「何が可笑しいんだ？　椎堂」 心のざわつきを悟られないように平静を装いながら、怜旺はいつものように冷めた声で問い掛た。 圭斗は、そんな怜旺の心境を知ってか知らずしてか、意味深な瞳を向けてくる。 「別に？」 圭斗は全然「別に」ではない顔をしている。口元を手で隠しているが、覗く唇は楽しげに弧を描いており、怜旺を見据える目は獲物を捕らえたかの如く鋭く光っていて、猫に弄ばれているネズミのように、ジワジワと追い詰められているような気がしてなんだか落ち着かない。 文句の一つでも言ってやりたかったが、先ほどの圭斗との行為を嫌でも思い出してしまい、怜旺は忌々し気に唇を噛んだ。 この男は危険だ。自分の最も知られたくない秘密を握っている上に、今の所弱点らしい弱点が一つも見当たらない。 今の処、怜旺の秘密を他人にバラす気は無いようだが、いつ気が変わるかわからない所が恐ろしい。 秘密を知っているという点では亮雅も同じだが、どういうわけか圭斗が口止めしているようで、今のところ表立って言いふらす様子は見受けられない。 亮雅単体だけなら力技で黙らせる自信はあるのだが……。 問題は戸口に立ってこちらを見ているこの男だ。何を考えているのか全く読めず、何を仕出かすかもわからない。 怜旺が警戒していることなど百も承知で、それでも面白がって傍観している節さえある。 あの男は、一番油断できない相手だ。 怜旺は無意識のうちに、濡れたシャツの裾を握りしめていた。 あぁ、早く帰りたい。家に帰ってシャワーを浴びて、全部洗い流したい。 ――もっとも、家に帰ったとしても心の休まる場所なんて何処にも無いのだけれど。 とりあえず今はこの居た堪れない視線から逃れたい。 「とにかく、濡れた床は気になるんなら自分達で責任もってやるんだな。僕はそのままでも全然困らないので」 圭斗の視線になんとも言えないやりにくさを感じ、怜旺は小さく舌打ちすると、出来る限り彼の方を見ないようにしながら、HRを締めくくり教室を後にした。