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第2話 従兄

 ホームに降りたら、むわって、空気が押し寄せてきた。  土地の湿度と、夏の熱気。   「……あっつ……」  寂れたというほどでもないけど、なんか人気のない駅に降りたのはオレ一人。  行き違い用にホームが二つあるから、通路を含めると駅舎は大きく見える。  見えるっていうか実際陸橋を渡った果てに改札があるんだから、そこそこの距離があるんだけどさ。  えっちらおっちらと荷物を持って階段を行き、たどり着いた改札は無人だった。  いやあ、さすが田舎だわ。  こんだけ駅舎が大きくてホームもしっかりしているのに、誰も使ってないんじゃねってくらいに人がいなくて、もったいねえなあってなる。  「誰もいないし。わかってたけど……」    ぼやきながら無人改札に置かれた箱に、切符を滑り込ませる。  「朝夕のラッシュ時には、ちゃんと駅員いるんだぞ」  改札を出たところにいる男が、にやにやと笑いながらオレに手を振る。   「しょう兄ちゃん」 「よう。ちゃんときたな」    ちょっと歳食ったやんちゃ小僧、喧嘩も買いますが何か? みたいなこの男、これが今回の犯人。  オレの従兄、川野翔太(かわの しょうた)。  面倒見がいい兄貴肌で、見た目通りちょっと血の気が多いけど、悪い人じゃないのは知ってる。  一応は、推定・犯人だけどな。   「今誰もいないじゃん」 「今お前『めっちゃ田舎、変わってね~』とか思ったろ?」 「別に」 「顔に出てるわ。お前こそ変わってないな。元気だったか、ノタ」 「ノタ言うな」    オレの手から荷物を取り上げて、わしわしと頭を撫でる。  痛いから、止めれ。  髪がもつれるほどに撫でまわして、満足したらずんずん車に向かって歩いていくから、しょうがない。  ついていくしかないじゃん。   「春海は相変わらずひょろいな」 「ひょろくねえし、普通だし」 「はいはい、ノタは普通な」 「ノタって言うな!」    しょう兄ちゃんの車は丸っとしたシルエットの軽自動車で、身体の大きさからしたらおかしいだろって思う。  オレがふてくされていてもどこ吹く風で、しょう兄ちゃんはポイポイっと車に荷物を詰め込み、運転席に乗り込んでエンジンをかけた。   「はいはい、ほら、行くぞ。乗れ、ノタ」 「もう!」    しょう兄ちゃんがノタって呼ぶのは、名残。  オレが守屋春海(もりや はるみ)って名前だから。  子どものころに、しょう兄ちゃんともう一人が、オレにそんなあだ名をつけた。  ちょうど国語で『春の海ひねもすのたりのたりかな』って、習ったところだったんだってさ。  変な音だし、全然名前にかすってもない。  他には誰も呼ばない音。  二人だけが呼ぶ、特別な音。  ホントは口で言うほどイヤじゃない。 「先、ばあちゃんとこに行くぞ」    しょう兄ちゃんが軽自動車の運転席に収まると、ちょっと窮屈そう。  移動中の助手席の座り心地は、案外快適。  カーブとか多分、オレの運転の方が車体、揺れると思う。   「施設入ったって、どっか悪いの?」 「ん~、まあお年頃ってやつ。時々、頭の中が散歩に行ってる。で、母ちゃんが大変そうだしさぁ……この辺でうっかり迷子になったら、山狩りだろ? なんで、予防も兼ねてるんだわ」 「ふうん……オレの顔、わかるかな」 「会いたがってたから、まあ、帰るころまでにはわかるんじゃねえの?」 「ああ、そう……」 「そう」    なんてことないように、しょう兄ちゃんは言う。  でもそれ以上言わないから、きっと顔を見たら年とった! って、衝撃を受けるんだろうなって、覚悟しておく。

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