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黒歴史と家庭訪問
梅雨の晴れ間が覗く初夏の日差しの中、いくつも立ち並ぶ市営団地の棟の一つを見上げ、怜旺は深い溜息を吐いた。
あと5分で、上城の母親と会う約束の時間になる。早く行かなければいけないと思う反面、顔見知りに会うのは何となく気が引けて変な汗が背中を流れて行く。
善は急げとばかりに、彼の母親へと電話で約束を取り付けたまでは良かった。しかし、家庭調査票に書かれている住所を見て愕然とした。
知らなかったのだ。上城央の家がまさか自分が住んでいる部屋の隣だったなんて。
担任として、もっと早くに彼の家族構成や生活環境くらいは調べておくべきだったと後悔の念に駆られたが後の祭り。
アポを取ってしまった以上は会いに行かなくてはならず、覚悟を決めて近くまで来たものの、棟の中に入るのをつい躊躇ってしまう。
だが、いつまでもこんな所に立ち尽くしているわけにはいかない。
夕暮れ時と言っても7月に入ったばかりだ。昼間の暑さは健在で、立っているだけでじわりと額に汗が滲む。
汗でシャツが肌に張り付いて気持ち悪いと思いつつ、意を決して中に入るとエレベーターで3階へ上がり、表札を確認してインターフォンを押した。
暫くすると足音が聞こえて来てドアが開かれる。
顔を覗かせたのは綺麗に化粧を施した40代半ばの優しそうな女性だった。
顔見知りと言っても、成人して以降はあまり接する機会もなく、遠巻きに姿を見掛ける位で最近は挨拶すら交わしていなかった。
「あら? 貴方、お隣の……怜旺、君……?」
「……っ、ご無沙汰してます。今日は、央君の担任としてお伺いしました」
思わず目を見開きそうになるのを抑えながら何とかそれだけ口にすれば、彼女はポカンと口を開け怜旺の姿を上から下までたっぷりと眺めてから、目をこれでもかと言わんばかりに丸くさせた。
「え? あ、えぇ? 怜旺くん? さっき、電話をくれた獅子谷先生って……ええっ」
「……」
驚くのもまぁ、無理は無いだろう。恐らく彼女の記憶にあるのは学生時代の怜旺の姿。ヤンチャして暴れまくっていた黒歴史の塊のような時代の怜旺である。
正直言って気まずさは半端ない。
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