っていう独占欲と」
「………………」
佑はほほを紅潮させながらも、真顔で龍司の目を見つめ返してきた。
龍司は体を離した。
「だからさ、体育祭の時は可哀想なことしたなって思うんだよね。堀井もよく我慢してくれたよ」
「え?」
「堀井の理性がぶっ飛んでたっくんの体に負担かかるようなこと、無かったでしょ?」
「え……」
佑は一瞬あらぬほうに目を逸した。
「あったの!?」
龍司は確信を持っていたので、驚いて尋ねた。
「無いよ!ちょっと、言い争いはあったけど…。てか、なんでそんなことわかるんだよ」
佑は起き上がってそう言った。
「そりゃあ、踊ってる時の動きと、そのあとメンテナンスで体触ればわかるよ」
「あ、そ…」
佑がまた目を逸したので、龍司は笑ってしまった。
「これ言うとたっくん、絶対恥ずかしがると思ったから黙ってた。だから、堀井にはたっくんのメンテナンスしてもらうことにしたんだ。僕も落合さんには協力してもらってるしね」
「落合さんに?」
「そ。出来るだけ僕の体に負担かからないような工夫をあれこれね」
佑がまた顔を赤くしたので、龍司は思わず吹き出してしまった。
「今回、堀井を歌で引き込んだのは、すごくいいと思うよ」
龍司は笑いを収めて言った。
「きっとたっくんと一緒にパフォーマンスを創り上げるって、堀井にとってはものすごくやりがいを感じることなんじゃないかな」
龍司の言葉に、佑は少しうつむき加減に顔をふせ、ふっと笑みを浮かべた。
「うん、それは俺もそう感じてる。わっ…」
龍司は佑に抱きついた。
「たっくん、可愛い」
佑は龍司のあごに手のひらを当て抵抗してきた。
「やめろ、バカ、キスすんな!」
放課後。本館の一階の廊下。
何気なく窓の外に目を向けた佑は、そこに見知った顔の生徒を見つけた。
透である。その透の襟をつかんで、引っ張って行こうとしている生徒がいた。
佑はすぐさま走った。
「わあっ」
廊下の角を曲がったところで、歩いて来た人物とぶつかりそうになった。
「たっくん?」
力也だった。
「どう…」
「尾高くんがどこかに連れて行かれる!あとを追う」
「え!?尾高って、写真部の…?あ、ちょっと、たっくん!」
佑は力也の問いかけには答えずに外に走り出た。
透の襟をつかんでいたのは、透と初めて会った時に彼を追いかけて来た三年生だ。人目の無いところに透を連れて行くに違いなかった。
力也は慌ててスマホを取り出し、電話をかけながら佑のあとを追った。
かけた相手はツーコールで出た。
「あ、まぁ坊!今どこ?たっくんが…、わあっ」
力也はまた誰かとぶつかりそうになって声を上げた。
「佑がどうしたって?」
ぶつかりそうになった人物が力也にそう聞いてきた。
「嫌です!」
透は彼からスマホを取り上げようとする相手に抵抗した。
「テメェ、一度ならず二度も勝手に写真撮りやがって」
相手が透の髪をつかんだ。透はスマホを胸に抱き込んだ。
「ごめんなさい。他意はありません。ホントに偶然…」
「そんな言い訳が通ると思ってんのかッ!?」
髪をつかまれた頭が後ろに引かれた。次の瞬間、今度は前に。
壁が迫る。透は目をつぶった。
パシッという音。透の髪をつかんでいた手が離れる感触。反動で体が傾いだ。透は床にくずおれた。
「尾高くん!」
誰かの声と共に、腕をつかまれて引き起こされる。透は目を開けた。
「大丈夫?」
目の前に“クイーン”の顔があった。
「テメェ…」
その後ろから声がした。
本校舎の端の使われていない空き教室だった。
佑は透の髪をつかんでいる相手の腕を下から払い上げ、拳を固めた右手に左の手のひらを当て、右ひじを相手の顔面にぶち込んだ。
佑は透を立たせると、ほほを手で押さえている相手に対峙した。
「何そんなにいきり立ってんの?」
佑は真っ直ぐに相手を見た。
「撮られるとマズイことでもしてんの?」
「なんだと!?」
相手は一瞬怒りをあらわにしたが、すぐに何かに気づいた様子で、まるで嘲笑うかのような表情になり、
「おまえ、体育祭で踊ってたヤツだよな?少し前も講堂で」
と言った。
「あんなエロい顔して。おまえ、男にああいう顔すんの得意なの?」
佑は一瞬、相手から視線を外した。相手はそれを羞恥と捉えたようだった。
「どうなんだよ?」
相手はからかうようにそう言いながら、一歩間合いを詰めて来た。
自分にむかって伸びて来た手を払うと、佑は素早く自ら一歩踏み込んだ。怯んだ相手に、
「ねえ、講堂の俺もわざわざ見に来たの?」
佑は首をかたむけ、斜め下から視線を投げた。
「な…ッ」
佑は顔に朱を刷いた相手に、
「安心してよ。アンタ相手にそういう顔は絶対にしないから」
と口元に笑みを浮かべ、その目を見つめて言った。
「テメ…ッ」
一瞬気圧された様子だった相手が佑の襟をつかんだ。
「中野先輩!」
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