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第13話 おまけ 誠也
春海と初めて会った時の感想は『何だこれ、ちっちゃ!』だった。
多分、向こうが小学生のころ。
『誠也のとこ、本あったよな? ちびでも読める?』
『いくつの子か知らないけど……まあ、多分?』
翔太から不思議なメッセージが来たのは連休初日で、首をかしげながら返事をしたら、次の日に翔太がおれの家にちびっ子を連れてきた。
従弟だってさ。
知らないところに連れてこられて、時間を持て余して所在なさそうにしているのが可哀想だからと、言って。
本さえあればおとなしい子、なんだそうだ。
「そういったってさあ、こいつが自分で持ってこれる本の数なんて知れてるし、ウチにチビが読める本なんてねえもん」
「まあ、おれらが小さいころに読んでたようなマンガなら、この子でも楽しめるんじゃないかな……」
ウチの家は家族が本好きで捨てられない人ばっかだから、離れがちょっとした古本屋みたいになってる。
絵本はそれほどないけど、マンガなら基本的には作家買い全巻揃いだから、小学生でも楽しいと思う。
小説は大人向けが多いから、どうかなと思うけどね。
兄貴の集めていたラノベなら読めるかな。
そうやって受け入れた我が家の本棚を、そのちびっこは気に入ったらしい。
ゴールデンウィーク・夏休み・冬休み・春休み、時にはちょっとした三連休にも。
春海は母親に連れられて、自分の暮らす街から、離れたおれたちの住むところに来る。
こっちにいる間は観光に行くわけでもなく、何故かうちに来て本を読むのが定番になった。
その日、春海は宿題を持ってきていて、翔太は兄貴が集めてるマンガの一気読みをするんだって言ってた。
春海は少しうちに慣れてきたようで、寝っ転がって本を読めるようになっていた。
「ノタ」
翔太が春海に呼びかける。
ノタ、とは?
「ノタ違うも……春海だもん」
「蕪村とどっちがいい?」
「何それ」
「『春の海 ひねもす のたりのたりかな』って、与謝蕪村って人が作った俳句なんだってさ」
「ふうん」
「だからさあ、春海は春の海だからさ~。ノタと、蕪村、どっちがいい?」
翔太はわかっているようだけど、春海は全く分かっていない顔。
どうも翔太は自分なりの理由で、蕪村の俳句から連想したあだ名を、春海につけることにしたらしい。
「……ぇえ~」
無茶ブリされた春海は、困ったように変な声を上げた。
翔太は春海に変な絡み方する。
好きな子いじめる小学生みたいだ。
すごくかわいがっているのがわかる。
アイスを一口取り上げたり、輪ゴムで前髪縛っちゃったり、春海を枕代わりにしたり。
春海はいつもどこか遠慮がちで、構いたくなる気持ちはわかる。
今だって翔太は、春海を胡坐の中に座らせている。
「なあなあ、どっち?」
ぐいぐいとせまる翔太に、春海が言った。
「どっちもヤダ」
きっぱり言ったぞ。
聞いていたおれもびっくりしたけど、言われた翔太はすごく嬉しそうに笑った。
「そっか~イヤか~。イヤって言えるんだなあ、お前」
だからおれも、横から口をはさむ。
「蕪村って感じじゃないよね。ノタだよね」
「だよな。ノタの方が似合うよな」
「ぇえええ? ヤダって言ったよ?」
「また言った! いいぞ、ノタ」
「ノタ違うもん!」
翔太はぐりぐりと頭を撫でて身体いっぱいで抱きしめて、春海が身体をよじって嫌がるものだから、二人で床に転がって猫の仔みたいにじゃれてる。
微笑ましいなって思いながら、おれは被害を最小限にしようと、周囲のものをよけた。
母親との関係がうまく築けてなくて、イヤも言えない子だと聞いたのは、しばらく滞在していた春海が帰ってから。
次にウチの離れに来た時には、翔太と一緒にめいっぱい構ってやろう。
ころころと床の上で翔太とじゃれていたのは、すごくかわいかった。
ああいういい顔を、たくさん見たいと思うんだ。
あの子には、ああいう顔が似合う。
もっともっと、いい顔ができるようにしてやりたい。
おれの親戚でもないし次に会うのがいつかなんてわかりもしないのに、おれはなぜかその時そう思ってしまった。
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