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「変わりはないかい?」
「はい」
月に一度の定期検診。
担当の医者は、顎ヒゲを触りながら「そうか」と唸る。
「やはり薬を変えたほうがいいと思うが…」
「それは両親が許さないので」
「そう、だよね……
しかし柚紀くんの状況を知れば、あの栗山(くりやま)でも流石に」
「いや、無理です」
ーーだって栗山は、〝α〟の家だから。
僕の家…栗山は、数少ないαの家系。
そこに、何故かΩの僕が生まれた。
小学校中学年に行われる検査で発覚し、αだらけの家にΩを置いてはおけないと用意されたセキュリティー万全のアパートに追い出された。
もし栗山家にΩがいることが知れたら、家系に泥を塗ることになる。だから、一族は僕の第二性を変えたがった。
けど、Ωからαになるのは相当な負荷がかかる。
ならばせめてΩからβになるようにと、ずっとこの病院で処方される薬を飲んできていて、
でもーー
「流石に味を感じないのは辛いだろう。
日常生活に影響が出ている……私は、君が心配だ」
幼い頃から飲み続けたからか、自分の体質に合わなかったからかはわからない。
けど、どんどん味覚が無くなり、気づけば何も感じられなくなってしまっていた。
匂いはある、でも味はない。
まるで口だけ自分の体から外れてしまった感覚。
生きていくためには食べなけいとなくて、辛くて辛くて一時何も口に入れられなくなって。
「でもね、大丈夫なんです。
先生も褒めてくれてるじゃないですか、顔色も前よりいいし体重も安定してきたって」
半年前のあの出会いから、僕は大丈夫になった。
味のしないものを口に入れて噛んで飲み込む作業をして、それから堤さんのケーキを食べる。
あれが待ってると思えば食事が全然苦にならなくなって。
店のことは内緒だ。
なんとなくだけど、言ってはいけない気がする。
あそこのスイーツにだけ味を感じるとか絶対変な探りが入りそうだし、営業妨害になったら嫌だし……
「ほら先生、今月の分ください?
僕は元気ですよ、っというか患者がお医者さん励ましてどうするんですか」
「いや…それはそうなんだが……」
いつもいつも暗い顔をする先生。
幼い頃からの仲だし、情が移ってるのかも。できればそんな顔してほしくないんだけどな。
薬は、既に味覚を無くすほど僕へ溶け込み効いている。
Ω特有の匂いや発情期は今まで一度も無い。αと会っても何も感じないし、学校でも普通にβとして生活していられて。
僕はΩだけど、βでもありつつある。
それについて別に何も思ってない。生まれたのが栗山という家だったし、寧ろ当たり前のこと。
だから僕は笑って、自分の日常を生きるだけだ。
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