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きまぐれ

玲旺はタクシーで帰れると言ったのだが、手当てしてやるからと言って譲らない圭斗に連れられるまま、気付けばマリンのロビーに辿り着いていた。 「んだよ。ろくなの空いてねぇじゃん。ま、いっか……」 「……って、おいっ!」 ブツブツ言いながら慣れた手つきでパネルを操作し、部屋を選ぶ圭斗を呆れたような表情で睨み付ける。 「おまっ、此処ラブホじゃねぇかっ!!」 「ああ、そうだな」 「『ああ、そうだな』じゃねーよ。何考えてんだ! 俺をこんなとこに連れてきてどういうつもりだっ」 「どうって、言っただろ。傷の手当てだよ。うっせぇな。血だらけのお前をどうこうしようなんて思っちゃいねぇよ」 「でも、だからって……っ」 戸惑う怜旺を無視して、エレベーターに乗り込むと肩を抱いたまま目的の部屋へとずかずか歩いていく。 「ほら、入れよ」 「……な……っ」 チカチカと光る扉の前で、中に入れと促され躊躇ったものの、こんな所で騒いで変に目立つのだけは避けたいと思い、渋々部屋の中へと足を踏み入れて絶句する。 如何わしい色の照明はまだいいとして、部屋の中央に大きな二枚貝の形を模したファンシーなベッドが鎮座しているのが異様すぎて目を疑った。 そして、極めつけは壁一面に貼られた鏡。これではまるで――。 「……お前、趣味悪すぎんだろ」 「違げぇ! ここしか空いてなかったんだよ!!」 怜旺は動揺を隠すようにゴホンと咳払いをし、ジト目で圭斗を睨み付けた。 圭斗は慌てて否定して、ぶつくさ言いながらドラッグストアで買って来た袋をベッドに放り投げ、怜旺もベッドに座らせた。頬にアイスパックを当てると、殴打されて熱を持った部分がずきんと痛んだ。 圭斗はコットンに消毒液を浸して、血の滲む後頭部を丁寧に拭き始める。 「見た感じ深い傷じゃなさそうだな」 「だから、大丈夫つったろうが」 多少ズキズキはするものの、出血も直ぐに止まったし、たいしたことじゃ無い。 それよりも、圭斗の行動の方が意外だった。眉根を寄せて険しい表情を浮かべている圭斗の様子に、怜旺は困惑するばかりで彼が何を考えているのかいまいち掴みかねている。 こいつは、本当に何を考えているのだろう。 「たく、無茶しやがって……」 「……悪い」 ぼそりと呟かれた言葉が思いの外優しい響きを帯びていて、怜旺は何だか落ち着かない気持ちになった。 視線を何処に向けたらいいのかわからず、暫くウロウロと彷徨わせていると頭に包帯を巻き終えた圭斗の指先が頬に伸びて来た。

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