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トラブル 7

「あれ? 獅子谷先生、そんな所で何やってるんすか? って、びしょ濡れじゃないですか!」 誰にも見つかりたくなくて、辺りを警戒しながら荷物を取りに職員室へと向かっている途中、突然背後から声を掛けられた。 ぎくりとして油の切れたロボットのようにぎこちない動きで振り向くと、同僚の鷲野が不思議そうな面持ちで立っているではないか。 全身びしょ濡れの怜旺を上から下までたっぷりと二往復ほど眺めて、何があったったのかと眉を寄せる。 「実は……。外を歩いていたら、園芸部の使用している水撒き用ホースが緩んでいたみたいで、思いっきり被ってしまったんですよ」 まさか、自分の受け持つ生徒達の悪戯を食らったとは言えずに咄嗟に嘘を吐いて誤魔化した。 流石にバレるかと内心ひやひやしたものの、怜旺の言葉を鵜呑みにしたのか妙に納得した様子で憐れむような視線を寄越してくる。 「確かに、あそこのホースはだいぶ劣化が酷いからなぁ。今度新しくしてもらえるように言っておかないと……」 あ、なんだ。本当に劣化していたのか。 口から出まかせを言っただけだったが、どうやら上手く誤魔化せたらしい。 「早く乾かさないと。風邪ひいちゃいますよ。あ、俺の着替え使います? 部活用ですが」 「あぁ、大丈夫です。寒い季節でもないし。どうせ雨で濡れると思うので。それに、今日はもう帰るだけですし」 自分よりも一回り程大きな彼の施しは受けたくない。怜旺はやんわりと断ると、そそくさと荷物を取りに職員室へと向かい、自分のカバンを引っ掴んで足早に学校を後にした。 此処の教師陣はどうしてこうもお節介なヤツが多いのだろう? ほっといてくれたらいいのに、校門を出るまでに少なくとも2,3人は鷲野と同じやり取りをした気がする。 特に教頭は鋭くて、あのクラスの奴らにやられたのでは? と、しつこく問い質してきたのには流石に参ってしまった。 まぁ、濡れた理由がイマイチ釈然としないものだったので、完全に否定しきれなかったのが原因なのかもしれないが。 まだ赴任して一週間だ。問題児ばかりのクラスをそう簡単に制圧できるなんて思って無い。 それに、クラス全員が悪いわけでは無くごく一部の生徒が悪目立ちしているだけだ。 そう言えば、一人だけまだ会ったことが無い生徒が居る。 |上城 英《かみしろ たつき》と言っただろうか。教卓の一番前が空席になっていて、そこに座るはずの生徒の顔を未だに見たことが無い。 教師苛めに加えて不登校とは、問題が山積みのクラスだと改めて実感させられる。 思わず洩れそうになる溜息を呑み込みつつ校門を出ようとしたところで立ち止まる。 分厚い雲の隙間から覗く眩い光に照らされたシルエットが視界に入ったからだ。 校門に寄り掛かるようにしてスマホを眺めていたその人物は怜旺の姿を見るなり身体を起こし、行く手を阻むように目の前に立ちはだかった。

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